あと、一歩だけ。
キコリ
第1話
「マジかっ!」
深夜1時半。僕は、誰もいない空っぽな駅のホームで、そう叫んだ。
今まさに行ってしまった最終電車は、僕との距離を引き離すようにぐんぐん進んで遠のいていった。まるで、もう距離が離れて会えない恋人みたいなそれを感じて、僕は四年前に他界した彼女の姿を思い出した。確かあの日も、間に合うと思って彼女と走ったが、あと少しの所で無理だった。あの瞬間、数秒間、違う行動をしていれば
僕はまた違う人生を送っていたのかもしれない。
「・・・・!」
が、そんな考えを遮るように「さすがに駅に閉じ込められたくない!」という思いが先行した。そうだ、今はもうあの時じゃない。切り替えろ! 僕はダッシュで来た道を引き返し、ギリギリ駅の外に出ることができた。
外はしっかり暗くなっていて、街灯だけが夜空に浮かんでいた。僕はあたりを見回す。ちょうど止まっていた最後のタクシーも、お客さんを連れて夜道を走し始めたので、駅の外にも人影が見あたらなかった。この世界に一人で佇んでいる、という言葉の意味を、感じるぐらいには十分孤独な状況になっている。このまま歩いて帰ることもできなくはないが、徒歩で帰れば2時間ほどかかってしまうし、疲労も筋肉痛も残ってしまう。元サッカー部で大学でもフィールドを駆け回っていた僕だが、さすがに社会人になって衰え始めてしまった気がする。
「・・・・あのー」
「どうしようかな、やっぱり歩くか?」
「あのっ・・・・!」
「いやぁ、でも筋肉痛が・・・・」
「あの!」
「わっ!」
僕は、突然隣から声がして驚いた。自分の考えに没頭していたみたいだ。
「すみません、突然。」
僕は、声の主の顔を捉えた。年は50後半ぐらいだろうか、頭には白髪が混じり始めており、目にも優しそうなしわがある。呼びかけられた時は驚いてしまったが、物腰が柔らかそうな人に見える。
声の主—―—その人は、駅から少し離れた駐車場を指さして、優しく言った。
「あの、私も仕事終わりなんですが、もしよろしければ家まで送りましょうか?」
「え?」
「いや、お客様が嫌なら断っていただいて構いません! ただ、少しお困りの御様子でしたので・・・・。」
その人の言葉は、とても丁寧だった。どこかで接客業でもしているのだろうか。そんな僕の様子に気づいたのか、その人は、胸ポケットからおもむろに紙切れを出し、差し出した。
「私、ここの近辺でタクシー運転手をしている佐藤です。実は、今しがた仕事が終わりまして。もしよろしければ!」
「!」
その人は、僕に恐る恐る聞いているようだった。もしかしたら、業務外で人を乗せることはあまりやっていないのかもしれない。いや、本当はダメなことなのかもしれない。
ただ、僕は今帰る手段がない。しかも、送ってくれるのは現役のタクシーの運転手だ。信用しても大丈夫だろう。
「ぜひお願いします!」
僕は、その人のお誘いに乗った。
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