第14話 絶対に諦めない

「この氷の欠片がお前の限界だ」

「そんな……」

「昨日のお前の魔法は12年間貯め込んでいた魔力を全て使い切ったからこその芸当だ。だが、今のお前ではこの程度の氷の欠片しか生み出せない」

「どうして……」



リオンは昨夜にジイに説明した内容をマオにも話す。彼の語る「器」とは魔術師の魔力量の事を意味しており、残念ながらマオは同世代の魔術師と比べても魔力量が少ない。


魔力を水に例えるならばマオの器は小さな桶であり、昨日の時点では桶の中は水で満たされていた。しかし、魔法を発動した際に桶の中の水を殆ど使い切ってしまい、その影響でマオは気絶した。


基本的には魔力は自然に回復するが、あまりに使いすぎると意識が途切れてしまう。最悪の場合、器の中の魔力を全て使い切れば確実に死亡する。これはどんな魔術師も例外は存在せず、魔力を完全に使い切る事は死を意味する。



「お前が気絶したのは肉体が限界を判断して意識を絶ったからだ。眠れば魔力の回復速度が格段に増すが、その反面に一度眠りにつけば十分に魔力が回復するまでは目を覚ます事はない」

「で、でも!!昨日と違って魔法を使っても気絶しなかったのは何でなの!?」

「昨日のお前は魔法を使ったのは初めてだろう?初めて魔法を使ったせいで制御できずに器に収められた魔力を殆ど使い切った。だが、今のお前の肉体は魔力を失う事の危険さを知った。だからもう魔力を使い切らないように無意識に制限しているんだ」

「…………」



リオンの説明を聞いてマオは自分の掌を眺め、改めて先ほど使用した魔法を思い出す。杖から出てきた氷の欠片をリオンはあっさりと受け止め、彼が昨日使用していた「スラッシュ」と呼ばれる風属性の攻撃呪文と比べるとあまりにも大きな差があった。



「魔法学園に入れば魔法を磨く事はできる。だが、器の小さいお前では他の魔術師のように魔法を使う事はできない。そもそもこんな氷の欠片を作り出す程度の魔法は何の役にも立たないだろう」

「それは……」

「悪い事は言わない、魔法学園に通ったところでお前に先はない。大人しく故郷へ引き返すんだな」



言いたいことを全て告げるとリオンは部屋を出て行こうとした。しかし、そんな彼に対してマオは黙っていられずに怒声を上げる。



「できないよ!!そんな事……できるはずがない!!」

「……何だと?」



この期に及んでまだ自分の話を理解していないのかとリオンは眉をしかめたが、振り返ったマオの顔を見て彼は驚く。マオは大粒の涙を流し、悔しそうにリオンから借りた小杖を握りしめていた。



「僕の家はそんなに裕福じゃない……僕がいたら父さんと母さんに苦労を掛ける。だけど、魔法学園に入れば僕の事を気にせずに二人は暮らせるし、それに二人は僕のために借金までしたんだ」

「借金だと?」

「旅の途中で商人さんが話していたのを聞いたんだ。父さんと母さんが村中の人達に頼んでお金を貸して貰って、そのお金で僕を王都まで運んでくれるように頼んだって……だから、このまま帰ったら父さんと母さんに合わせる顔がないよ!!」



マオは両親が借金をしてまで自分を王都に送り込んだ事を知ったのはつい数日前であり、その話を知った時は自分のせいで両親に迷惑をかけた事に申し訳なく思う。


魔法学園に入学する事を決めたのはマオが魔術師に興味があった事、単純に魔法を使いたいという気持ちがあっただけに過ぎない。しかし、両親の話を聞いた時からマオは必ず魔法学園を卒業して立派な魔術師になる事を誓う。いつの日か一流の魔術師になって両親の元へ戻る事を決意した。



「それに戻るにしても僕の村は凄く遠いからお金もかかるし、一人で戻れる自信はない……だから魔法学園に入るしかないんだ」

「……事情はどうであれ、お前は魔法学園に入っても卒業はできない。氷の欠片しか生み出せない魔術師が何の役に立つ?」

「くっ……」

「はっきり言っておく、お前はにはなれない。別れの餞別にその小杖はくれてやる。一応はお前のお陰で命は助かったからな、だがお前と会う事はもうない」

「えっ……?」



リオンは最後にマオに振り返り、何か言いたげな表情を浮かべたが、すぐに思い直したように部屋を立ち去る。別れの言葉も継げず去っていったリオンを見送ると、マオは彼に譲渡された小杖を見つめる。


この小杖があればマオも魔法を使う事はできるが、リオンの言う通りに氷の欠片程度しか生み出せない魔術師が何の役に立つのかと思う。しかし、それでもマオは諦めて帰るわけにはいかなかった。


両親のためにも、そして自分自身のためにもマオは必ず魔術師になる事を誓う。そのためにはマオは魔法学園に入学し、魔法を扱う技術を磨く必要があった――






――マオが決意を新たにしている頃、リオンは宿の外に待たせていたジイと合流する。ジイはリオンがマオと別れを済ませた事を知ると、彼が持っていた小杖がない事に気付く。



「リオン様、予備の小杖はどうされたのですか?魔術師ならば万が一の時に備えて小杖を二つ装備するようにと奥様から注意されていたのでは?」

「……森で戦った時に壊れた。どうせ安物だ、新しく買えばいい」

「そうですか、では戻りましょうか。儂の背中に乗ってくだされ」



リオンはジイの馬に乗せてもらい、最後に宿屋に振り返った。マオがこれからどうなろうとリオンの知った事ではないが、彼が最後に見せた表情を思い出す。



「もしかしたら……化けるかもな」

「リオン様?」

「何でもない、さあ行くぞ」



マオの事を思い出したリオンは無意識に口元に笑みを浮かべるが、すぐに気を取り直して王都にある自分の屋敷へと向かわせた――

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