第3話 ルナの初仕事ー④

「本当にゴブリンがいたとは。村人達の見間違いでは無かったようだな」


 半ばいないのではと思い始めていたところに現れたゴブリンに驚きながらもルナは剣をゴブリン達に向けて構えた。


「ルナさんに邪なことを言うなんて、絶対に生かしておけない。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」


 いや、私だけに言ったのではないだろうと口から出かかったが、クロノアのあまりに激しい剣幕にルナは呑み込んだ。


 大きく深呼吸して、味方の殺気で動揺した心を落ち着かせたルナは改めて状況を把握する。


 ゴブリン達の数はクロノアの言った通り五匹。


 それぞれどこかで拾ったようなボロボロの剣や斧に手作りらしき棍棒で武装しているが、防具はおろかまともな服すら身に着けておらず、せいぜい腰みのを巻いている程度しか体を守る物がない。


 ゴブリンにはたまに弓矢を扱う個体がいると何かの本で見たことがあったルナは、五匹の中に弓矢を持つものがいないことに少し安堵する。


 以前のフルプレートを装備していた頃ならば矢など大した脅威ではなかったが、革鎧の今では貫通される危険がある為、少々厄介だからだ。


 ましてや自分よりも軽装なクロノアには必殺の武器足り得る可能性も十分ある。


 まあ、矢が一本二本飛んできたところでルナは簡単に切り落とせるのだが、いちいち警戒するのが鬱陶しいというのも敬遠する理由ではあるのだが。


 冷静に現状を分析している間にゴブリン達は扇状に広がり、もう我慢の限界とばかりに今にも飛び掛かってきそうな雰囲気を醸し出している。


 だが、戦いの火ぶたを切ったのはゴブリン達ではなく、ルナに邪な目を向けられたことで猪よりも鼻息荒く猛り立つクロノアだった。


「バレットシュート! バレットシュート! バレットシュート! バレットシュート! バレットシュート! バレットシュート!」


 ゴブリン達に杖を向けたクロノアは、野球ボール大の魔力の塊を次と次と乱射する。


 バレットシュートは魔術師が一番初めに覚える攻撃呪文であり、魔力の塊をただ打ち出すだけのとてもシンプルなものだ。


 故に魔術師の基礎訓練に利用されることが多く、魔術師が生涯で最も多く使う呪文とも言われている。


 威力自体はあまり高くはなく、精々大きめの石を思い切りぶつけられたくらいの威力だ。


 だが、生身で受ければ勿論怪我を負うくらいには威力はあるし、当たりどころ次第では致命傷にもなりえる。


 さらにクロノアはバレットシュートを乱射しているので、石の礫が雨あられと投げつけられているのと同じ規模の攻撃が今ゴブリン達を襲っている。


 そんなバレットシュートが地面を抉り、木を削る中、ゴブリン達は逃げ惑う。


 先程までは欲望でギラギラと輝いていた瞳は恐怖に染まり、手にしていた武器はとうに放り出して襲うどころか戦う意志さえゴブリン達は失っていた。


 体は避けきれなかったバレットシュートで負った痣や傷から流れる血で、緑だった体色が見ていて辛い色に変わっていく。


 やがてダメージが限界を超えた一匹が地面に倒れ、それに続くようにまた一匹、また一匹とゴブリン達は地に伏していった。


「クロノア、もういい、ゴブリン達は全滅したぞ!」


 最後の一匹が倒れても攻撃を止めないクロノアを見兼ねたルナがクロノアを羽交い絞めにして止めた。


「は、離してください! こいつらは生かしてはおけません!」


 それでもクロノアは、ジタバタと駄々っ子のように手足を暴れさせてまだゴブリンを攻撃しようとする。


「落ち着くんだ。もう生きてはいない。流石にこれ以上はやり過ぎだ」


 ルナに諭されたクロノアはようやく正気を取り戻したらしく、荒い息をしながら杖を下ろした。


