第1話 死んだ弟を蘇らせた兄

 アンドロイドが一般家庭に流通したのは百年ほど前だ。

 かつてはスマートフォンが時代の象徴とされていたが、この頃から新たなモバイル端末として日常に根付き始めていた。

 だが現在アンドロイド人気は低迷し、すっかりそのブームは去っている。アンドロイドを開発する企業も全勢期の半分以下となってしまった。

 その理由はいくつかあるが一つは費用面だ。安くても一機三百万円前後で、目や髪などのビジュアルカスタマイズのオプションを付けると五百万円ほどになる。物珍しさから富裕層が購入していたが、できる事は愛玩用の動物型ロボットと大差なく、ほんの少しの故障でメンテナンス費用が高くつく。しかも人間一人分という場所を取るうえ温度調整も必要なため専用の個室が必要となるため居住スペースの問題も発生する。スマートフォン同様に通話機能もありネットワーク接続も可能だが、何しろヒト型のためモニターが別売りで持ち歩く必要がある。文字入力は口頭で伝える必要があるため人前で使うには向かない。

 結果的に見目の整ったアンドロイドは動くマネキンに留まった。何しろいくら手を掛けても見た目は作り物の域を脱する事が無い。不便さと価格を乗り越えてまで手にしたい商品ではないのだ。

 もう一つの理由は、アンドロイドの活躍が見込まれた『人間の仕事を代わりにやる』面で役立たずだったことだ。

 現在も流通しているのはアンドロイドではなく、主に力仕事やルーティン業務をこなす非人間型の業務用ロボットだ。

 ヒト型の細い手足では耐荷重が低いのでできることが少なく、そのうえメンテナンス費用で赤字になる。総合的に見て、人間以上に役に立たなかった。タイピングをさせる場合はキーボードの種類によって動作設定を変更する必要があるため、人間側の備品運用ルールの徹底が必要となる。アンドロイドを使うために人間が妥協する必要があり運用コストが高くなり、結局いない方が良いのだ。


 (今時カフェスタッフが全員アンドロイドって珍しいな)


 千夏は『死者が生きる店』のカウンター席に座っていた。

 外観は季節外れの桜が咲いている以外に特筆するものはなく、強いて言うなら二階建ての建物は直線的でカフェというより研究所のような印象がある。掲げられている看板には『Cafe Androdia』と書いてあった。


 (Androdiaって美作グループのカフェだよね……)


 アンドロイド市場を牽引するのは美作ホールディングスという企業で、現在生産されているアンドロイドの五割が美作製だ。

 多くの企業がアンドロイド事業から撤退する中でも開発を続けられる理由は、アンドロイドの数少ない活躍の場である愛玩とエンターテインメント関連事業内容が多いことだ。

 何の仕事もできないアンドロイドは整った容姿くらいしか取り柄がないが、美作はそこを最大化させた。

 ペットのように愛玩する目的であればこれほど優秀な賞品は無い。常に崩れない美しさを保つという点はモデルとしては非常に扱いやすく便利なものだった。この『カスタマイズできる容姿』を武器にして、アンドロイドファッション事業やアンドロイドタレント事務所、付随するメンテナンス事業では美作グループの右に出る企業は無い。

 そして美作グループ企業の中でも、長く細々と続いているのがアンドロイドカフェだ。

 やっていることは動物カフェと同じで、アンドロイドと触れ合えるカフェだ。高い金額で購入しようとは思わないが、適度にアンドロイドと遊べてちやほやしてくれるカフェは流行ることも廃れることもなく続いている。

 だが最近、アンドロイドカフェが再び流行り始めている。そのきっかけとなったのが、客がスタッフアンドロイドをカスタマイズできるというサービスだ。これを利用して故人に似せて癒しを得る客が増えている。

 つまり『死者が生きる店』というのは、スタッフアンドロイドが故人をモデルにしているというだけのことだったのだ。死んだ弟が生き返ったわけではない。そういう遊び方ができるというだけの完全な騙し討ちだ。

 千夏はすっかり意気消沈し、注文もせず無料のレモン水ばかり三杯目を飲み干した。


 (でも市販のカスタマイズばっかり。本当にあの夏目翔太監修なのかなあ)


