第18話 凶星

 ミッドナイトは咄嗟に前へ動き、首を半分程切られていたが、半歩後退すると再生していく。

 死にはしないが、勝負は負け。時間稼ぎは成功だろうか。


「……くっ、ころせ!」

「今死んだから、殺しはしない」

「なら、弟子にしてくれ」

「何故?」

「ここは封印されるのだろう? でも中のヒト、カースだったか、住人は生きている。いや、死霊術で復活したような状態ではあるが……」


 光剣を地面に投げ捨てつつ、ミッドナイトは言う。


「仲間を守るには時間がいる。特に異能を使いこなすには……。そこでアンタの弟子となり、人質とか実験体とかになるんだよ」

「カースを亜人として認めさせれば、国としては受け入れる事も可能か」


 亜人を人並みに優遇する国家は、アンデットやスライムにも知能を求める。

 例え道具扱いでも、性格や知性があれば粗雑には扱われない。


 ライトは国ではただの剣豪だが、マリア教では指南役としての肩書きを持つし、教皇からいざと言う時の予備戦力としても、信頼されている。

 今回はそのいざと言う時であり、破魔を無意識に放った状態での戦闘が、このフィールドでは絶対的有利でもあった。

 刀や破魔矢から破魔を引き出す。その破魔の特性を、剣気という剣客が放つ殺気と混ぜて放つ。

 それが出来れば、ゆくゆくは剣気が破魔となって、刀無しでも破魔を纏えるだろう。

 接近戦や刀の間合いが強いと思われがちなライトだが、破魔を引き出せるから、魔法や異能を斬る事が出来るのだ。


 その剣豪の弟子に、カースであるミッドナイトが加わると、弟子の面倒を見る義務が、師匠であるライトに発生する。

 ミッドナイトを始末しようと敵対するなら、ライトが立ちはだかる。

 たった一人の達人なら、軍隊を差し向ければ無力化出来る。

 現実的な話としては消防車五台、投網、武装した機動隊で合気道の達人一人を制圧可能とされている。

 つまり、野外で水が豊富に使える環境と、設備を動かす人員が必要となるのだ。

 そんな不利な状況と場所に向かう達人がいる筈もないし、屋内に引きこもると、達人を攻撃する正当性が疑われるだけ。

 それでももみ消せば、どうとでもなる。そう考える政治家や貴族は多いが、軍隊が取り入れる接近戦のノウハウに、一番精通しているのが各々の達人だ。

 達人と同じ土俵で、小銃や機関銃で武装した兵士が勝てる筈はない。

 剣豪相手に遠距離攻撃しても、間合いに入った魔法や銃弾を、切り落とされるだけ。たちの悪い事に破魔で異能も斬るときたなら、剣豪の予想や反応速度、せんせんの更にさきを読む必要がある。

 そんな労力があったとして、その労力を使ったら、疲弊は間違いなくする。他国はその疲弊を見逃さないから、軍事行動を起こす事は無い。

 仮に軍事行動を起こして、剣豪相手に勝ったとしても、遠征から帰った際、自国が他国に制圧されていたら、軍隊は武装集団なので組織的山賊となる。


 カース・サイドの代表で人質、それがミッドナイト。

 なら、カース側はミッドナイトの鶴の一声で、封印を破って報復する事も可能となる。

 実際に破れるかどうかは兎も角、呪力を変換して魔法や異能を使うカースを相手に、ただの軍隊では勝ち目が薄い。

 ワーロックやナタク、ジーザスはライトと同程度の戦闘が可能なので心配は無い。時間があれば鍛え上げて経験を積ませた、アルトロンを装備したサンドロックと、アートで善戦する位だろうか。

