136.本物のアスティだ!

 シグルドに「早く起きろ、危ない」と起こされた。びっくりして目を覚ましたら、部屋に入って来た彼女と目が合う。


 青い目、ピンクの髪の毛、ちょこんと覗いた薄茶の耳。驚いたような顔をした彼女は、食事のお盆を手に取ったところ。僕が食べなかったから、片付けるみたい。


「食べる?」


 首を横に振った。食べない。ご飯を残すのはすごく悪いことだけど、シグルドはダメだと言った。僕に「ダメ」と教えてくれたのは、いつでも優しい人達ばかり。物を知らない僕が失敗しないように、優しく教える人達だから。


 会ったばかりの君より、仲良しのシグルドを信じる。僕のお話をちゃんと聞いてくれない人に、話すことなんてないんだ。そう思うのに、料理を片付ける後ろ姿が、なんだか悲しそうで。


「あの、お腹空かないんだ。ごめんね」


 つい謝ってしまった。すると首を横に振って出て行く。いつもみたいに捲し立てたりしないし、元気がない感じだった。首を傾げるが、これ以上お話しする気はないので見送る。


 ドアが閉まってから、今だったら一緒に出られたんじゃないかと思った。後ろを着いてたら、お外に出たかも。ドアに近づいたけど、開かなかった。しょんぼりしてベッドに戻る。


「僕って何も出来ない」


「カイ! お待たせ!!」


 ぼそっと呟いた途端、空中からアスティの声がした。上を見上げると、両手を広げて降ってくる。僕も手を伸ばして受け止めた。途中でばさっと羽の広がる音がする。


「アスティ? 本当に?」


「ええ、本物の私よ。待って、キスをさせて」


 ちゅっと音を立てて唇が重なった。抱き締める僕の手が首筋を探って、冷たい鱗の感触に頬が緩む。本物のアスティだ!


 嬉しくなって首に顔を埋めようとしたら、額がぱちんと痛くなった。


「おいおい、俺らは無視か? せっかく助けにきてやったのに」


 ぼやく声はラーシュ。後ろで「邪魔したら可哀想だろ」と笑うイェルドと、苦笑いするボリス師匠がいる。これって夢なのかな。


「僕、夢を見てるの? おかしいな」


 夢なら、シグルドがいるはず。首を傾げてきょろきょろしても、彼がいない。


「夢じゃないわ、ほら」


 再びアスティに抱き締められて、僕は顔中にキスをもらった。信じるまで続けると言われる。


「信じるからっ! うわぁ」


 戯れてベッドに転がって、ボリス師匠に襟を掴まれた。


「さっさと帰ろう」


 ラーシュはげらげら笑いながら、魔法陣を作り始める。イェルドが横から口を出し、形を変えて床に設置した。5人が全員乗れる。


「ここにピンクの髪の子がいるの。その子が……」


「知ってるわ。カイを攫った子でしょう? 報復は帰ってからよ」


「そうだ。まずは自分の安全を確保する。教えたはずだぞ」


 アスティとボリス師匠に頷き、僕は魔法陣の上に乗った。ラーシュが魔力を流して、僕も少しだけ協力する。最後で調整を終えたイェルドが飛び乗った。


「待って! 行かないで」


 ドアが開いてピンクの髪の子が叫ぶ。でも光った魔法陣は発動して、僕達は馴染んだお屋敷に転移した。

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