 千夏が死者の蘇生などという馬鹿な話を信じた理由の一つがこれだ。

 かつて美作に夏目翔太という開発者がいたが、彼は鬼才と呼ばれていた。AIを搭載したアンドロイドのパーツやアタッチメントを補装具にし、神経も血も通わない肉体を動かしたのだ。さらには脳死となった人間が目を覚ましたという噂もある。

 これがどこまで本当の話なのかなんて千夏は知らない。だが火のない所に煙は立たぬともいう。夏目翔太には奇跡と思わせる何かがあるはずなのだ。

 そしてここはその夏目翔太が監修する美作グループのカフェで、しかも現店長の苗字が「棗」だという。字は違うが同じ読みなんて何も無いとは言わせない。

 これだけの要素が揃っていれば、死者が蘇ったという眉唾ものの噂は千夏にとっては無視できない話だった。

 だがいざカフェに入ってみればスタッフとして働くアンドロイドはどれも動くマネキン程度の物で、顔立ちは完全に作り物だ。故人の再現というにはあまりにもお粗末で、完全に誇大広告だろう。しかし夏目翔太監修のカフェに棗姓の双子がいれば、死者を蘇らせたという事実があると思わせるには十分だ。

 メディアの悪意を感じつつ、千夏は毒づきたい気持ちで赤いエプロンの青年を見た。

 カウンターの中でレモン水を注いでいるが、ふと後ろの戸棚に写真立てが一つ置いてあるのが目に入ってきた。

 映っているのは『生き返った』などと誤報を打たれた双子の片割れである青いエプロンの青年だ。背景からするに病室だろう。よく見れば店内のあちこちに青いエプロンの青年の写真が飾ってあり、千夏の視界だけでも五、六個はある。自宅と思われる写真もあるが、ほとんどが病院のようだった。どれもパジャマ姿で、誕生日祝いをしているであろうケーキを頬張る写真もパジャマ姿だ。まるで彼には病院以外に想い出が無いように見える。


 (……あれ?そういえばさっき遺影持ってたよね)


 ちらりと窓際にある二人掛けのテーブル席を見ると、青いエプロンの青年が女性客と向き合って座っていた。

 ここは動物カフェのようなもので、アンドロイドや動物型ロボットが同席してくれる。有料でしか対応しない機体もいるが、子猫ロボットは無料で借りる事ができるのだ。既に満席の店内ではアンドロイドと動物型ロボットが接客に当たっている。

 千夏ははたと気付き慌ててメニューを手に取った。そこにはケーキと飲み物、そして指名可能なアンドロイドとロボットの一覧が載っている。

 そしてアンドロイド一覧の一番上に載っているのは、青いエプロンの青年だった。


 「……え?」


 千夏はもう一度青いエプロンの青年を見た。

 女性客はもう帰るところのようで、青年が女性客を外までエスコートしようとしている。とても楽しそうに会話をしていて対応はスムーズだ。一緒に写真を撮って欲しいという要望にも、じゃあ桜の下にしようか、それとも看板の前がいいかな、と提案までしている。

 とてもプログラム通りに喋るアンドロイドとは思えない。

 それにアンドロイドは一目瞭然でアンドロイドだと分かる。接客しているスタッフアンドロイドがそうであるように、人間と見分けが付かないような物ではない。

 だがあの青年はまるで人間だ。見た目も会話も、どうみても人間だ。

 赤いエプロンの青年とそっくりで、エプロンと髪型を変えたら見分けが付かないだろう。


 「何か食べる?それともロボット連れてこようか?」


 赤いエプロンの青年が嫌な顔一つせず四敗目のレモン水を注いでくれる。その笑顔は青いエプロンの青年と瓜二つだ。

 注文を待っている赤いエプロンの青年の周りには、双子の片割れである青いエプロンの青年の写真がこれでもかと並んでいる。そういえばこの二人はどちらが兄でどちらが弟なのだろう。

 そしてまた、雑誌で見たキャッチコピーが千夏の脳裏に浮かんだ。


 『死んだ弟を蘇らせた兄』


 抱きかかえられていた遺影。

 貸出アンドロイドのメニューに載っている青いエプロンの青年。

 同じ顔をした青年は病院の想い出ばかり。


 火のない所に煙は立たぬ。


 どくん、と千夏の心臓が音を立てて揺れた。


 「……人間を、創れるん、ですか?」

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