 何にせよ、強者や腕利きの連中も、カースと戦うならそれ相応の準備が要る。

 刀だけで渡り合える程甘くはないのだ。ライトの技量がおかしいだけで、VRやARを使った鍛練やシミュレーションが長期間続いても、刀から破魔を引き出せなければ死ぬ。


「……弟子になったら、ここの統治は誰がするんだ?」

「俺の弟に任せる。こいつは妹のネイビー、こっちは弟のオーシャン」


 ミッドナイトの背後に現れたのは、ミッドナイトと同じ三つの三つ編みにした髪、同じくらいの背丈の女性。

 違いは髪の色がミッドナイトは紺色で、ネイビーは薄い紺色、服装もミッドナイトが着ている燕尾服に合わせたドレスだ。

 また、ネイビーはミッドナイトの双子の妹にあたる。

 年が離れた弟であるオーシャンの服装は、サスペンダー付きの子供服、青い短髪、クソガキじみた雰囲気でライトを見ている。

 オーシャンもネイビーもカースだが、ミッドナイトが勝てなかったライト相手に、勝機は無い。


「はじめまして、死ね!」

「ぶん殴るぞ、ガキ」


 オーシャンはライトに向かって、カースな石ころを投げてくる。払い落として間合いを詰め、オーシャンの頭に拳骨を落とす。


「もう殴ってるし……。オーシャンは反省しなさい」

「師匠すまない。弟は周りに甘やかされてるんだ。故に我が儘で力量の差も分からない」


 ライトは、お前達は自我を得て数時間くらいの筈だ。とツッコミそうになったが、カース相手に人間の尺度で物事を当て嵌めるのは、そもそもがおかど違いと思い至る。


「ふむ。オーシャンの暴走に備えて、ここを封印する為の壁や土地を、球体状に整え、衛星軌道に浮かべておこう」

「死の星かよ」

「使う光剣を赤くしましょう」

「マントと黒い鎧も!」

「端午の節句かな」


 ミッドナイトの異能は、宇宙が終わりを迎える、閉じた宇宙と呼ばれるモノだ。

 開いた宇宙と対になっており、気象操作や天候操作の上位互換にあたる。

 時間、空間、質量、宇宙を構築する三つの要素を操る能力だ。

 更に電磁力、重力、弱い力、強い力の四つに分けたりも出来るし、クォーツ等の素粒子にも細分化して、ミクロにも動かせるし、隕石を落としたりと、マクロにも応用が効く。

 そんな異能の行使にも呪力という、不思議パワーを用いており、等価交換に近い状態で異能力を扱う。


 鉄壁で囲まれた領土が浮かび上がり、トンネル効果によって無から有が発生する様に、呪力から玉鋼へと変換されて壁や底が球面に置換されていく。


 壁の上に居た人員を外へ落としつつ、魔術回路を鉄の繊維で作り、半透明なガラスの中へと入れていき、ドーム状の巨大な球面の天井が壁から生える。


 川、湖、山、森が死の星に合うサイズで造り出され、平面な世界が四季に彩られていく。方角もあり、北の湖には氷山が浮かび、南の岩山には雪と雹が降り積もる。

 天地開闢、万物創造、宇宙を構築する銀河の星々、その更に細かい惑星内部の表現力を、ミッドナイトはマルチタスクで行う。

