第139話 夜空の月

「何やってんだろうな、俺……」



バルトはこれまでの自分の行動を思い返し、無意識に涙を流していた。一年生のリオンに負けてから彼は自信を失いかけ、一時期は自暴自棄に陥った。


一年生の魔術師に負けた後にバルトは魔法学園を退学しようかと考えたが、それを引き留めたのは同級生たちだった。彼が学校を辞めようとした時に強く止めたのが「リンダ」であり、彼女に殴りつけられてバルトは退学を辞める。



『たった一度の敗北で貴方の心は折れたのですか!?どうしてそんな簡単に諦められるんです!!』

『……うるせえよ』



リンダは生徒会の副会長という立場でありながら人前でバルトを殴りつけ、彼が退学を辞めるように説得した。この一件でリンダは処罰を受けられそうになったが、事情を知った学園長が彼女の行動を友達を救うためだという理由で軽い罰則だけで済んだ(一週間の校庭の草取り)。



『ちくしょう……好き勝手言いやがって』



バルトはリンダに殴られた事で退学を取りやめたが、その後はリオンを越えるためだけに行動を起こす。まずは今まで以上に魔法の練習に励み、授業で習う範囲の魔法では役に立たず、独学で新しい魔法を身に着ける特訓を行う。


この頃からバルトの目標は「月の徽章」から「リオンを越える」という事に代わり、もう彼が憧れを抱いて追い求めていた月の徽章など、彼にとってはリオンと対等に並ぶための証しか思わなかった。


月の徽章を与えられた生徒は様々な特権を与えられ、その特権を利用してリオンは長期に学園を離れて行動している事はバルトも知っていた。学生寮に暮らすバルトは魔法学園から遠く離れる事は許されず、だからこそ魔法学園を離れたリオンの足取りを掴む事もできなかった。



『待ってろよ、あのガキ……!!』



月の徽章を手に入らなければリオンを探す事もできないと知ったバルトは月の徽章を手に入れるために手段を択ばず、授業が行われる際は自分が誰よりも優れている事を示すために他の生徒を乏しめる真似も行う。



『はっ……今のがお前の魔法か?だせえな、下級生の方がまだマシな魔法が使えるぞ!!』

『そ、そんな……』

『おい、今のは酷いぞ!!そいつも頑張ってたじゃないか!!』

『うるせえっ!!俺が本当の魔法を見せてやるよ!!』



自分よりも実力の下の魔術師が魔法を披露する度にバルトは嘲笑し、そして自分の番が訪れると自分の魔法を見せつける。学年内ではバルトに並ぶは存在せず、いつの間にか彼の取り巻きができあがっていた。



『凄いです、バルトさん!!』

『やっぱりバルトさんは違うな!!』

『もうバルトさんより強い魔術師なんていませんよ』

『……はっ、そうだな』



とりまきに褒め称えられる事はバルトにとっても悪い気分ではなく、誰かに褒められるだけでリオンに敗北してからずっと感じていた惨めな気持ちが薄らいだ。しかし、いくら褒め称えられようと彼の心は晴れる事はなく、それどころか彼の行動に教師たちも問題視する。



『バルト君、君が優れているのは確かだ。だが、もう少し他の人間の事を気遣っても……』

『いったいどうしたんだ?前は他の人間にも優しくしていたのに……』

『悪いが君には星の徽章を与えない。実力はあったとしても、今の君は間違っている』



自分を良く見せようとバルトは他の人間を乏し続けた結果、教員の何人かは彼を見放してしまった。それでも実力は本物であるが故に彼の行動を注意しながらも誰も止める事はできず、徐々にバルトは嫌われ始める。



『うわ、バルトだ……』

『あの人、本当に怖いわよね……』

『近づかない方がいいわよ』



廊下を歩くだけでバルトは他の生徒に囁かれる存在となり、彼は居心地の悪さを覚えた。だが、それでもバルトは態度を改める事はしなかった。ここで諦めればリオンと会う事ができないと彼は思ってしまう。


何としてもリオンへの復讐を果たすためにバルトは色々な方法を試した。しかし、それでも学園側は彼に月の徽章を与えない。その事にバルトは怒りを抱いていたが、そんな時に一年生にまた月の徽章を与えられた生徒がいるとしって我慢の限界を迎えた。



(……こうして思い出せば、俺は碌でもない人間だな)



考え事をしているだけでバルトは夜を迎えている事に気付き、不意に彼は窓を見上げると今夜は三日月だと気付いた。彼は夜空に浮かぶ月を見て無意識に手を伸ばし、そしてやっと理解した。



「そうか……俺が欲しかったのはなんかじゃなかった」



昔の彼が月の徽章を求めたのは純粋な憧れを抱いてからだった。しかし、リオンと出会ってから彼にとって月の徽章とは自分を打ち負かしたリオンと対等の立場になるためのただの道具としか認識していない事を思い出す。


リオンに出会う前までは夜空に浮かぶ月のようにバルトにとっては月の徽章は輝かしい存在だった。その事を思い出す事ができたバルトは憑き物が落ちたかのようにすっきりとした表情を浮かべて眠りにつく事ができた。

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