第3話 国を崩す者

 サンドロックは尖塔を破砕すると、人が集まる気配を感じ、煉瓦の壁や石畳を壊しては、時折食べつつ進む。

 演習場近辺から集まった兵士が弓引くも、矢と魔法が弾かれ、槍は折れ盾は裂かれる。

 魔法使い達を砂と石の礫で殺し、魔法使いの杖に付いている魔石を咀嚼していく。

 指揮官らしき人物を尻尾で砕き、剣を持つ兵士を翼で叩き潰す。


 刃物は怖いが、兵士は怖くない。魔法や弓矢も刺さらない。やはりライトとアートのみが特別に強く、恐怖の対象だ。

 どう考えてもライトの刀は変だし、アートの槍は貫通するから痛い。


 ふと、サンドロックは剣を掴むべく、人間サイズの人形を魔法で造り、遠隔操作で剣を振るう。

 ライトの歩法と剣術を真似しただけだが、その辺に居る生き残りは奮闘虚しくも、あっけなく死んでいく。それを遠目で見ていた兵士は怯え、報告を聞いた指揮官達の顔が曇るも、気丈に指示を出す。


 ドラゴンも脅威だが、そのドラゴンが造り出した人形も強い。そうとあっては士気が下がるのも致し方無し。

 例え人形を壊しても造り直されるだろうし、その人形を量産されては、数の優位性も無くなる。

 自律的に行動するようなら、もうただの兵士では勝てないだろう。


 サンドロックは人形の出来映えに一応は満足する。ライトの技量を少し反映させただけで、負傷していたとは言え、まだまだ充分に動けた兵士を切り伏せたのだ。


 更に予備として二体を造り、ドラゴン形態の側に置く。最初の一体目は完全なフィギュアで、関節部分を流動させて動かしていた。これはかなりの魔力の無駄使いだが、普段は動かないので関節が機能しない為、盾役が適しているだろう。


 二体目はプラモデル型。関節球体が軸となるので、フィギュアより動かせるものの、固定が甘いと重心や体勢に引き摺られて変な姿勢になる。


 三体目は竜人。ドラゴニュートとかリザードマンと呼べる見た目で、オートマトン型になる。ゴーレムより精密で機動力があるのだが、プラモデルより部品数が多いので修復には多くの魔力が必要だ。


 フィギュア型を後衛に変え、プラモデル型とオートマトン型を前衛として、サンドロックは喰う、壊す、殺すと、槍兵や弓兵、魔法使いや騎士の部隊を蹂躙する。


 この世界のドラゴンであれば傷付く攻撃や戦術も、異世界の古竜が相手では無力だった。

 それはひとえに、そもそもの格が違う。召喚で喚ぶ存在は通常、今の世界よりも上の世界から喚び出す事となり、召喚前の世界では魔力が無くても、ここのような異世界では魔力を持つ。

 無から有に変化している以上、ここよりも下の世界ではもっと強くなるし、元の世界より上ではより弱くなるのが道理となる。

 なので、この世界にいた神族のルナギャルがどれだけ種族差を押し出しても、ライトが上の世界で強い人間だった為にステータスの差はほとんど誤差にしてしまう。


 要するに、人間だからと高をくくったツケが、ルナギャルのそもそもの敗因である。仮にライトがただ喧嘩が強いだけであったとしたら、ルナギャルは辛勝するも、後続の銃を持った兵士や戦車には敵わない。

 人間が強化される以上、武器も強化される為、戦車の砲弾一発でルナギャルは認識する間もなく消える。


 故に異世界召喚は軽々しく行えないのだが、時代が進むにつれ曲解や拡大解釈を経て、上の世界から喚ぶ存在は最初は弱いが、成長や経験を積んで強くなっても、そこそこの金や権力を与えるだけで、都合が良い戦力。不都合なら毒や暗殺、味方ごと攻撃すればほぼ始末出来るもの。

 それが慢心であり、召喚した存在が決して従順では無い事を、ライトやサンドロックが証明したのだ。


 次第に近づく兵士が少なくなる。また、魔力が切れたのか魔法が飛んで来なくなり、普通の矢も通用しないからか、目や鼻の穴とかの急所狙い以外は飛んで来ない。

 鎖や縄を編んだ網が、オートマトン型とプラモデル型に覆い被さるも、フィギュア型とサンドロック本体が外す。無論、サンドロックにも網が覆い被さったが、ワイヤー入りの網に魔力を流したモノでも、ほとんど砂で構築されているサンドロックは歯牙にも掛けず、網目に沿って素通りさせてしまう。