 この死の星に限って言うなれば、ミッドナイトは国生みの神様にも匹敵する。

 そこに住まうカースは、ミッドナイトの庇護を受けたり、オーシャンを頂点にして、技術開発やら文化的生活をしていくのだ。


 黒い鎧と黒いマント、黒い兜を着けた小さなカースが、赤い光剣を掲げる。


「兄さんに代わり、僕が治める。文句がある奴は一騎討ちで勝て。勝った奴が次の統治者だ!」


「「「うおお! 総帥、総帥、総帥!」」」


 様々な姿形のカース達が、共産党の軍隊の様な動きで、総帥を連呼しつつマス・ゲームの如く歩いて祝う。


「我々は呪いや怨念から生まれたカース。故に、悪の組織!」


「「「ヒール、ヒール、ヒール!」」」


「ここは閉じた世界、おりの様に呪力が、八百万やおよろずに憑く。死の星、オリガミ!」


「「「カース、カース、カース!」」」


 そうして、神すら堕天すると逃れられない。鎮守にして澱の如く積もる死の星。カース・ダストという小さな世界が、衛星軌道上を回る様になった。

 カースは生まれながらにヒールなカルマを持つ。悪の権化に最も近い存在。なので、悪の組織としてまとめていく。

 総帥たるオーシャンを筆頭に、強さで階級が変わる。

 また、カース独自の技術を磨き、ヤバいモノを密売、密輸して下の惑星と取引するらしい。

 ライトは新しい世界の誕生を祝福しながら、聞かなかった事にした。

 目の前で色々とルールが決まるのは良いのだが、部外者であるライトの存在を忘れている。

 これぞ、放置プレイ。



「ところで、どうやって帰ればいいんだ?」

「師匠、ゲートを地上に開きました。こちらからどうぞ」


 ミッドナイトがワーム・ホールで地上まで送ると言うので、ライトは意を決して飛び込む。

 飛び込んだ勢いのまま、地上を少し駆けると、背後にミッドナイトとネイビーの気配がした。


「はい、地上です。次はこの大穴、カルデラみたいな地形を利用して、ダンジョンみたくしていきます」

「アビスって奴か」


 ミッドナイトが大穴の外周に土塁を築く。高さ百メートルの土壁、厚さは三十メートル。穴の深さは二十メートルだったが、土を移動させたので深度二キロメートル以上もある。方角の四方に門を設置し、内部へと入れる横穴と準備用の通路を作る。

 壁の上には雲や霧状の侵入阻害と封印の呪術が使われており、穴の中にあたる、広大な内部は呪術の領域隔離や拡張展開、封印系や時空間干渉の術式により、多種多様なフィールドが入り交じっていた。

 ここは四方からのみ入れるが、奥に進むには各フィールドの転移呪法陣を経由する必要がある。更に、左右どちらでもいいので一周すると、より奥深くに行ける。

 最初の外周よりのフィールドは、特に強いモンスターは居ないが、奥のフィールドはカースの成りそこないが出現したり、呪力を宿した草や石が存在する様になる。

 そして、奥のフィールドから呪いに常に掛かった状態となり、跳ぶだけで吐き気や吐血を伴う。一周すると更に奥に行けるが、呪いも強くなるし、本能に忠実なカースそのものが現れる様にもなる。

