第54話 もう一人の生徒
相手が氷の筒を掴んだのを見るとマオは小杖を伸ばして氷の筒を空中に停止させる。その結果、落下していた人物は空中に浮かんだ氷の筒を掴む事で地上への衝突を避けられた。
落下中に飛んできた氷の筒を掴むなど落ちてきた人物は人間離れした反射神経と運動能力を誇り、そのままマオがゆっくりと氷の筒を降下させると、その人物は無事に地面に着地する。
「ふうっ……びっくりした」
「だ、大丈夫ですか!?怪我は……えっ?」
降りてきた人物を見てマオは驚き、屋上から飛び降りた人物は彼よりも少し年上と思われる少女だった。年齢は13、14ぐらいであり、紫色の髪の毛を肩甲骨まで伸ばし、器量も良くて黄色の瞳が特徴的な少女だった。
しかし、マオが少女を見て一番気になったのは彼女の頭に生えている獣のような耳だった。よく見るとお尻の近くにも尻尾のような物が生えており、彼女を見てマオはすぐに「獣人族」と気づいた。
(獣人族の女の子だったのか……)
獣人族は人間と獣の性質を併せ持つ人種であり、目の前の少女は耳と尻尾の形から察するに猫型の獣人だと思われた。少女は氷の筒を掴んでいた両手を擦り合わせ、眉をしかめる。
「……冷っとした」
「え?あ、その……」
「別に助けてもらわなくてもこれぐらいの高さなら降りれた……でも、一応はありがとう」
少女はマオに対して頭を下げ、自分を助けようとした事に感謝した。尤も本人は助けがなくても校舎の屋上から降りた程度で平気だという自信があるらしく、この時にマオは獣人族の特徴を思い出す。
獣人族は人間やよりも高い運動能力を誇り、普通の人間ならば怪我をするような高さから落ちても難なく着地できる。少女は屋上から降りても怪我をせずに着地できる自信があったらしく、マオはそれを邪魔した形になる。それでも自分を助けようとしてくれた彼を責めるつもりはなく、改めて少女はマオと向き合う。
「君、一年生?」
「え?まあ、そうですけど……」
「なら私の方が年上……私は二年生」
「2年生だったんですか。じゃあ、先輩だったんですね」
「そう」
少女はマオよりも一学年上だったらしく、先輩であると知るとマオは頭を下げる。少女の方はマオの顔を覗き込むと、不思議そうに首を傾げた。
「でも、君の顔は見覚えはない。今年は一年生の数が少ないから全員の顔を覚えていたつもりだけど、本当に一年生?」
「あ、はい。実は一週間前に入学したので……」
「一週間前……ちょうど、新しい先生が来た頃?」
「そうです。その先生が僕の担当教師を勤めていて……」
「やっと見つけたよ、この猫娘!!」
訓練場に唐突に怒声が響き渡り、驚いたマオと少女は声のした方向に視線を向ける(ちなみに少女の方は驚いた際に猫耳と尻尾がピンと伸びた)。
声のした方向に二人が顔を向けると、そこには息を切らせながら汗を流すバルルの姿が存在した。彼女が現れた事にマオは戸惑い、一方で少女の方は面倒そうな表情を浮かべてマオの後ろに隠れる。
「はあっ、はあっ……ようやく追いついたよ、今度こそ逃がさないからね!!」
「う〜……」
「えっ?えっ?ど、どういう事ですか?」
いきなり現れたバルルと自分の後ろに隠れた少女にマオは戸惑い、何が起きているのか訳が分からなかった。しかし、興奮した様子のバルルはマオの後ろに隠れた少女に対して両拳を鳴らしながら近付く。
「この一週間、よくも逃げ回ってくれたね……けど、ここまでだよ!!あんたはあたしの生徒だ!!だからあたしの言う事に従ってもらうよ!!」
「生徒!?という事はもしかして……」
「……じゃあ、私は用事があるから」
バルルの言葉を聞いてマオは彼女がこの一週間探し回っていた「もう一人の生徒」の正体が少女だと知り、驚いて振り返ると既に少女はマオの背中から離れて逃げ出そうとしていた。しかし、それを見越したかのようにバルルが駆け出す。
「逃がすか!!」
「うわっ!?」
「にゃっ……しつこいっ」
逃げ出そうとした少女にバルルは追いつくと、彼女は両腕を広げて捕まえようとした。しかし、それに対して少女は上に跳んでバルの頭上を飛び越える。
人間離れした身軽さで少女はバルの頭上に移動すると、彼女の肩を更に足場に利用して跳躍を行う。少女は離れた位置に立っていたマオさえも飛び越え、そのまま着地すると彼に最後に手を振って別れを告げた。
「ばいばい」
「あっ!?」
「待てこらっ!!今回は逃がさないよ!!」
再び逃げ出した少女にバルは怒り心頭で彼女の後を追いかけ、マオはどうしていいのか分からずに二人を見送る事しかできなかった――
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