 更には、目に矢が刺さっても瞬きで外れ、痛がる素振りすら見せない。普通なら足止めになる策や道具が通じないのだ。

 魔法も罠も効かないとあっては、士気は下がるだけであり、持ち場から棒立ちで、サンドロックを眺めている兵士もいる。

 サンドロックの方から近づくと、それだけで前線の兵士は及び腰となり、戦う気概よりも生存本能に動かされて、敵前逃亡に走る者が出る。

 指揮官が激昂したり鼓舞しつつ、逃げ出す兵士を切り捨てる事で、何とか持ち堪える事に成功した。


 だが、動ける騎士や兵士はいない。魔力切れの魔法使いや弓兵も動かない。

 サンドロックは軽く吐息を吹き掛け、砂混じりの突風と砂がやや熱せられた炎が交互に向かっていき、敵を負傷させていく。

 サンドロックの進撃は遅いが、土砂や石で構成されている為ではなく、フィギュア型やプラモデル型へ少しずつ精神を別け、もっと効率的に動かせるようにしていき、記憶しているライトの動きと自分の身体能力のズレを擦り合わせているからだ。


 のんびりと、しかし確実に人が集まっている王宮へと突き進む。

 サンドロックが士気を崩しつつ、牛歩とは言え王宮に向かう以上、指揮官は形振り構わず死守せねばならない。兵士や騎士に特攻でも突撃でも命じなければ、守備や警備の責任を追及される。生きていようが死んでいようがは些細な事だ。

 破れかぶれで向かって来る兵士達を切り捨て、突き刺し、吐息で焼く。


 そんな作業と同時に、周囲の壁や天井、柱の石材を壊して吸収し、冑や剣、鏃に指輪の金属類をも取り込む。

 サンドロックの体内で、石材と金属が混ざりつつ圧縮されていき、高い魔力によって流動させ、鉱物資源が変異する。


 それは軽くて硬く、魔力や電磁波を吸収する、この世界では新素材なモノ。鉱物を食べる古竜にとっては、食べて混ぜて出すだけの簡単な事。人はそれを錬成や錬金、あるいは鍛冶で成す。

 そう、宇宙にあると言われるガンドニウム合金。


 生身だった時には出来なかったが、死んで古竜である事を自覚してからは、本能的に可能な事は把握した。なので体内から徐々に置換して、岩から合金へ、更にはプラモデルやフィギュアも置き換えていく。

 砦だか城だか分からない地形になっても、サンドロックは生成しつつ進む。兵士や指揮官は踏み潰す。

 近衛や騎士も、魔法使いや暗殺者も、貴族に使用人、王族も料理人も関係無く踏んでいく。


 亀や牛の歩みだが、それでも王様が居る謁見の間、に続く扉や壁を吸収して建築構造を歪ませる。

 城や王宮は豪華絢爛でいて重い。広い以上は天井も重くなる。支えとなる柱や壁が少なくなると、他の無事な柱や壁に荷重の負荷が集まり、倒壊しやすくなるのだ。

 木造ならたわみやしなりがあり、倒壊までの猶予がある。だが、石材では予兆があっても猶予はほとんどない。


 謁見の間の天井が降って来るも、サンドロックは気にしなかった。シャンデリアや蝋燭が床に散乱して延焼しても、古竜には関係ない。

 とりあえず天井を頭突きで打ち上げ、吹き飛ばしつつ砕き、王様とその周辺に居る人間を流動する砂鉄で拘束する。

 降り注ぐ瓦礫を取り込み、王様や王妃、近衛兵の鎧やアクセサリーを、砂鉄を使ってむしり取り、合金の材料にしていく。砂鉄は触手の如く動き、ベルトコンベアの様に回収も可能なので、指輪やナイフは勿論、イヤリングに針、宝石や金貨もサンドロックは奪う。