 ルナのような騎士や戦士などの物理的な武器を扱う者が習得するコマンドアーツや単に戦技と呼ばれる技は己の体力を消費することで放つ。


 対してクロノアのような魔法師達が習得するマジックアーツや魔法と呼ばれる技は、魔力と呼ばれる自らの体に宿る超常の力を呪文の詠唱で様々な物や現象に変化させ放つ技だ。


 コマンドアーツは基本的なものならば修練次第で誰でも習得できるが、マジックアーツに必要な魔力は誰にでも宿っているわけではなく、完全に生まれ持っての才能に依存するものであり、魔力を持った子供が生まれるのは百人に一人くらいの確率と言われている。


 魔力は、消費し過ぎると普通は貧血のような症状に襲われるものなのだが、クロノアにはそんな様子はなく、寧ろコマンドアーツで体力を消費した時のように顔は真っ赤で汗が大量に吹き出し、肺がフル稼働していた。


 今まで幾度か魔法師とも共闘した経験があるルナは不思議に思ったが理由は直ぐに分かった。


 ただの呪文の叫び過ぎである。


「とりあえずこれでも飲んで落ち着くといい」


 羽交い絞めで宙に浮かせていたクロノアを下ろしたルナは、水筒を手渡す。


「……すみません、また取り乱してしまいました」


 叫び過ぎて少し掠れた声で謝るクロノアからすっかり消えさった、さっきまでの凶暴性を思い出したルナは少し身震いした。


 今、自分に向けてくれている敬愛の感情が何かの拍子に反転した時、自分もゴブリン達と同じくズタボロで見るに堪えない姿にされるのだろうと考えてしまったのだ。


 改めてクロノアの扱いには細心の注意を払わねばならないことをルナは自覚した。


「気にしないでくれ、私の為に怒ってくれたのだろう。ありがとう」


 気落ちするクロノアを励ましつつ、改めて見るも無残なゴブリン達の死体を観察する。


 だが、特に住処に繋がりそうな証拠は一切無い。


 体に泥が付いていれば水辺、苔が付いてれば洞窟、程度ではあるが住処の証拠が得られたかもしれないのだが、そもそも証拠になる物が付いてたとしてもクロノアが吹き飛ばしてしまっているだろう。


「一匹いれば百匹いると思えと昔から言うが、巣が見つけなければどうしようもないな。そもそも繁殖しているのか分からないが」


「恐らく繁殖はしているかと。奴らはヨツアシに子供を産ませるのは飽きたとほざいていましたから」


 あまり想像したくない光景を思い浮かべてしまったルナは苦い顔をする。


 飽きるほど産ませたとということは、古くからの言い伝え通りに本当に百匹いる可能性を考えてしまったルナは冷や汗をかく。


「ルナさん、こちらに来て下さい。もしかしたら巣の場所が分かるかもしれません」


 ゴブリンが飛び出してきた茂みの向こうを調べに行っていたクロノアが自分を呼ぶ声で現実に引き戻されたルナが向かうと、クロノアが地面に伏していた。


「クロノア、何をしているんだ?」


「ゴブリンの移動経路をトレースしていたんです。どこまで追えるか分かりませんが、付いてきてください」


 ルナが来たのを確認したクロノアは、立ち上がると歩き出す。


 迷いのない足取りで道なき道を進むクロノアに置いて行かれぬようルナはついて行く。


「魔法師というのはこんなことも出来るのか。流石だな」


 感心するルナにクロノアは苦笑いしながら勘違いを指摘する。


「普通の魔法師は出来ないと思いますよ。これは私が魔法とは関係なく習得した技術ですから」


 ただでさえ魔法士になるには勉学と修行で辛く厳しい道を歩まねばならないと聞いているのに、何故そんな技術まで会得したのだろうと疑問に思いながらもルナはそれ以上は深く考えなかった。


 森の中をしばらくクロノアの主導でゴブリンの後を追った二人は、段々と人の手が入っていない、植物が好き放題に生い茂る薄暗い森の深部へと入っていく。

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