第211話 この事は忘れない

タンを殺したリクは彼の首から手を離すと、怒りを露わにして彼の死体を蹴り飛ばす。椅子に括り付けられていたタンは蹴りつけられた拍子に倒れ込み、椅子は壊れて死体が床に横たわる。



「ちっ……もう死んだのか。これだから非力な人間は……」



倒れ込んだタンの死体にリクは踏みつけると、頭部を容赦なく踏み潰す。リクは死体の血を浴びて血塗れになるが、それでもまだ怒りは抑えられない。


タンが情報を提供する条件として彼の願いを聞き入れる取引を行った。別にそんな取引を受ける必要もなかったのだが、餌をちらつかせておかないとタンは何を仕出かす分からず、もしも彼が学園長に盗賊ギルドと接触している事を明かせばリクとしても色々と不都合があった。


事前に調べたタンの性格ならば学園長に助けを求める事はないと思ったが、彼をあまりに追い込み過ぎるとどんな行動を仕出かすか分からず、そうならないようにリクはタンの願いを聞き遂げる事で彼に心の余裕を与えようとした。しかし、結果から言えば最悪な形で終わる。



(情報は偽物、シチは殺されてしかもまで奪われた……こんな事を奴等に報告すればどうなるか分からん)



盗賊ギルドの幹部はリクとシチを含めて「七人」しか存在せず、彼等は「七影」と呼ばれている。この七影が盗賊ギルドを管理しており、実を言えば盗賊ギルドは一番上に立つ人間は居ない。


七影はそれぞれの勢力を持ち、互いに協力する事で盗賊ギルドを維持している。七影の間には上下関係は存在しないが、リクはシチと供託していた。シチは七影の一角ではあるが勢力を持たず、彼女の場合は暗殺者としての腕前が高く買われていたので幹部に昇格した。



(他の七影は既にシチが死んだ事は把握済みだろう。恐らく、会議が行われる。その時に俺はつるし上げられるかもしれん)



同じ組織の幹部と言えど、七影の関係は決して良好的ではない。お互いに隙を見せないように常に他の幹部の行動は監視しており、シチが死んだ事も既に他の幹部は把握している。


リクがシチと協力関係を築いている事は他の幹部も把握しているため、彼女が死んだとなればリクの失態として捉えられる。下手をすれば幹部から引きずり降ろされる可能性もあるが、それだけは避けねばならずにリクは考え込む。



(どうにか会議が開かれる前にシチを殺した奴を見つけ出し、あの魔杖を取り返さねば……せめてあの杖だけでも取り返さないとまずい)



シチが所有していた杖は単なる杖ではなく、特別な製造法で造り出された代物である。あの杖を扱える魔術師は滅多におらず、人間よりも魔法の腕が優れるエルフにしか扱えないとさえ言われている。



(シチが殺される程の相手となると相当な腕前のはず……恐らくは学園長の関係者だろう。しかし、いったい誰がシチを……)



暗殺の腕前ならばシチは間違いなく盗賊ギルドの中でも一、二を誇る腕前であり、そんな彼女を殺せる人間がそうそういるとは思えない。リクは彼女を殺した人物を捜索するために行動を移す――






――それから数時間後、リクによって殺された死体が発見された。発見したのはマリアが派遣した彼女が信頼する魔術師であり、その人物はマオ達と同じく魔法学園に通う生徒だった。



「これは酷いでござるな。原型すら残っていないでござる」

「ですが、格好から考えてもタン先生で間違いありませんね……」



死体の前には全身を黒装束で身を包んだ少女と、その隣にはリンダが立っていた。死体を発見したのは黒装束の少女であり、リンダは連絡を受けて調査に訪れた。彼女が赴いた理由は三年生で担当教師がタンだった事から死体を判別できると考えられたからである。


自分の学年の担当教師を勤めていたタンの無惨な死体を前にしてリンダは合掌し、彼の冥福を祈る。一方で黒装束の少女の方は部屋の様子を伺い、拷問された痕跡が残っている事に気付く。



「どうやらここは盗賊ギルドの根城だったようでござるな」

「そうですね……すぐに学園長に報告しましょう」

「警備兵に知らせるのが先では?」

「いいえ、警備兵にも盗賊ギルドと繋がっている輩がいるはずです。まずは我々で現場を調べた後、警備兵に報告しましょう」

「左様でござるか」



リンダは王都を守る警備兵を完全には信用しておらず、彼女が一番に信じるのは学園長だけだった。彼女は黒装束の少女に連絡役を任せると、自分は残ってタンの死体を見下ろす。



「……先生、バルトが正式に月の徽章を与えられる事が決定しました。これも先生の教えのお陰です」



先日にバルトは月の徽章を授与される事が決まり、その事を知る前にタンは誘拐されていた。リンダは一応は教師として恩義を感じ、彼に報告した。勿論だが死体から返事が戻る事はなく、もしも生きている間にタンがバルトが月の徽章を得た事を知ったらどのように反応するのかは気になった。


タンを慕う生徒は決して多くはなかったが、彼の教育指導のお陰でバルトやリンダは成長できた。バルトもタンの事を表面上は嫌ってはいたが、それでも教師としては一目はおいていた。リンダもタンの事は嫌いではなく、彼の仇を取る事を誓う――

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