 地形も緩やかな下り坂から、断崖絶壁が多くなる上、断崖から登って戻ろうとするだけで呪いが発動し、平衡感覚を一時的に失う。

 カースは翼で飛べるし、跳んで蹴りを放つ個体もいるが、侵入者は呪いに苦しむから飛べないし、跳躍も躊躇う事となるのだ。

 最奥の穴の中心部には転位呪法陣のみが存在し、死の星カース・ダストの内部へと転位する。

 衛星軌道上という場所へと、急激に上昇する事となるが、呪いは発動しない。死の星も小さいながら星なので、上下の概念がリセットされる為だ。

 暮らすカースは理性的で、オーシャンが君臨する国家じみた会社、悪の組織が統治する世界。

 果たして辿り着ける冒険者はいるのだろうか。


「アビス・ダンジョンはこれで良し。ダンジョン・マスターはネイビーだ」

「マリア教への協力と、この大穴の管理ね。任せて兄さん」

「カースは出すなよ。俺がまた呼び出されるのは御免だからな」

「私が殴って言い聞かせますよ。師匠」

「ちなみに、俺と経験を共有可能なので、ネイビーも弟子という事で、お願いします」

アートが嫉妬するから、別の人に師事してくれ」


 他のオンナを連れて帰るだけで、ライトはゲーム・オーバー。よくて半年は監禁される。

 恐らく、ミッドナイトは野宿を強いられるので、サバイバル訓練から始めるべきか。

 近くにマリア教の野営地があり、水晶玉を使って諸々の報告を済ませる。

 ちなみに、三ヵ国にあった水晶玉は、信者の撤退と共に回収されていた。なので、魔法使いの妖精達の被害はゼロとなる。

 ついでに、ナタクやオールドに連絡して、ネイビーを弟子として引き取らせた。


「機械は苦手だが、水晶玉は妖精が、フィーリングで何とかしてくれるから、かなり助かる」

「へぇー、こんなモノがあるんですね。充分に発達した魔法は、科学と見分けがつかないって感じがします」

「ネイビーの師匠はナタクって言う女性だ。格闘全般が使えるから、気功で呪力を吹き飛ばすかもな」

「何それ、怖い」


 移動式喫茶店の近くに転移し、ネイビーに幾らかのお金を持たせて入店させ、ライトはミッドナイトを連れて、最寄りの水晶玉の前に立ち、自分の家へと帰る様に転移する。

 ミッドナイトが行った事の無い場所でも、ライトが連れ回していけば、行ける場所を増やせるし、そこへ転移が出来る。




 一方、ライトが弟子を取る三ヶ月前、アートは家から近い龍脈へ向かっていた。

 随伴するはサンドロックとアルトロン。

 あとヘビー・アームズの予備のコアに三人娘の記録をコピーし、新たなコアを搭載したサイド・アームズと言う可変型モンスター少女だ。

 予備のパーツにサンドロックの金属とアルトロンの呪われた肉片を組み合わせて製作された、二人の子供みたいな存在である。でも、中身はヘビー・アームズ達の記録なので、姉妹機にもなるややこしい機体だ。

 高性能な演算装置をサンドロックに移植したら、主体性を乗っ取られただけにも見えるが、独自の記録と改良を続けていけば、ヘビー・アームズ達とは違った学習をする事だろう。


「ドラゴンとカースの素材にコアを載せた子供って、ゴーレムやオートマトンなのでは?」

「ドラゴンにも変形するし、武器にも変形するから、カースなドラゴニュート」

「サイドは、もっと強くなれるわ。怨念とかドラゴンの魔力とか、一杯食べさせましょう」

「サイド・アームズなので、回転式拳銃です。弾は魔力を圧縮した魔力弾ですね」


 実弾併用可能、小刀にも変形する。しかし、武器形態時は自立行動が不可能なので、アートが装備して戦う必要があった。

 ちなみに、アルトロンはハンマー形態に可変し、サンドロックが龍人化して振り回す。

 サンドロックは盾にも成れるが、アートは使わないのでどうでも良い。


「それにしても、呼び出しがあるとは」

「亜種とはいえど、古竜になったから。ではなく、何か世界規模の異変があったのかも?」


 サンドロックに乗ったりせず、徒歩で龍脈まで向かうのは、それが龍脈を見つけられる条件であり、龍脈に張ってある結界を解除して、ようやく内部へと入れる。

 ライトなら刀で四角く斬って入るだろうが、アートは魔法をかじった身の上なので、魔法やアルトロンから習った呪術の基礎、そして気合いで穴を開ける。

 少しずつ気功や破魔が洩れ出しているのだが、アート本人は無意識なので気づいていない。その為、最後は脳筋っぽい感じとなってしまう。


「……うっわー、何かヤベー奴が来たー!」

「おっと、第一ドラゴン発見!」


 目の前に居たドラゴンを観察しつつ、ゆっくりと回り込む様に近寄る。

 そのドラゴンの体長は約二十五メートル、荒々しく尖った、二本の碧い角と顎先。根元は丸太の様に太く、先端は鋭く尖っている尻尾。

 振るえば鋼鉄の壁すら刻むであろう翼爪、その全身翠色の巨体を支えるに相応しい強靭な脚と爪。しかしながら、優しそうな瞳に見える上、怖さよりも愛嬌を感じる。恐らく、間延びした声を聞いたからだろう。


