第55話 問題児
――その後、マオはいつも通りに教室に訪れると疲れた表情のバルルがやってきた。彼女はどうやら逃げ出した女子生徒を捕まえられなかったらしく、行儀悪く教卓の上に座り込む。
「たくっ、あの猫娘……逃げ足だけは大したもんだよ」
「バルルさん……いや、先生」
「……先生なんてあたしには性に合わないよ。そうだね、師匠の方がしっくりくるね」
「じゃあ、これからは師匠と呼びます」
バルルの事を今後はマオは師匠と呼ぶ事にすると、彼女から詳しい話を聞く。バルルが追いかけていた女子生徒の正体は何者なのかを尋ねる。
「あの女の子は誰なんですか?」
「あたしが面倒を見る様に頼まれた問題児さ。
「猫娘……」
「名前は……ミイナとか言ってたね」
マリアとの交渉の結果、バルルはミイナという名前の女子生徒の面倒も見る事を条件に教師になる約束を交わした。つまり、彼女はまだ正式な教師ではなく、あのミイナという生徒を捕まえて自分を教師として認めさせなければならない。
期日は10日、それまでのバルルはミイナを捕まえて自分の授業を受けるように説得しなければ彼女は教師から解雇される。だからバルルはこの一週間の間、マオの訓練を放置してミイナの捜索と捕縛に全力を費やしていた。
「最初は生徒一人の面倒を見るぐらい楽だと思ったんだけどね……先生も性格が悪いよ、よりにもよって獣人族の問題児なんて聞いてないよ」
「ミイナ先輩は獣人族なのにこの学校の生徒なんですか?」
「別にここは人間専門の学校じゃないからね。人間だけが通っているわけじゃないのはあんたも知ってるだろう?」
「あ、言われてみれば……」
魔法学園は人間以外の種族も通っており、この魔法学園を案内してくれたリンダもエルフである事を思い出す。但し、マオは獣人族の生徒は見かけておらず、だから学園には人間とエルフしかいないと思い込んでいた。
「あのミイナという娘は魔拳士でね、ちょっと複雑な事情があって学園長が面倒を見てるのさ。だけど、授業を真面目に受けようとしないから困ってたんだよ」
「え、でも評価を貰わないと上の学年に上がれないんじゃ……」
「一年生の場合は年内に必要な星の徽章を集められなかった生徒でも、本人の任意で進級試験を受けられるんだよ。但し、進級試験の内容は普通の授業よりも厳しいから簡単には上がれないらしいね。あたしの時はそんな制度はなかったのに……」
ミイナは一年生の時に進級試験を受けて合格したらしく、そのお陰で彼女は星の徽章無しで二年生に上がる事ができた。しかし、二年生になってからも授業をサボり癖は治らず、マリアも困っていた所にバルルが教師役を雇うように言ってきたので彼女に面倒を見る様に頼む。
最初の頃はバルルもミイナを捕まえようとしていたが、彼女は獣人族なので人間の生徒を相手にするよりも手強く、今日の朝もミイナを追いかけて校舎中を走り回ったらしい。
ちなみにミイナが校舎から飛び降りたのはバルルが屋上まで彼女を追い詰めたのが原因らしく、彼女は屋上を降りようとした時に偶然にもマオと遭遇した。
「参ったね……あと三日以内に捕まえないといけないのにこの調子だとあたしの方が参っちまうよ」
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、悪いね。あんたの訓練もちゃんと見てやれなくて……そうだ、今ここで訓練の成果を見せてくれるかい?」
バルルはミイナを探す事に疲れたらしく、いつもならば朝の挨拶を終えると彼女は外にでかけるが、彼女は今日はマオの魔法の進歩を見る事にした。
「あんたもここ最近は頑張ってるからね、もう大分魔法の腕も上達したんじゃないのかい?」
「あ、はい!!見ててくださいね!!」
「ん?随分と自信ありげじゃないかい。こいつは楽しみだね」
マオはバルルの言葉を聞いてやっと他の人間に自分の魔法の成果を見て貰える日が来た事を喜び、彼女の前で吸魔石と小杖を取り出す。
「じゃあ、よく見ててくださいね……行きますよ」
「あ、ああ……本当に自信があるみたいだね」
普段よりも興奮した様子で魔法を見せつけようとしてくるマオにバルルは戸惑うが、そんな彼女の前でマオは真剣な表情を浮かべて吸魔石を左手に握りしめた状態で小杖を構える。
吸魔石を持った状態で魔法を発動しようとするマオを見て、バルルは止めるべきか考える。以前に彼女はマオが魔法の練習をしている時、吸魔石に触れた状態で魔法を発動できるようになれと告げた。だが、今回は彼の魔法の成果を見せてくれるだけで十分なので無理に吸魔石に触れた状態で魔法を発動する必要はない。
「待ち――!?」
しかし、バルルがマオを止める前に彼の小杖の先から氷塊が誕生した。しかも前に見た時よりも氷塊の大きさは増しており、マオは吸魔石に触れた状態でしかも「無詠唱」で魔法の発現に成功する。
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