 そして、喚き散らす人間達を無視して、ライトやアートが居る演習場へと戻っていく。


 貴族や近衛兵、王族や衛兵は人質がいるので、迂闊には手を出せないし、唐突で問答無用に拐われたこの状況に戸惑っている。

 当の王様は貴金属が付いたモノを奪われ、反撃も儘ならない。魔法は杖が無いと巧く使えないし、自慢の剣では切れない上、早々に奪われてしまう。近衛兵も似たり寄ったりで、王妃様は防御用のアクセサリーと、杖の代わりとなる指輪を奪われる。

 後ろから魔法が迫るも、人質が居る為か威力は低い。




 そんなこんなで包囲されつつも適当にあしらって、サンドロックは演習場まで無傷で帰ってきた。

 今のサンドロックは全身を合金にしてあり、プラモデル達も半オートで動く様にしている。


 メタリックカラーのサンドロックを見た戦車と兵士は、たった二時間で劇的な変貌を遂げた事に警戒心を高める。

 だが、ライトは気にしていない。アートも特に瞠目すらしていない。

 全身どころか、中身まで金属であるモンスターを知っているし、オリハルコン・ゴーレムより硬くとも倒す手段はある。そもそも真っ当な土属性の古竜は、変異種のサンドロックより遥かに硬く素早く、身体構成の組み換えも速いので膂力も高い。


「遅い!」

「二時間ちかくも掛かるなんて聞いてません!」


 サンドロックは竜人型を操り、一礼する。謝罪しているつもりの様だ。本体は重いので首を動かすだけで、演習場のどこかを潰してしまう。


「まったく、神族の脳ミソをこねくり回す。サイコパスな物理的封印なんて、長時間やりたくないんだよ!」


 ライトが下したオーダーは、城の破壊だ。適当に息吹や火球を連射すれば事足りるはず。王様を捕まえて、常時詰めている兵達の心を折るのでは無い。

 後々の交渉を考えるなら、抵抗勢力を事前に粉砕するのは有効だが、現状では神族と王女を人質にしているので、交渉は有利だし、戦力や権威のトップであろう神族に勝ってもいる。

 責任追及の為、王様を捕まえたのはお手柄だが、元の世界への帰還に必要ではない。

 はっきり言って、拉致誘拐にたいする謝罪の言葉が欲しいのだ。

 それを神族のルナギャルが蹴った以上、次点で国王の謝罪声明。それが無理なら王女の謝罪が有って然るべき。

 金銭や物品での賠償は、一般人なら嬉しいだろうが、武力を示したライトとアートには不要である。

 強いと稼げるのが冒険者であり、傭兵でもある。欲しいなら奪うとまでは言わないが、強さを見せた以上、口先だけで言いくるめたりしたら、その暴力に晒されるのは交渉した関係者だ。

 権力で暴力を御する事は出来ない。


「貴方がこの国の王様ですか?」

「……いかにも――」

「――御託は結構です。異世界召喚に巻き込んだ事への謝罪。また、元の世界へ帰る方法を用意して下さい」


 偉い人の口上を聞いても、異世界の人間はどこまでいっても見知らぬ他人である。元の世界でも会うのなら兎も角、会わない人間へ礼節やらマナーを通しても、異世界のマナーと元の世界のマナーが同じである保証はない。