「すみませーん。この子が呼び出されたので、ここまで来たんです。これ、手紙と鱗です」


 おっかなびっくり、とでも言い表せるように、恐る恐る鼻先を近付ける緑色のドラゴン。ドラゴン特有のマズルは、リルのような犬ーー本犬ほんにん曰くフェンリルなので、種族的には狼が近いーーのマズルとは違い、鱗があるからか角張っている。サンドロックはほぼ金属、アルトロンは竜人にしか成らないから論外だ。

 良く見ると、マズルを覆う鱗の隙間からは植物が根付いているのか、シダ科や稲科の葉に、雑草の小さな葉が生えていた。

 ドラゴンの背中に寄生する植物や、掘削の時に鉱石が鱗に付く事はよくあり、成長途中で鱗が鉱石に変化するドラゴンとかもいる。

 冒険者の中には戦闘が苦手で、採取や採掘で生きる者もいる。ステルスで近寄り、ドラゴンの背中に飛び乗って採取や採掘を一瞬で済ませ、ドラゴンから逃げる事で目的の素材を入手するのだ。

 ドラゴンに近寄る間に、目的の素材があるかどうかを確認し、目当ての場所のみを狙う。なかったら別のドラゴンを探すらしい。

 ちなみにドラゴンを撒く際、他の冒険者パーティーへとトレインする屑がいる。ライバルやライバル候補の後輩をドラゴンに始末させる事で、ドラゴンからの採取や採掘クエストを独占したいらしいが、冒険者は現役が短いので、いずれ技術に身体が付いてこなくなる。老害な冒険者は酒場の常連となり、酔った勢いで自慢話のついでに罪を自白する為、酔い潰れて気が付いたら牢屋の中と言うオチもつく。

 このドラゴンは雑草の他にも、毒草や薬草に寄生されているし、見えずらいが、低木も背中に生えていた。しかも世界樹の苗木だ。飛ぶ際に風圧で折れているのか、枯れた枝も見える。


「確認したよー。王の鱗だねー。真龍の石英ドラゴン・オブ・クォーツ様とー、真龍の水晶ドラゴン・オブ・クリスタル様のー。古竜のサンドロックとー、そのご一行様は歓迎するよー」

「ありがとうございます」

「私は緑閃石ー。真龍の翡翠ドラゴン・オブ・エメラルド様が系譜の真龍だよー。案内するから付いて来てー」


 アート達は真龍の案内にて、龍脈の最奥へと向かう。




 溶岩地帯や底無し沼、神経毒の濃霧、雷と豪雨、気圧の乱高下による竜巻、大気の偏りによるオゾン並みの酸素濃度に液体窒素の罠、地震が絶え間なく起こり、噴火や火山灰で空中すら振動が襲うエリア。

 そうした、数々の環境的洗礼を潜り抜けて、巨大な世界樹が唐突に現れる。

 その根元の泉には七体の真龍が居た。のウロや泉の淵に、小型サイズの姿で出迎える。

 真龍の紅玉ドラゴン・オブ・ルビー真龍の青玉ドラゴン・オブ・サファイア真龍の鋼金ドラゴン・オブ・ゴールド真龍の黄玉ドラゴン・オブ・トパーズ真龍の翡翠ドラゴン・オブ・エメラルド真龍の石英ドラゴン・オブ・クォーツ真龍の水晶ドラゴン・オブ・クリスタル


