第4話 ゴブリン軍VS有志軍-⑧

 立っているだけでも精一杯だったはずのルナは、沸き上がる怒りの衝動に突き動かされオーガの息の根を止める為、咆哮と共に走り出した。


 だが行く手をルナの怒声でパニック状態に陥ったゴブリン達に遮られてしまう。


 足を止めることなく腰に差していたナイフを抜いたルナは、逆手に構えると邪魔なゴブリンを排除しながら進む。


 ゴブリン達も逃げればいいものを錯乱してしまっているせいで血迷ったのか、自分達に向かってくるルナに襲い掛かってしまい、正面に立てば喉を切られ、掴みかかれば指を切り飛ばされ、次々にがむしゃらにルナが振り回すナイフの餌食になってゆく。


 それはもう騎士でも新米冒険者でもない、人ですらない手負いの荒ぶる獣の戦い方だった。


「な、なんなんだこいつは! 手負いの獲物よりよっぽどたちが悪いじゃないか!」


 焦るオーガは、手下を巻き込みながらもルナを近づけまいと無茶苦茶に拾い上げた棍棒を振り回す。


 だがそんな出鱈目な攻撃がルナに当たる訳がなかった。


 寧ろ棍棒が地面を叩いたことで巻き上がった土埃に転がっていた剣が巻き込まれて、偶然にも宙に浮かんでしまう。


 荒れ狂っていてもルナはそれを見逃さず、飛び上がり易々とキャッチする。


 そのまま地面にめり込んだ棍棒を足場代わりに高く跳躍したルナは、オーガの眼前に迫ると渾身の力で剣とナイフをオーガの両目に突き刺し抉った。


「グアアアアアアアアア! 目が! 目がああああああ!」


 両目から走る激痛に体勢を崩したオーガは仰向けに倒れこんだ。


 倒れたオーガの胸に着地するとルナはオーガの両目から剣とナイフを引き抜き、今度は喉に突き立てる。


 何度も、何度も、何度も、何度も、何度もひたすらに突き刺しては抜いてを繰り返す。


 激しい痛みに喉を潰されたせいで声を上げることも出来ないオーガは、喉から血の噴水を溢れさせ、口からは血の泡を吐きながらピクピクと体を痙攣させることしか出来ない。


 オーガは洞窟を出た時、自分が死ぬことなど微塵も考えてはいなかった。


 騎士団による殲滅戦から逃れ、人間に見つからぬ様に細々と森の奥で暮らす群れにオーガは生まれ、仲間とは違う肌色のせいで虐められながら彼は育った。


 だが時が経つにつれ次第に体は仲間よりも遥かに大きく成長し、鍛えなくとも筋肉が自然と付いた。


 気づけば群れの誰よりも大きく強くなり、いつしか群れを率いる立場になった。


 そこでオーガは思ったのだ。


 何故自分達が、自分が人間にこそこそと隠れて暮らさねばならないのかと。


 自分達は本来欲望と本能の赴くままに生きる存在であるはずなのに。


 こうしてオーガは群れの自分より力も知能も劣るゴブリン達を徹底的に恐怖で管理し、人間にバレぬように数を増やし続けて軍団を作った。


 人間達に戦争を仕掛け、人間の国を乗っ取り自分の国を作ることで誰に憚ることなく自由に生きる為に。


 しかし彼の大いなる野望は最初の一歩目で躓き、二度と野望を抱くことが出来なくなってしまった。


 自分よりも凶暴で恐ろしい、今自分の喉を狂ったようにめった刺しにする人間の手によって。


 誰の目から見ても勝負ありなのにそれでも手を止めない人間にオーガは薄れゆく意識の中、真に凶暴な生き物が何かを悟ったのだった。


「……ルナさん! もう止めてください! こんなのルナさんのやることじゃないですよ!」


 最初、自分に話しかける声が誰のものか、何を言っているのかルナは理解出来なかった。


 だが次第にはっきりと聞こえるようになった声と自分を抱きしめる感触に現実に引き戻されたルナは、我に返る。


「クロノア、私は一体何を……」


「私を助けてくれたんですよ。あの時と同じように……」


 ルナは赤黒い血で汚れた手を、いや、全身を見て自分の恐慌に戦慄した。


 今までもがむしゃらに戦い、返り血を浴びたことは幾度もあった。


 しかしあそこまで我を忘れたことは無く、いくら魔獣相手とはいえ自分がしたことが信じられなかった。


 恐怖と戸惑いで呆然としたルナは固く握りしめていた剣とナイフを手から落としてしまう。


「行け! このまま一気にあいつらを蹴散らすんだ!」


「もう二度と俺達の村を襲おうなんて思えなくしてやる!」


 突然後ろから聞こえた大勢の人間の声に驚いた二人が振り返ると、有志軍が森へと敗走するゴブリンを追い立てるように走って来ていた。


「ほらクロノアちゃ……君か。これを羽織るといい。ルナちゃんはこれで血を拭きなさい」


 クロノアには脱ぎ捨てたままだったローブを、ルナにはベルトに挟んでいた手拭いをオーガの死体から降りた二人にモーシュが差し出した。


「モーシュ殿、村の方は大丈夫なのか」


 ショックから立ち直れてはいなくても平静を装うとしたルナだったが、僅かに声がうわずってしまう。


「ああ、何とかのう。追い詰められてもうこれまでと思ったんじゃが、ルナちゃんの声にしょんべんちびらせながらゴブリン共がビビッて動きを止めおってのう。その隙に形成を立て直せたんじゃ」


 隙を上手くついた有志軍の反撃に加えて群れのボスであるオーガが倒れたことが決定打になり、ゴブリン達は略奪を諦め命惜しさに逃げ出し始めたのだ。


 有志軍達はこの機を逃すものかと、成れぬ戦いで傷つき疲労した体に鞭を打ってゴブリンを追い立て続ける。


「わしも皆の後を追うが二人は休んでいてくれ」


 戦場には流れがあり、その流れに乗れた方が戦争に勝つことが出来るが、今や完全に流れは有志軍に傾き、勝敗は誰の目に見ても明らかだった。


 モーシュの言う通りに二人が戦線から離脱したところでもう大丈夫だろう。


 しかしそれでもルナに休む気など微塵も無かった。


 寧ろ今は何かしていない方がルナには辛いのだ。


「私も手伝わないとな。クロノアは休んでいてくれ」


「いえ、私も手伝います。ルナさんこそ休んでください。怪我だらけなんですから」


 ローブを身に着け、見られたくないものを隠したクロノアは声を震わせながらも隠し刀を鞘に納め、いつもの魔法士の姿に戻る。


「なに、まだ動けるんだからちゃんと最後まで仕事をしないとな」


 乱雑な使い方をしたせいであちこち刃こぼれしている剣を拾い上げたルナは有志軍を手伝う為に後を追い、クロノアもそれに続く。 

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