第9話 生き返った千春
翌日、千夏が放課後アルバイトに行くとちょうど女性が謝罪にやって来ていた。
女性とユイは笑顔で話しをしていたが、累は二人に背を向けていた。背を向ける理由は分からなかったけれど、千夏はその表情を窺う勇気はなかった。
それから一週間ほどは少しだけ客足も遠のいたがそれもすぐに戻ってきて、半月もすれば店は日常を取り戻した。
だが千夏は複雑な気持ちを抱えたままで、バイトへ行くのは週に一、二度に減っていた。そしてタイミングが良いのか悪いのか、もうじき試験が始まるためしばらくバイトを休ませてもらうことになった。
別に累に会いたくないわけではないのだが、どんな顔をしていいかが分からないのだ。
(それにきっともうすぐ千春が完成する)
そんなことを思いながら望んだ試験は悲惨なもので、返って来るのを待たずとも追試を予感させた。
そして試験が終わったのならバイトが再開する。行きたくなくても行かなくてはならない。千春を創るための契約だ。それでも千夏の頭からユイを襲った女性の言葉がこびりついて離れない。
『お願いです!うちの子を生き返らせて下さい!』
女性の行動を恐ろしいと思った。だがその言葉は一番最初、千夏が累に望んだことと同じだ。
考えれば考えるほど千夏の足取りは重くなった。重い足を引きずりなんとかAndrodiaに到着し、恐る恐る裏口から入る。
「こんにちはー……」
「あ、千夏ちゃん!お帰り!」
迎えてくれたのはユイだった。待ってたよ、とぎゅうぎゅうと抱き着いてくる。
「すみません、休ませてもらって」
「学校も大事からいいんだよ。それより!プロトタイプできたよ、千春ちゃん!」
「……え?」
千夏は思わず顔を歪ませた。
あんなに望んだ千春のアンドロイドだったのに、こっちこっち、と嬉しそうにユイが引っ張ってくることが苦しく感じた。
「累!千夏ちゃん来たよー!」
「おお、来たな。試験どうだった」
「……追試頑張ります」
「ありゃ。じゃあ千春ちゃんに勉強教わったらいいよ」
「へ?」
「千春ちゃんは頭良かったんでしょ?ちゃーんと設定してあるよ!」
双子だが千春の方が成績優秀だった。
学校が違うのも千春がワンランク、いや、ツーランクもスリーランクも上の私立へ入ったからだ。実際千夏はよく千春に勉強を見てもらっていた。千春を見習えとよく言われたが、千夏だって頑張っていないわけでは無い。こんな嫌味を言われる時ばかりは千春を疎ましく思ったりもした。
そしてユイはお目見えー!と嬉しそうにフロアへの扉を開けた。するとそこにはAndrodiaの制服である白いシャツに向日葵のような明るい黄色をしたエプロンを付けた少年がいた。
「あ!千夏だ!」
「千春……!」
「待ってたよ!やっと会えた!」
千夏と同じ顔をしたアンドロイドは千夏に向かって突進しぎゅうっと抱き着いた。
その身体は千夏と同じくらいの体温を持っていて、髪も目も千夏とそっくりだ。
けれど千夏の記憶にある千春よりも勢いがある。千春はこんな風に元気にはきはきとは喋らず、ゆっくりと間延びした喋り方をする。語尾も伸びるので、真面目に聞いてるのかといわれることもあった。これは千夏とは真逆で、この千春はどちらかというと千夏にそっくりだ。
違和感を感じたことが顔に出ていたのか、累がぽんぽんと軽く肩を撫でてくれた。
「今は千夏君のデータで作ってるから教えてやって。千春君はどんな喋り方だった?」
「……もうちょっとゆっくりです。千夏~、お帰りぃ、って」
累が千春に目配せすると、千春はんっと、と考えるような仕草をした。
きっとこれはプログラムだ。ユイは接客しながら考えることなく相手のことを覚え学習し即座に要望に応える。けれど人間らしく振る舞うため、熱いカップに触れたら「熱い」と言ったりする。人間らしい仕草は全て作られたプログラムだ。
「千夏~、お帰りぃ」
「う、うん。そう、そんな感じ」
「今日から一ヶ月は試運転期間。その間に千春君のこと覚えさせてやって」
「……はい」
千春そっくりのアンドロイド。まるで生き返ったようだ。
『君はアンドロイドに何を望む?』
累の言葉が頭に響く。
これは千夏が望んだことだ。
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