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羅波 平行

原田くんの卒業式




  卒業式当日。


友達が居ない僕でもこれが本当に最後の高校生活最後の時間だ何て思うとなんとなく浮き足だった気持ちになる。



 進学、就職。全く未知の世界へと進み出す同級生達の期待と不安。


そのすべてを級友と満喫し時間の経過を全力で惜しんでいる。



最後の最後まで青春を謳歌しているのだ。



 そんな卒業生を鼓舞するかのように桜は満開だ。


今年の冬は暖かかった所為か入学シーズンに咲き誇る桜は少し早く咲いた。


 校庭の桜が風で舞い散るたびに外に居る生徒や保護者、校舎内の人間まで感嘆の声を上げている。


 そんな時でも僕は教室内にいつも通りひとりで座っている。


外を見るのも嫌だし教室内ではしゃぐクラスメートを見るのも嫌だ。


最近のスマホという機械は便利だ。指でこすって居るだけで時間が過ぎていく。



 しかし人間の聴覚というものは不思議で聞きたくない聞こうともしていない声も鮮明に耳に入ってくる。


 クラス全員で担任が入ってきたらクラッカーを鳴らし胴上げをしようと誰かが言い出しクラス全員満場一致でそれは良し!となったらしい。


冗談じゃない。


名前すら言いたくないあの担任。僕は良い思い出などひとつも無い。


それどころかあの担任は僕を貶下しているように感じていた。


 進学も就職も決められずに卒業することになり落ち込む僕に「おまえの努力が足りない」の一言で終わらせた人間のクズだ。あの担任は絶対に僕を馬鹿にしている。


もう付き合っていられない。


卒業証書はもらったんだ、もうこんな所にいる必要は無い。

僕は席をたった。


もちろんわざと大きな音が出るように立ち上がったのだから一人や二人の気は引けたはずだ。


僕は怒ってるんだ、あんな人によって態度を変えるような最低の担任の胴上げをするのは嫌だと。



 だけど周りを見ると誰ひとり僕を見ていない。


「くだらない、帰る」



呟くつもりだったが思いの外、大きな声がでてしまう。


教室がしんと静まる。

今度は恥ずかしくて周りを見ることができない。高校生活で初めて注目を浴びてしまう。僕は足早に教室を後にした。



「まてよ、どうしたんだよ?卒業式だぞ。最後くらい仲良くしようよ」


そんな声がして僕は引き留められるものだとばかり思っていたが僕が教室から出るとまたいつも通り、いやいつも以上の喧噪が戻った。だれも僕を連れ戻しにはこないんだ。


ただひとり廊下を歩く。



まだどのクラスも全員が教室に残っていて、担任が帰ってきたクラスは泣き笑いの大騒動になっている教室も。



本当に学校中が卒業式一色に染まっている。


僕は最後の最後までひとりなんだ。少し涙を零しながら階段を降りる。



その踊り場でばったり担任と出会ってしまう。


情けないことに僕はつい担任に声を掛けてしまった。



「先生」



担任だけは教職員そして人間として僕を引き留め教室に戻れよ、と言ってくれると思ってしまったからだ。



しかし担任は、


「お、便所か?」



と言うとふいっと僕を通りすぎて階段を上がっていった。


「何処に行くんだ?」

「最後の挨拶があるぞ」

「卒業おめでとう」そんな言葉はひとつもなく。




「お、便所か」



それだけだった。それが担任と交わした高校生活最後の言葉だった。


僕は返事もしなかった。


返事をしないことが僕の救助サインなのだ。


この担任が他の生徒にはするように肩をつかんで


「悩み事か!何でも相談しろよ!元気出せよ!」



そういって欲しかっただけなのに。


あの担任は振り返りもせず歩き去っていった。


その背中は、この学校は僕の存在を否定している。 僕は階段を駆け下りながら耳を塞ぐ。



学校の中の青春に満ちた声がハウリングしリフレインして僕の身体をすり抜けていく。


下駄箱で上履きを脱いで直そうと思った時この上履きはもう戻しちゃいけない事に気づく。学年全員がまだ教室にいるのかすべての下駄箱にはまだ革靴が入ったまま。 もうどうでえもいい。



よく考えるとバックも机の中もそのままにしてここまで来てしまった。


いまさら教室には戻れない。


僕は上履きを投げ捨て革靴に履き替え外に出た。



校舎まえのロータリーは保護者で溢れている。


皆がそれぞれ談笑したり喫煙所で煙草を吸ったりしているが我が子達が出てくるとまた騒がしくなるのだろう。


僕は片親で母親は今仕事に行っているはずだ。


保護者すら僕を探してくれない。


僕は道の真ん中を歩いて帰る。


教室から僕の姿が見えるように、僕をいつでも引き留められるように。



そして校門から外に出て僕は本当に高校を卒業した。



結局誰からも呼び止められることは無かった。



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