「よく来た、客人。翡翠よ、茶葉を。青玉は泉から水を。我、紅玉が熱する。石英と鋼金は湯呑みとか急須を出せ」

「この水を飲ませるのですか……。紅玉、我々以外が不用意に飲むと、死ぬのを忘れてませんか?」

「茶葉って、世界樹の葉とか芽でいい~?」

「翡翠、頼む。青玉よ、沸騰させて、世界樹の葉とかで変質するから、大丈夫だろう」

「すみません、人間は世界樹の葉とかで、何でもかんでも治る存在じゃないんです」


 泉の水は知識の対価に、五感を失う。世界樹の葉はエリクサーの材料にも蘇生薬の材料にもなるが、毒性が強く龍や神しか、直接的に使えない。中和しないで人間に使うと蘇って死ぬし、生きたまま治癒して急速にガン化する。

 そんな毒水と毒の葉でのポイズン・ティーを、客に出すと堂々とした毒殺となる。

 アートは固辞して、アルトロンやサンドロックに飲ませた。


「む、そうか。人間は楽園たる龍脈から追放されたのだったな。知恵の実を食べたのなら、生命の葉も食べれば良かったのだが……」

「蛇も追放されてますよね?」

「その蛇はドラゴンであり、我々の先祖だ。ちなみに世界樹が知恵の実をつけるし、唯一神が手ずから育てた樹となる。まぁ、世話役のアダムとイブは、世話が不要となったから解雇されただけで、知恵の実を食べたから罰したとか、蛇が唆したとかはこじつけであるのだがな。楽園である龍脈からは勝手に去っただけだし」

「では、この龍脈に張ってあった結界は?」

「人間に例えるなら、家のドアに鍵を掛けるのと代わらないであろう」


 アダムとイブという原種の人間が、知恵の実を食べたのは事実だが、直系の子孫はほぼ淘汰されたに等しい。故に残った人類はアダム達とは別の血筋なので、世界樹の葉をそのまま使うと死ぬ。アダムの子孫であるなら、復活して不老不死とはいかないが、エルフ並みの長寿となるらしい。

 ちなみに、楽園を守る天使はアダム達とは別の世話役で、剪定等を行う。

 その際、結界を越えて葉が落ち、結界を通る際に効力が弱まり、その葉を拾うと保護状態と毒性も弱まるから、人間がエリクサーにも使えるし、アダムの血筋以外も使えるのだ。

 また、拾うまで腐ったり変質したりもしないから、品質はかなり高い。


「領空が屋根で、領土や領海が床、龍脈の端が壁となる結界。スケールは神様サイズだし、世界サイズだからドラゴンが住める。竜巻とかは防犯対策ですか」

「そもそも、世界樹を植えて育てたのは、世界の意思を中継させる為だったらしい。……神様や我々、人間やモンスター、その下に存在しているのが、世界だ。この世界は神様が創った訳ではなく、漂う石や岩の上に神様が居て、あれこれ弄ったから、創世記のようになっただけである。と、唯一神の神様が言っていたらしい」

「見た事は無いのですか?」

「ある。が、見た目はどうにでも変えられる。魂や魔力だって当てにはならない。唯一神やら多神教の神様はそう言う存在だ」

「世間一般ではマリア教という宗教団体が、唯一神の下に多神教の最高神を並べているそうです」

「多神教の中の唯一神、という矛盾点を宗教学者が探し出した結果、唯一神を上に、各神話の最高神を下にして、王と貴族みたいな感じに落とし込んだモノ。それがマリア教だったか。その最高神と人の間に生まれた、デミ・ゴッドを探して保護し、唯一神や最高神からの、神託を聞ける巫女やら預言者にする。故に聖母の名の下に人類は皆家族で兄弟姉妹か」

「真龍は、神様になるのでしょうか?」

「龍神とかがいるが、蛇の神が竜と混同され、風神や雷神、龍神と同等の存在へと認識されている。自然災害である雷や台風すら操る我々が、自然信仰を経て神様にも成る。鰯の頭も信心から、だな」

「つまり、七柱の龍神であると?」

「いや、自然から分岐したので、自然を生む世界そのものが、唯一で全能のドラゴン。黄龍とか天空龍とかのアバターがあるそうだが、世界樹の下にある世界のコアこそが本質なり」

