第173話 得体の知れない獣
「少し前に猪の死骸がこの山の麓で見かけた。その傷の具合からどうやら大型の獣に一撃で殺された様な死に方をしていた」
「じゃ、じゃあ猪を殺したのは赤毛熊なのか?」
「そこまでは断定できねえが、少なくとも熊でもなければあんな芸当はできねえ。お前等も油断するなよ」
「大丈夫、私の鼻なら獲物を嗅ぎ取れる」
「こういう時は頼りになるね、獣人族は」
獣人族であるミイナは人並外れた嗅覚と聴覚で近付いてくる動物や魔物を察知できる自信はあった。彼女が傍にいれば匂いや音で自分達を狙おうとする存在を発見できるため、マオ達は安心して山の中を進む。
道中は特に何事も起きず、雨のせいで道がぬかるんで滑りやすくなっていたがそれ以外は至って平和だった。麓に辿り着くとアルルは足を止め、獲物を発見した。
「待て……あそこに兎がいるな」
「兎?」
「ど、どこに?」
「ほら、あそこだよ。よく見てみな」
「私はもう見つけた」
アルルの言葉を聞いてマオとバルトは慌てて辺りを見渡すが、既にミイナとバルルは兎の姿を発見していた。マオとバルト以外の3人は観察眼が優れ、草むらに隠れている兎を見逃さなかった。
「あんた達はもっと観察力を鍛えな。ちょうどいい機会だし、ここで狩りの手本でも教えてもらいな」
「狩りって……旅行じゃなかったのかよ」
「ふっ、師匠らしい事を言うようになったな。坊主共、しっかりと儂の行動を見ておけ。狩猟の時の参考にしろ」
「あ、はい……」
バルルの言葉にバルトは呆れるが、アルルはマオ達に見せつけるように弓矢を構えた。彼は草むらに隠れている兎から目を離さず、弓に矢を番えて狙いを定めた。
弓を構えたアルルは兎から目を離さず、既に狙いは定めているが不用意に矢を放つ真似はしない。狙うとしたら兎が隙を見せた瞬間であり、餌を探しているのか兎は地面に伏せて鼻を鳴らしていた。この時にアルルは凄まじい集中力を発揮し、それを見ていたマオは彼の表情を見て冷や汗を流す。
(す、凄い集中力だ……)
相手が小さくてか弱い兎でもアルルは狩猟の際は決して気は抜かず、獲物が隙を作るのを待つ。そして兎が餌を求めてその場を離れようとした瞬間、アルルは矢を放つ。
「ふんっ!!」
「ッ……!?」
アルルの放った矢は兎の頭部に的中し、一撃で兎は絶命した。その光景を見たマオとバルトは驚き、一方でバルルの方は感心した風に声を上げる。
「この距離で一発かい、腕は落ちていないようだね爺さん」
「舐めるな、若造にはまだまだ後れを取らんわい!!」
「す、すげえ……一発で仕留めた」
兎とは大分距離が離れていたがアルルは見事に急所を射抜いて仕留める事に成功した。しかも彼の場合は兎が長く苦しまないように適確に頭部を狙い撃ちしたため、相当な弓の腕前だった。
(やっぱり、この人は凄い……僕も見習わないとな)
アルルの腕前に感心する一方でマオは彼のような「観察眼」と「集中力」を身に着けたいと思い、この時にマオはある方法を思いつく。
「アルルさん、もしも次の獲物を発見したら僕が仕留めてもいいですか?」
「あん?そりゃ構わないが……坊主、狩猟の経験はあるのか?」
「師匠と一緒に何度か……」
課外授業の一環でマオはバルルに連れられて森や山に出向き、魔獣を狩る行為も狩猟と言えるのならばマオも狩猟をするのは初めてではない。ドルトンはマオの言葉に半信半疑ながらも好きにさせる事にした。
その後は場所を移動して別の獲物を探していると、ミイナが何か発見したのか彼女は鼻を引くつかせ、全員に注意を促す。
「すんすんっ……こっちの方に何か近付いている」
「何か?」
「多分、猪だと思う」
「猪か……よし、やれ坊主」
「わ、分かりました」
猪が近付いている事を察知したミイナが報告すると、ドルトンはここはマオに任せて自分達は隠れる事にした。マオ以外の物は近くにある木や岩に隠れると、マオはミイナが示した方角に視線を向けて猪の姿を探す。
(猪は……見つけた、あそこだ!!)
距離が数十メートルほど離れている場所に猪がいる事に気付いたマオは杖を取り出す。まだ三又の杖は返して貰っていないため、今回は小杖で挑む。
(よし、この距離ならいける)
まだ猪はマオの存在には気づいておらず、餌を探しているのか鼻を鳴らしながら歩いていた。運が良い事にマオの相手よりも風下のため、臭いで気づかれる可能性は低い。
(狙いを定めて……撃つ!!)
猪に気付かれる前に小杖を構えたマオは「氷弾」を発動させ、今回は普段使用している時以上に回転力を高める。この数か月の間にマオは風属性の魔石を頼らずとも自力で回転力を高めるようになっていた。
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