第6話 後を追う者ー⑦
緊急事態にも関わらずあまりの出来事にパニックになったのと、初温泉の気持ちよさに負けてしまったルナは、言われた通り温泉にゆっくり浸かってしまう。
同じくクロノアも体に刻まれた師匠の言う事は絶対という教えのせいでしっかりと体を洗って百まで数えてから温泉から上がり、二人は同じタイミングで脱衣所から出た。
「それで彼女は一体何者なんだ」
「僕の恩人であり師匠であり最も嫌いな女です」
脱衣所前の休憩スペースに誰もいないのを良いことにクロノアは自分とクノイチとの関係を語り始める。
当時、ヴァーリウスに惚れ込んでいたクロノアはどうにかしてヴァーリウスに近づこうと必死に考えを巡らせていた。
だが、スラム街でその日を生きるのもギリギリな生活をしていたクロノアにはどうすることも出来ない日々を過ごすしか出来なかった。
そんなある日、派手な色の変わった服を着た女から財布を掏ろうとしたが敢え無く捕まってしまう。
それがクノイチと、クロノアの、いや、名も無き少年の出会いであった。
「放せババア! 高そうな服着てんだから財布くらい別にいいだろ!」
ボロボロで薄汚れた服を着た少年の腕を掴み、細い腕で簡単に持ち上げているクノイチは周りから見ても異常な存在であり、スラムの住人達は巻き込まれるのは御免だとばかりに周囲から離れていく。
「クックックック、イキのいいガキじゃな。さて、どう料理してやろうか」
暴れる少年の顔を覗き込んだクノイチは、目の色を変える。
「ほう、これは中々上物ではないか。薄汚れてはいるが顔立ちは良いし才覚もありそうじゃ。それに強い意志を秘めた良い目をしておる」
自分の顔を見てほくそ笑むクノイチに馬鹿にされたと思った少年は更に暴れるが、強く握られた手は一向に緩む気配を見せない。
「これこれ、暴れるでない。お主、わしの弟子にならんか?」
「何言ってんだババア! いいから放せってんだ!」
少年はクノイチの意図が分からずにとにかく我武者羅に暴れる。
「話を聞かんかガキ! 目的は知らんがお主は力が欲しいんじゃろ? わしならば与えてやれるぞ」
その一言に少年は抵抗するのを辞めた。
「ババア、それって本当か! 嘘じゃないよな」
「本当じゃとも。お主みたいな小汚いガキを騙したところでわしに何の利があると言うんじゃ。但し、厳しく教え込むから死ぬ覚悟はしておくんじゃな」
それでも少年は疑うが、脳裏にヴァーリウスのことが思い浮かべてしまう。
もし本当に自分を捕まえている女の弟子になれば力を得られると言うのなら、例えどんな目にあっても良いのではと少年は思ってしまった。
心の天秤が答えを出してしまうとそれは体へと無意識の内でも伝わり、少年自身が気づいた時には首を縦に振っていた。
「よしよし、お主は賢い子だの。今日からお主はわしの弟子じゃ。必ず力ある者に育ててやる。約束じゃ。それでお主、名は何という?」
「親の顔も知らないのに自分の名前なんか知る訳ないだろ。適当に呼べよ」
「どうやら師匠に対する礼儀から教えんといかんようじゃの」
そう言いながら少年の手を放したクノイチは腕を組み考える。
「髪が黒いしクロ、いや、これでは犬っころの名前のようじゃな。……よし、決めたぞ、お主は今日からクロノアじゃ」
こうして、何故だか分からないがクノイチに気に入られて弟子となった少年はクロノアと名乗るようになったのだった。
それからのクロノアは地獄の様な数年間を過すこととなる。
血反吐を吐きながらニンジャとしての技術を磨き、頭痛に耐えながら魔法習得の為の学習をさせられ、休む暇など一切ない生活を送ったのだ。
何度も心が折れ、クノイチの元から逃げ出そうとしたが、その度にヴァーリウスへの思いで踏み止まり、鬼より恐ろしいクノイチから課せられる厳しい修行に耐えた。
そうやって着実に実力を付けたクロノアはある時、自分で思い描いていた力を得ることが出来たと感じ、クノイチの元を出奔したのだ。
「クノイチの元を去ってからはルナさんご存じの通りです」
裏稼業でそれなりに名を上げ、富を得られる技術を惜しげも無く使い、危険な戦場でルナをストーキングしていたことは知られているとはいえ、クロノアはわざわざ口にしようとは思わなかったのでぼかした言い方をした。
「そうだったのか。では彼女は自分の元から去った弟子を連れ戻しに来た訳か」
「分かりません。ですがあいつに見つかったからにはただ逃げたところで逃げ切ることは出来ません。ここは一旦大人しくアイツの言う通りにして出方を見るしか……」
クノイチをよく知るクロノアがここまで言うのならばそうするのが一番なのだろうとルナは納得すると、クロノアと共にクノイチが待つ自分達の部屋へと戻る。
「ゆっくりしろとは言ったが随分長風呂じゃったな。先に始めさせて貰っておるぞ」
部屋に戻ると我が物顔で豪華な食事をツマミにクノイチが酒を飲んでいた。
既に数本酒瓶が畳に転がっており、随分早いピッチで飲んでいるようだった。
「ちゃんと自分の酒代は自分で払えよアンタ」
「なんじゃ師匠に向かって酷い言い草じゃのう。散々面倒を見てやったんじゃから恩返しせんか」
「面倒見たって、修行はともかくアンタの私生活の面倒を見てたのは僕じゃないか」
身勝手なことを言うクノイチにクロノアは呆れかえる。
酒癖が悪く、ニンジャとしてはピカイチの実力を持っていても家事は真面に出来ないクノイチの世話をクロノアは弟子だからと嫌々していたのを忘れてはいない。
「そうじゃったかの。まあお主らゴブリン退治でたっぷり儲けたんじゃしケチ臭いことを言うでない」
流石にカチンと来たクロノアはクノイチから酒瓶を取り上げようとして、二人は酒瓶をロープ代わりに綱引きを始める。
そんな二人を見ながらルナはふと疑問を抱いた。
「失礼だがクノイチ殿、貴女は何故ゴブリンの一件知っているんだ? もしやワーロクに居られたのだろうか」
ルナの言葉に何か気づいたクロノアはクノイチから離れると警戒心をむき出しにする。
「もしかしてアンタ、僕達を付けてけてきたのか!」
クノイチは酒を煽ると、笑い出した。
「クックックック、筋肉ダルマと馬鹿弟子にしては気づくのが早かったのう。確かにわしはワーロクからお主らを付けてここまで来た」
クノイチがあっさり認めたことで、ルナは別の疑問も確信へと変わったことを感じる。
「では貴女が冒険者ギルドに入った賊なのですね」
「そうじゃ。まあ付けられたのに気付いたのならばそこにも気付くわな」
まさか騎士の救援に時間が掛かったのは自分達に関わってのことだとは夢にも思っていなかったルナとクロノアはショックを受けながらも、クノイチを睨みつけた。
「それって僕を連れ戻す為にか!」
「それはついでの用じゃ。わしが用があるのはそこの筋肉ダルマでのう」
クロノアが目的だと思っていたルナはまさか自分がこそが目的だとは小指の先程も考えておらず驚く。
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