「では、核が目覚めたら、世界の終わり……と」

「我々真龍は、夢や見世物の提供、飽きない程度の継続性がある遊び、それを唯一神から任されている」

夢現ゆめうつつなら、目覚めないので、世界が壊れない。飽きたら壊して、唯一神を宇宙の彼方へ追放すると」

「そして、再び眠り、神様が居着くのを待つ」


 超新星爆発をファンタジーに置き換えたら、人間どころか神様すら居なくなる。

 惑星一つで済むか、太陽系や銀河系にも影響が及ぶかは、核次第だろう。


「起きているなら世界樹はいらない。寝ていて、夢に干渉する為に神様が植えた。醒めない夢……」


 ふと、アートに電流が走る。


「世界樹の根元に、ダイブ形式のゲーム機器を置きましょう」


 概要を話すと、紅玉達は首を傾げる。


「世界樹はただの中継用で、核からの干渉を返す機能は無い」

「表面に人形を彫っても、植物が動かすなら、世界樹がゲームするだけで、核がゲームを眺めているだけだな」

「核がゲームをするなら没入感も増すだろうが、眺めているだけでは中継が打ち切られる可能性もある」

「六から八時間で、ゲーム終了と同時に、星が爆発する可能性もある」

「配信とか掲示板とか見せましょう。確か、製品版のVRMMOは作ってあるらしいので、核も配信したり、世界樹が掲示板を見たりも可能だったはず」


 魔法使いや亜人と交流して、一喜一憂してもらう。

 真龍達も核や世界樹と遊びつつ、マリア教の信者にサポートしてもらえば、炎上しても何とかなるはず。


「世界規模の宗教団体がバックにつき、ある程度偉い人間が指示して信者をコントロールする。数の暴力と声のデカさで、核や世界樹のストレスを緩和すると?」

「これなら、王様方も四六時中、核を相手しなくても良くなります」


 ネットの海に核を放流してもいいし、アートはまだ知らないが、アビスなダンジョンを攻略する為の尖兵になってもいい。

 世界樹の木材で作った依り代なら、リアルなダンジョン攻略も出来るし、人間には厳しい負荷や呪いにも耐性があるので、真龍を引き連れて集団行動も出来る。


「自由時間を使って、趣味を探したり、寝たりも出来ますよ」

「自由時間……」

「ふむ。……失敗しても地表のどこかで天変地異が発生するだけか」

「核より先に、真龍が破壊を撒き散らすのも、妙手でしょうね」


 核が不機嫌になって地震が起きるか、真龍がランダムで暴れて、地上が壊れる。すると、核がやるよりも酷いかもしれないので、自傷行為な天変地異より範囲が広いと、星が崩れる。

 巨大地震が連続である地方に起きると、最悪の場合はその陸地が沈むし、それが真龍によって引き起こされたならば、魔法とか破壊光線のようなモノも飛び交うので、真龍が連続で大暴れすると星が持たない状況となり、核が自爆するよりも先に人間や亜人が滅ぶだろう。


「それは……どうなんだ?」

「人類の絶滅だけならいいんでしょうけど、他の生命体も死滅させると、我々真龍しか残りませんね。流石にダメでしょう」


 アート達は知らないが、カース達が住む衛星があるので、知的生命体は少し残る。

 死霊術や呪術による、生きた死人やアンデットを、知的生命体の括りに入れていいのかは疑問符が付くが、クローンとかで水増しした文明や国がある世界なので、おそらく神様の懐に穴が空いている事だろう。


