第2話 彼女

 彼女をはじめて見たのは、編集長の屋敷だった。十代の若々しさと、大人の女が醸し出す色気を併せ持った、とても不思議な魅力を持つ女性だったことを覚えている。

 洋装を嗜む女性も多い昨今、彼女の和装はその艶やかな黒髪も相まってとても美しく、そして上品でもあった。

 もちろん彼女も年頃の娘だ。たまに洋装の姿を見ることもある。和装とは違う魅力があり、洋装も彼女に良く似合っていたが、できればその白く滑らかな曲線を描く足は隠して欲しいとも思う。我ながら浅ましい願いだ。


 ありがたいことに、私は小説を書くことで生計を立てることができている。抱える作品が多いほど生活は不摂生になり、元より家事などしてこなかった私の家は散らかり放題だ。

 ある朝、起きようとして目眩に倒れ、そのまま夕方まで意識を失ったことがある。その時に生活を見直そうと思い立ち、結果彼女がお手伝いとして家に来てくれることになったのだ。


 年頃の娘が男の家に出入りをする。親であれば心配するのは当たり前だろう。門限は設けども、それ以外に制約は特になく。おそらくとおも年の離れた男女に色恋の間違いが起こるなどとは思わなかったのだろう。

 恋愛小説を載せる雑誌の編集長が、少々想像力に欠けるのではないだろうか。それとも手を出そうものなら私などすぐに切り捨てられると、無言の圧力があったのかもしれない。あるいは私にそんな度胸などないだろうと、軽視されているのかも。

 どちらにしろ、私は彼女に手を出すつもりはなかった。若く美しい彼女が私を相手にするとは思えなかったし、何より居心地のいいこの時間を失いたくなかったのだ。


 原稿の上では劇的な展開にすり替えることもできる。粋な台詞を吐くこともできる。けれど現実はどうだ? 三十路近い男がとおも年の離れた若い女に懸想し、彼女の顔を見るだけで初心うぶな男のように胸を鳴らしている。

 これではただの気持ち悪い男だ。この思いは隠しておかなければならない。うっかり手を出してしまわぬよう、色を孕んだ私の目は眼鏡の奥に隠しておかなければ。


 そう思っていたのに、彼女があんまりにも愛おしげに私の眼鏡を触るから――。



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