 誘拐犯にお礼を言う人は、ただの変人だ。故にアートは口上を遮る。


「余の預かり知らぬ事である。許せ、異世界の方々」


 この期に及んで素直な謝罪が出来ないのは、帝王学や王族のマナーが骨身に浸透しているのだろう。


「サンドロック、手足だけ折れ」


 砂鉄の拘束具が、国王達の四肢を締め付け、絶叫とともにへし折る。


「異世界に拐われた人間の痛みに比べたら、骨折程度で喚くな」

「一人二人なら兎も角、十五人以上もの集団を、別々の世界から誘拐したんです。そこのドラゴンも、巻き込まれたので怒ってますよ」


 サンドロックは砂鉄を動かし、王妃を口の中へと丸呑みした。咀嚼や嚥下こそしていないが、口を左右に歯ぎしりする。

 それだけで近衛と国王達は顔面蒼白だ。王妃が喰われたショックからか、若い王族か貴族かは失禁している。


「……ペッ」


 王妃が着けていた衣服の一部を吐き出すサンドロック。

 無論、喰ったという事への真実味が増す演技だ。

 国王は折れた両腕を動かし、拘束から脱しようともがくも、激痛と喪失感からか力が出ない。近衛達も目で追うのみだった。


「あー、不味かったのか? 近衛だか衛兵だか知らないが、鎧っぽいのを着ている方が、口に合うんじゃないか?」

「ライトさん。あれ、鎧を食べた跡なのでは?」

「あぁ、だから厚手の布が鎧の型通りの見た目なのか。……ところで、いつまで呆けているんだ?」


 ライトの言葉に国王が震え上がるも、一周して冷静になったのか不敵な笑みを浮かべる。


「帰る方法は知らん。野蛮な者の言葉も聞こえん」


 暗にこの世界での垂れ死ね。と言う開き直りを返す。


「だろうな。サンドロック、全員喰ってしまえ」

「ついでに、この蘇生を繰り返す肉塊も」


 サンドロックは次々と食べ、その度に体積を膨張させ、体内を呼吸可能なだけの狭い牢獄に造り変える。

 音も光も無く、身動きも取れない棺の中で、呼吸だけが許されている状況だ。精神がものの五分で発狂するプリズナー・ストレージ。

 食事も排泄も出来ないので、誇りを抱いて死ねる事だろう。


「これから、どうしましょうか?」

「諦めるな、まだ手はある。この鞘に、ワーロックが仕込んだ魔法陣があるんだ」

「転位系の魔法ですか!?」

「いや、中身は知らない。困った時に使えって、押し付けられただけなんだが……」


 ライトは鞘を分解して、中に描かれた魔法陣を見せる。

 専門的ではないが、アートは出来る範囲で魔法陣を解読した。


「……まず、魔法陣を書きましょう。大雑把でもいいので、円と文字、記号を」


 通常、魔法陣は丁寧かつ正確に描く必要がある。雑に描いても発動しないのだ。

 しかしながら、ワーロックが用意した魔法陣は、最低限でも魔法陣としての体裁があれば、発動するという代物。ほとんど無詠唱魔法と変わらない魔法陣だ。

 図形が小さく、文字が足りなくとも、鞘に仕込まれた元の魔法陣を参照して再構築される。

 魔法陣の発動に必要な魔力は周辺から集め、素人が描いても暴走せずにきちんと発動するよう、術式は簡単だが、相互補完と作用によって空間の一点に、魔法陣の効果を収束させていく。

 アートとライト、サンドロックの竜人型とプラモデル型が協力して描いた魔法陣は、中空に別次元の膜を作り出す。

 兵士や一般人が手伝わないのは、手出ししないと言う協力をしているからだ。

 誰もこの場から抜け出さないように一般人を兵士達が見張る。この機を逃せば、元居た世界には帰れないかもしれない。が、そもそもライト達が描く魔法陣で、きちんと帰還出来る保証もない。

 保証はないが、その気になればライトは一般人達を、全員相手にして気絶させる事が可能だ。

 殺さないし、気絶もさせないから、騒がずに見ているだけでいい。騒いだら沈める労力を費やすのみ。

 灰色に光る半透明の膜、その中に青い髪をポニーテールにしたエルフが現れた。

 纏うは刺繍が施されたローブ、球体が浮かび、囲んだ三つの環が衛星のように回っている金属の杖。顔は右半分を髪で隠し、少し辺りを見回す。

 状況が朧気に分かったのか、ライトを見て小さく手を振る。膜が消え、地面に降り立つと、右の人差し指からビームを発射し、サンドロックのフィギュア型をノックバックさせた。