「……核より先に暴れてはイケないのですか?」

「いや、特にそんな規則は無いが……。でも、我々が暴れたとして、その後に天変地異が起きると、世界の半分くらいは、成長が止まって格差とかが広がるぞ」

「戦国時代的、群雄割拠な世界は、人類にとって文化や文明が衰退しやすく、世紀末に近づく可能性もあります」

「そうですね。でも、核や世界樹にとって、人類はそこまで気にかける存在なのでしょうか?」

「神様が気にする以上、信仰とか徳の関係で人類はいるのだ」

「神様は信仰を糧とし、人類全員に平等な愛を還す。でも一人の狂信者の信仰にも平等な愛しか与えない。等価交換ではない見返りで、死後の安寧のためや、宗教のために尽くすのが信者のかがみだと、本気で思いますか?」

「そんな事を言われても、我々は真龍だからなぁ」

「核に問うても、星そのものと言われるのがオチです。人間の味方になるのは人間だけで、星や神様でもなく、ましてや真龍でもありません。化け物と化け物が闘うのは当たり前で、化け物に立ち向かう普通の人間を、神様や周りの人間が応援するから、勝つと英雄で、負けるとアイツではダメだったと陰口を言われるんですよ」


 故にこそ、核の事や星の事なんて知ったことじゃあ無い。

 真龍には真龍の都合があるし、世界には世界の都合があり、神様には神様の都合がある。


「そもそも、真龍が龍脈を守るついでに、核や世界樹を守っているんですよね? それとも、真龍は世界のパシりか何かなのでしょうか?」

「……翡翠、世界樹の枝を刈れ」

「了解~」


 紅玉が怒気混じりの声で頼むと、樹木に詳しい翡翠は早速とばかりに、ツリー・ドールやアバター・ドールへの使用にかなう枝を見繕う。

 石英と水晶が切断と研磨加工、鋼金と青玉はパーツの組み立てやサイズ調整、黄玉は着色にて髪や服部分を描く。


「核は中性よりの男性、世界樹は女性でいいか?」

「少年とかでいいだろう。クソガキみたいに癇癪起こすだろうし」

「武器はどうするの~?」

「槍でいいだろう。素人でも使いやすいしな」


 最後はドールの核に、世界樹や星の核の意識をリンクさせる術式を刻むのだが、まだ完成していないので筐体の方を先に仕上げておく。


「あとは術式とか理論とかか」

「魔法使いの方に頼みましょう。召喚術や降霊術、ゴーレム作成とかに詳しい人、餅は餅屋です」

「誰かいたかな。龍脈に入れてもいい専門家……?」

「世界中の強者や国家に、招待状を送ります。真龍に害を成さない者のみに、見えるような細工をすれば集まるでしょう」


 青玉が王達の鱗を集め、招待状の作成を始める。

 それを見たアートは、ワーロックが詳しいと思い出したものの、肝心の連絡先を知らないので、開きかけた口を閉ざす。


「客人は、アートと言ったか。サンドロックとアルトロンを、真龍の末席に加えるべく呼び出したのだった。試練を受け、石英と水晶の鱗を取り込めば、晴れて真龍の一員となる。アートには我等の目を醒まさせた礼として、七龍冠セブンス・クラウンを送ろう」


 紅玉がアートの頭へ、王達の鱗で出来た小さな王冠を載せる。思わず受け取ったアートは、真龍という神様の次に強い存在がバックに着いた事を悟った。


「それがあればワイバーンにも襲われないし、我等が配下の真龍を召喚する事も出来る」


 それは象徴の如き飾りではなく、ドラゴン種全般に通じる、どこぞの印籠のようなモノだろう。

 龍脈の外側から真龍を召喚し、圧倒的火力と数の暴力で、立ち塞がる国々を灰塵に帰す為のアイテム。

 友好や親愛の証で配る物ではない。真龍側へそんな事を言っても理解は示すだろうが、納得はしない。

 異文化交流の難しさだ。しかしながら、肉体言語ならフィーリングで納得する事もあるので質が悪い。

 まぁ、真龍とマトモに喧嘩して、人間が原形を留めていたらの話しだが、恩人と認めた相手を襲う事は無い。

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