ヒトはアンドロイドに夢を見る~Cafe Androdiaの双子~

蒼衣ユイ

千夏と千春と、もう一人

プロローグ

 太陽の照り付ける九月上旬。

 都心のビル群にひっそりと紛れて佇むカフェ。そこには今時期咲くはずの無いソメイヨシノが咲き誇っていた。さらに不思議なことに、ビル風の吹き下ろしが激しい逆流を起こしても花弁の一片も散っていない。強風に負けた小枝は地に落ちているというのにおかしなことだ。


 (生きてるんだろうか。それとも死んだのに生きることを強いられてるんだろうか)


 日南ひなみ千夏ちかは学ラン姿でソメイヨシノを見上げていた。

 今は木曜日の十一時、高校は絶賛授業中だ。だがここは学校から電車で四十五分弱、自宅を挟んで真逆に位置している。

 けれど千夏は授業を受け続けることなどできず教室を飛び出してここに来た。

 それは教室で三人の女子が話していたことが原因だった。


 「ほらこれ!すんごいイケメンじゃない!?」

 「やっばい。顔が天才。しかも双子って」

 「あ、これこの前テレビで見た。『死者が生きる店』ってやつでしょ」


 それを聞いた千夏は女子が見ていた雑誌を奪い食い入るように見た。

 『一人で行きたい隠れ家カフェ』という特集タイトルが付けられているが、トップを飾っているのは二人の青年のグラビアだった。一人は赤茶の髪で、もう一人は黒髪という全く違う髪色だが二人は同じ顔をしている。一見すると二十代前半に見えるが、幼い子供のようにべったりと抱き合っていた。愛おしそうに微笑む様子はいかに仲の良い兄弟であるかが伝わってくる。

 カフェのメニューについてはショートケーキワンカットの小さな写真がお情けばかりに載っているだけで、売りはメニューではなくこの青年達だというのは言わずもがなだった。恋愛対象が女性の千夏にとってそれはさしたる魅力ではなかった。

 だが千夏はそのページから目を離せなかった。その理由は青年達の整った顔立ちではなく、二人に付けられているキャッチコピーだった。


 「死んだ弟を蘇らせた兄……?」


 ページを捲ると二人のグラビアが続いていて、カフェで接客してる様子や動物とじゃれ合う無邪気なショットが並んでいる。

 それはどう見ても仲睦まじい兄弟だが、どのショットにも『あの日二人でやりたかったこと』という解説が付いていた。


 (生き返らせて生前やりたかったことを今やってるってこと……?)


 千夏が食い入るように雑誌を見ていると、持ち主である女子三人はしまった、という顔をして身を寄せ合った。


 「ちょっと。どうすんのよ」

 「本当だったんだ。双子の弟が死んだって」


 それは一年ほど前のことだった。

 千夏が高校二年生を目前にした十六歳の春、どこからかかかってきた電話を取った母が倒れた。電話先の見知らぬ誰かが告げたのは、千夏の双子の弟である千春が交通事故で死亡したという内容だった。轢いた車の運転手は酒を飲んでいたため前後不覚で、赤信号に気付かなかったそうだ。

 千春には何の罪も無いのに、桜が散るより早く千夏の前から消えてしまったのだ。

 あまりにも突然の出来事に千夏も両親も未だ立ち直れずにいるけれど、それ以来初めて千夏は大声を上げた。


 「この雑誌貸して!!」

 「え?あ、ああ、う」


 いいよ、と女子が言う前に千夏は雑誌を握り鞄を抱えて走り出した。

 そして辿り着いたカフェには、共に千春を見送ったソメイヨシノが満開だった。そしてソメイヨシノの大木の下には二人の青年が立っている。二人は同じ顔をしているが、一人は白いシャツに赤い腰巻のロングエプロンで片割れはお揃いの制服で青いエプロンを付けている。

 赤いエプロンの青年は額縁に入った写真を両手で抱えているが、そこに映っているのは今隣に立っている青いエプロンの青年だ。


 (……遺影?そこにいるのに?)


 ふと千夏の脳裏に雑誌のキャッチコピーが脳内をよぎった。


 『死んだ弟を蘇らせた兄』


 赤いエプロンの青年は写真の青年にソメイヨシノを見せるように額縁を高く掲げている。写真と全く同じ顔をした青いエプロンの青年も嬉しそうににこにこと微笑んでいた。

 すると、ふいに青いエプロンの青年が千夏に気付いて視線がぶつかった。青年がくいくいっと赤いエプロンの青年の袖を引っ張ると、赤いエプロンの青年も千夏を振り向いた。そして少し驚いたような顔をしてからクスリと笑う。


 「君も生き返らせたい人がいるのかな」


 強いビル風が吹いた。

 青年達の髪が風を象りながら乱れたが、やはりソメイヨシノの花弁は落ちてこない。このソメイヨシノは生きているのだろうか。生きているものとは違う状態になってしまったことを死とするのならこの木は死んでいるのかもしいれない。

 青年達はただ微笑んでいた。あまりにも美しいその微笑みはどこか作り物めいていた。

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