「よう、久しぶりだなディープ。あ、そいつはサンドロックの分身だ」

「あれ、ライトがドラゴンと戦って困ってたんじゃないの?」

「もう終わってる。召喚に巻き込まれたんだ。こっちはアート。あとは兵士と一般人」

「アートです。宜しくお願いします」

「宜しくー。バラバラの世界からの寄せ集めって事? あと、あのサンドロックって古竜の腹に、デミゴッドみたいな反応が、なんか死んだり生き返ったりしてるけど……」

「元凶だ。この国の王様共々、反省すらしていないから、腹の中に収用させた」

「発狂している複数の反応は、王族達って事か。なら、帰る前に国を潰すわ。私の友人にナメた態度して、トップが発狂だけで済むなんて甘っちょろいのよ」

「わー……めっちゃ過激ですね……」

「とりあえず一般人優先で逆召喚とか、召喚返しとかを宜しく」

「分かったわ。甘味を用意、いや、最後に強奪するか」


 宙へ魔力による魔法陣を描く。幾何学模様や図形、紋章に星座が追加され、二重三重に重なり、圧縮される。

 それは無詠唱で空間積層型で立体的な魔法陣。召喚された存在を元居た世界に連れ戻すべく、強制連行と追尾して逃走阻止の効果を持つ。

 まず、一般人の大勢が魔法陣から出た鎖に捕らえられ、強く引き摺り込まれてしまう。次に戦車ごと兵士達が空中に舞い上がり、別の魔法陣へと吸い込まれていく。

 スキルか魔法で、この場から脱出しようとしていた生徒が居たものの、鎖は召喚返しの対象を逃さない。

 陣の内側を対象とするより、陣に連結した鎖に接触した者を対象にして、目標を連れ戻そうとする人物や障害を取り除けば、巻き込んだりする事故も少ない。そもそも、召喚に伴う発光や死ぬほどの衝撃は不要だ。

 こうして、勝手に呼び出されただけで、何もしないまま戦闘と拷問の見学だけして、一人残らず一般人と兵士は元居た世界へ帰ってしまう。


「向こうで会いましょう」

「あぁ、またな」


 サンドロックとライトとアートを鎖で拘束し、元の世界へと返す。

 残ったディープは、血生臭い演習場の匂いを嗅ぎ、ため息一つ。

 消臭の魔法を使い、懐からジャム用の瓶を取り出すと、思念で地図を取って来いと指示を出す。

 瓶の中には、ワンピースのような衣服を着た妖精が居り、魔力の液体に満たされて瓶の中を漂っている。これはディープの魔力を液体になるまで圧縮し、環境や状態異常から守る防護液にも、妖精の魔力を補充するバッテリー液にもなるものだ。

 妖精は瓶ごと浮遊と飛行を行い、なんとか地図を探し出して、分裂して四体の瓶詰め妖精として地図を運ぶ。これは分身とかではなく、元々妖精同士で合体したりして入れ子になっていたので、濃縮した魔力を分け与えて瓶を用意すれば、即席の瓶詰め妖精となる。

 増殖した瓶詰め妖精は更に瓶の外側へと魔力を振り撒き、ディープのテリトリーを広げ、異世界を少しずつ侵食していく。

 世界に流れる龍脈に沿って魔力も広がるので、侵食するディープの魔力が定着した場合はテリトリーも世界規模となり、やがてはディープの魔力タンクとなる。

 つまり、異世界に転位可能で、瓶詰め妖精を配置して、少しずつ侵食していける為、複数の惑星がディープの魔力に上書きされていくので、行使出来る魔法は数知れず、尚且つ、強固な結界も年単位で維持が出来る。

 その膨大な魔力と精密な魔法のコントロールにより、国の一つはあっさり滅ぼせるし、魔力が無い世界でも、複数の異世界から魔力を流入させて魔法が使えるようにする。


「ここから、この範囲。人間以外の全て、いや、二足歩行の知的生命体に限定。他は透過させましょう。……やっぱり建物も壊そう」


 横は地図に合わせ、上下は地下五十メートルから上空百メートルの範囲を囲み、大規模な結界を張っていく。

 結界の外側へ転位し、少しずつ結界を縮小させ、城の尖塔を押し潰しつつ、鳥や空気を逃がす。もし、ハーピー等の鳥人とも呼ばれる亜人が居たら、結界にぶつかり墜落するだろう。

 木や昆虫は透過するものの、人間やエルフ等の亜人は建物の壁と結界に挟まれて圧死。ゴブリンやゾンビ、スケルトン等のモンスターも二足歩行しているなら、問答無用で結界に阻まれては囚われ、木や岩、崖や谷へと落ちていく。

