女性トラブル

エリー.ファー

女性トラブル

 古いアパートに引っ越した。

 エントランスなどない。オートロックなどない。コンシェルジュなどいるわけがない。

 防犯設備皆無の住居。

 数か月後。

 僕が部屋にいる時のことだ。

 女性がやって来て部屋の扉を叩く。

 一回。

 二回。

 三回。

 四回。

 毎晩、行われている。

 何かの儀式なのかもしれない。

 僕は扉を開けたことがないし、これからも開けない。

「なぁ、警察に相談した方がいいって」

 友達にはそう言われたが無視をした。

 悪いのは僕の方だ。

 彼女に落ち度があるとは思えない。本当に嫌なら、僕が引っ越しをすればいいだけのことである。

 記録を取っていないので分からないが、おそらく、百日を超えた。

 クレープケーキを買って家に帰った。

 蝋燭を百本立てようかと思ったが、面積が足りなかったので、十本ほどにした。

 火をつけて、すべて吹き消そうと思った時、丁度いいから女性のノックに合わせようと思った。

 時間になる。

 女性の足音。

 一回。

 二回。

 三回。

 そして、四回目と同時に吹き消す。

 少しテンションが上がって拍手をした。

「お前、なんで引っ越さないの」

「ビビるどころか逆に祝うってどういう神経してんだよ、お前」

「何度も言ってるけど、警察に相談しろって」

「彼女がいない期間が長すぎて、とうとうバグったのか」

「四回ってなんか意味がありそうだな。お前、心当たりとかないのかよ」

「とりあえず、動画にしておいた方がいいんじゃねぇの。ほら、なんかあった時に証拠として使えるし」

「お前が幻覚を見ている説があるぞ」

 それはない。

「あ、そう」

 こんな具合で一年が過ぎた。

 仕事の関係で引っ越す必要が出たが、人事部に無理を言って異動を取りやめてもらった。この部屋に愛着があるし、何より彼女のノック音を聞けなくなるのが嫌だった。

「いや、録音しておけばいつでも聞くことができるだろ」

 ライブ感なんだって。それが一番心に来るんだ。

「なんで、その感覚になれるんだよ」

 ちょっと、面白いし楽しいじゃないか。

「マジで分からん。理解できない。お前が怖い」

 段々とノックをしてくる女の人のファンになって来たよ。

「お前、キモいぞ」

 二年、三年。

 聞き続ければノックにも表情を感じられるようになる。今日は怒っているな、雨が降っているからだろうか。あ、今日は喜んでいる感じがする。昨日と比較すると、今日の方が楽し気だ。明日はどんなノックが聞こえてくるんだろう。しまった、聞き逃してしまった。残念なことをしたなあ。明日は絶対に聞いてやろう。あっ、お風呂に入ってる時にノックされてしまって、ちゃんと聞くことができなかった。ぶれを失くして同じ時間にやって欲しいなあ。

 毎日は彩られていった。

「お前、あのノックどうなったんだよ。さすがに聞こえなくなっただろ。もう、二年とか」

 えぇと、まだ聞こえてくるよ。あと、三年目。もうすぐ四年目になる。

「もう、どうでもいいや。心配して損した」

 あはは、悪いな。

「そう言えばさ、お前のアパートってマジでボロいじゃん」

 エントランスなし。オートロックなし。コンシェルジュなし。

「インターホンもないよな。そうだよな。あのさぁ、最近お前の家で遊んだじゃん」

 ゲームね。

「そう、ゲーム。で、家から出る時に気付いたんだけどさ」

 うん。

「ドアスコープってあるじゃん、のぞき窓っていうか、玄関の扉についてるだろ。お前んちのやつって、潰れちゃってるんだな」

 そうなんだよ。見えないんだ。

「扉も開けてないのに、どうしてノックしてるやつが女って分かるんだよ」

 うるさい友達を殺す。

 ノックの回数は二倍になる。

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