第6話 後を追う者ー⑨
翌日、指定した森にのんびりした足取りでやってきたクノイチが着くと既にクロノアとルナが待っていた。
「なんじゃ、もう来ておったのか。二人で過ごせる最後の時なんじゃからもう少し味わえばいいものを」
「いやアンタが明朝って言ったんでしょうが! どんだけ遅刻してると思ってんだ!」
クロノアが指さす太陽は真上であり、時刻は昼頃と言ったところだろう。
「そうじゃったか。すまんすまん、昨夜はちと遊び過ぎての」
一切申し訳ないと思っていそうなクノイチに、クロノアは昔から師匠の習性が全く変わっていないことに呆れつつも安堵する。
「待たせた詫びにお主らはわしに一発当てれば勝ちということにしてやる。優しいじゃろ」
「その言葉、後悔させてやる! 行きますよルナさん!」
「ああ! 我らの自由の為に!」
剣を抜き払ったルナは大欠伸をするクノイチに斬りかかる。
「おやおや随分と鈍らな剣じゃな。金はあるんじゃから買い替えるなり研ぎ直すなりせんといかんではないか」
横に薙ぎ払われた剣を一歩もその場から動かず、腰を九十度近く逸らして避けたクノイチはその体勢のままでルナの剣を見てクスリと笑う。
ルナとて剣が痛んでいるのは分かってはいたがゴブリンとの戦い以来鍛冶屋に行く暇が無く、どうしようも無かったのだ。
「ルナさん避けて! バレットシュート!」
その体勢では避けれまいと、クロノアはすかさず斜線上にいるルナに警告してバレットシュートを放つ。
ルナはギリギリ避けることに成功したが、クノイチも片足を軸に体を横に開き簡単に躱してしまう。
それも腰が曲がったままでの動きであり、人間の体はあんな動きを出来るのかとルナは敵ながらに感心してしまう。
「甘い甘い、サック名物の饅頭より甘いのうクロノア。魔法などと、とろくさい攻撃がわしに当たる訳が無いのは考えんでも分かるじゃろうが」
立ち上がったクノイチに煽られたクロノアはローブと帽子を脱ぎ捨てると、ニンジャの姿となり仕込み刀を抜く。
「そう、それでいい。ちゃんとわしから離れた後も修行を怠っておらんか見てやる。来い」
子供でも呼ぶかの様に手招きするクノイチにクロノアは全速力で斬りかかる。
そこからの戦いはルナの目では捉えることの出来ない高速の戦いだった。
「ど、どうなっているんだ。クロノアの援護どころかどちらが優勢かすら分からない」
剣を構えてただ茫然と立ち尽くすしか出来ないルナの足元に突然クロノアが転がってくる。
「大丈夫かクロノア!」
「平気です。あのババア全然衰えてねえ」
鼻から血を飛ばしながら立ち上がったクロノアの闘志はまだ衰えてはいないようだ。
それに安堵しつつもルナは昨夜から思ってはいたのだが、クノイチ相手だとクロノアは口が悪くなるのを確信した。
「当たり前じゃ。そういうお前は鈍りはしておらんが成長もしておらん、中途半端じゃのう」
息が荒いクロノアに比べて、髪一つ乱れていないクノイチにルナは想像以上の実力差を感じてしまう。
クロノアはともかく自分は一切戦いについていけていないのだから尚更のことだろう。
「おっと、お主とも遊んでやらんと。仲間外れは可哀そうじゃからな」
何処からか取り出した数本のクナイをクノイチはルナに投げる。
辛うじて目で捉えることが出来たルナは殆どを剣で弾くが、一つ弾ききれずに顔を掠めてしまう。
頬が少し切れてしまい血が流れるが、今更そんな傷の一つや二つ気にするようなルナではない。
しかし、ルナの顔が傷ついて冷静でいられない人間が一人いた。
もちろんクロノアである。
「よくもルナさんの顔を傷つけたな!」
怒声と共に腰のポーチからクナイを取り出したクロノアはクノイチに投げつける。
クノイチは容易く避けるが、クロノアとて端から当たるとは思っていなかった。
クナイはあくまで囮でありメインはクロノア渾身の魔法なのだから。
「サンダーライン!」
火力、速度共に雷系の魔法は最高クラスであり、避けることなどまず不可能だ。
しかしサンダーラインはクノイチを捉えることは無く、一瞬で姿を消した彼女の背後の木を焦がしただけだった。
「おっと、危ない危ない。今のは小指の先程には惜しかったのう」
危なかった言いながらも、余裕そうなクノイチにクロノアは地団太を踏んで悔しがる。
「しかし加減してやったクナイすら満足に見切れんとは、騎士とは随分とのろまなんじゃな」
その一言に神経を逆なでされたルナは、突きの構えを取ると地面を抉る程の踏み込みでクノイチとの距離を詰める。
もう騎士ではないとはいえ、騎士への侮辱はルナには耐えられなかったようだ。
「少しはマシになったがまだ遅いわ」
ルナ渾身の踏み込みと突きでさえクノイチにしてみれば止まっているように見えるらしく、軽々と避けるとルナの腹に拳を瞬時に数発入れた。
革鎧を身に着けているというのにダメージは貫通したらしく、訳の分からぬままに腹を抑えながらルナは剣を落として地面に倒れこむ。
「刀ではなく拳だったのを感謝せえ。でなければお主はとっくに三途の川を渡っておったろうよ」
起き上がれないルナの頭を踏みつけるたクノイチはグリグリと足を動かし、地面にめり込ませようとする。
当然クロノアがそんなことを許す訳が無く、魔法にクナイと、ありとあらゆる飛び道具を繰り出しながらクノイチに突撃するも難なく避けられてしまう。
「感情に任せて戦ってはいかんとあれ程教えたのにまるで学習しておらんな。直ぐに頭に血が上るのはお前の悪い癖じゃぞ馬鹿弟子が。少し頭の血を抜いてやろう」
それどころかクロノアはクノイチが着物の袖から繰り出してきた、先に重りの付いた鎖に足を絡め捕られ、そのまま豪快に振り回され木にぶつけられてしまい、頭から血を流す。
二人揃って掛かってきてもやはり自分の足元にすら及ばないことを改めて確信したクノイチは、いよいよ収穫時のクロノアをどう料理して楽しむかに思いを馳せ始める。
「ルナさん、立てますか……」
「無論だ。この程度で自由を諦めてなるものか!」
歯を食いしばって立ち上がってくる二人にクノイチは少し嫌気が差す。
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