 知的生命体の定義の一つとして、思考能力の有無があり、普段から二足歩行が出来て考える存在は、モンスターや亜人だろうと人間同様に結界からは逃げられないのだ。

 結界が国境から王都まで縮むと、村や町の地下室の類いや、洞窟内部に居た人間や亜人、モンスターは結界による壁のシミとなって絶命していった。階段から出ようとしてやドアに挟まれて半分になったり、モンスターと鉢合わせして殺し合いの最中に崖の壁面へ押し付けられ、仲良く死ぬ事もある。

 地上は地上で空は変わらないが、天井が崩れ、建物の壁や城塞の壁が押し潰されて、周辺の死体が埋まっていく。

 逃げ場は無い。

 何故結界が迫って来るのか、動物は無事でモンスターの一部も平然としている疑問はあったが、騎士や兵士、貴族や魔法使いは誰もがパニックになっていた。

 破壊される調理場から火の手が上がるも、血と糞尿に水が入ったタンクが壊れては、やがて燃え尽きてか、可燃物が濡れていて徐々に消える。

 残ったのは村や町の痕跡。人気は無く、全てが潰れ、等しく平らになった地面。

 一部は地下まで陥没し、谷底からは赤茶色の濁流も流れている。

 数分で、国一つ分の人口とモンスターの一部を根絶やしにし、建物や地下空間をも砕いたのだ。

 その気になれば山だって押し潰し、国を地図の形通り丸ごと圧縮したりも出来る。

 王都の結界も自前の結界で粉砕したし、魔法使い達の抵抗もせせら笑いつつ、瓦礫に呑み込む。


 これは召喚による慢心に対する、上位世界からの制裁であり、無関係な人間を好き勝手にした挙げ句、召喚した後は無関心で今まで通りに生活してきたツケである。

 転位者が科学や文明の底上げをしようとしても、貴族や王族が邪魔をするものだ。

 既得権益は従来のを守り、末永く甘い汁を啜る。そこに科学やトライアンドエラーの積み立ては不要で、試行錯誤の間も損失が出る以上、手っ取り早く利益が出る利権を変える事は出来ない。

 故に中世のままであり、帝国等の独裁者が統一しなければ、王国は内ゲバで発展は難しいままである。


 神にも匹敵する、異界の魔法使いにより、王国の一つが容易く滅んだ。

 文字通りの絶滅であり、金品は埋葬され、文化は突如として断絶する。異世界では誰もが不審に思った怪事変だ。

 白昼堂々と国家が消え失せ、宗教関係者は何も神託が無いので、天誅ではなく人誅と判断するも、何をどうやって、誰がどうなったかは分からない。


「砂糖や蜂蜜やら、全部取ったわね? よろしい、帰りましょう」


 ディープは砂糖ごと妖精達を回収し、最低限の妖精を解放していく。もしもこの世界に用があるなら、残した妖精を目印に出来るし、浸透させた魔力を回収する事も出来る。

 自分の魔力や魔法の痕跡を隠蔽しながら、悠々とディープは国だった場所を後にする。


 ちなみに、召喚返しをした一般人や兵士達の世界にも、ディープの妖精が居るかもしれないし、居ないかもしれない。


 ワーロックとも呼ばれるディープは、主に冒険者ギルドで数々の貢献をしてきた。

 戦闘力は高く、魔力も多い。予備の魔力もこうして確保している。

 確かに、魔力の保有量は莫大だが、神様とは呼ばれていない。

 人と神のあいの子であるデミ・ゴッドにも勝てる。

 それでも足りないのは、魂の神格やら階悌かいていだ。

 徳を持つ、宗教を起こし個人的な信仰を得る、他所の世界へ赴き、神様を倒す。

 神格を得る手段は大体がこの三つ。

 異世界ではどれか一つでも達成すれば良いが、ディープの住む世界では、数多くの徳を積み重ね、邪神を退散させ、天国を地獄にするくらい、天使や悪魔を働かせる必要がある。

 戦争で文字通りの死体の山を築き上げ、敵兵を地獄に叩き落とすのは、ディープにとって容易い事だ。徳はギルドの発展による功績があるものの、まだ足りない。弟子を育成して戦闘や調査への集団化もしているし、弟子達はディープを敬ってもいる。

 神様の討伐は滅多に無いが、今回の召喚云々が本物の神様によるモノだったなら、全力で粉砕していただろう。

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