110.黒い人が消えますように
黒い人は突然何かを呟いた。聞いたことがない言葉で、その直後、アスティもラーシュも後ろに下がる。用心する二人の後ろで、護衛のルビアやサフィーも剣を抜いた。
ボリスが後ろに回り込み、アベルは離れた場所で魔法陣を作っている。これは、黒い人をやっつけるために、戦う準備だよね。僕の体を傷つけてもいい。痛くても我慢するから、黒い人を追い出して!
僕の願いに気づいたのか、アスティがきゅっと唇を引き結んだ。怖いより、カッコいい。僕のアスティはいつでもカッコよくて、誰より綺麗なんだ。キラキラする銀の鱗が走る腕は、僕を優しく抱っこする。鋭い爪がある指も、美味しい果実を「あーん」で食べさせてくれた。
うん、平気。僕は我慢できるから、体に入った病気みたいな黒い人を捕まえて。僕の中から引き摺り出して欲しい。そう思った僕は、ふわりと浮上する変な感覚に襲われた。
「え? あれ……アスティ?」
見えるし聞こえる。手や足も動く。驚いて自分の手足を確認した僕は、ぺたんとその場に座った。いつも綺麗に整えられていたお部屋は、壊れている。
柔らかいラグの絨毯は焼け焦げてるし、天井は穴が空いて、壁も凹んだり黒くなっていた。きょろきょろして、自分の手を持ち上げる。こてりと首を倒した僕に、アスティが駆け寄ろうとした。
「待て! 奴の作戦だ」
「分かっている! それでも」
ラーシュが止めて、苦しそうに足を止めたアスティが叫んだ。そっか、まだあの黒い人が僕の中にいるんだね?
「痛くても我慢する。苦しくても頑張れるから、黒い人を僕の外へ出して」
お願いして笑った僕は、そのまま落ちていった。すごく深い場所へ真っ直ぐに落ちて、止まったけど痛くない。周りはほんのり明るくて、アスティが見えた。
眉を寄せたアスティに「泣かないで」と声をかけるけど、たぶん聞こえなかったみたい。僕の声は酷いことを言い始めた。
「どうだ? 貴様の番は生きている。それでも攻撃出来るというなら……」
「非常に助かった。お前が無駄な芝居を打ってくれたお陰だ」
ラーシュがにやりと笑う。悪い人みたいな顔だけど、僕はちゃんと知っているよ。ラーシュは本当はいい人なの。悪い人みたいに振る舞うけど、僕に触れる手は温かくてやさしかった。
ラーシュが複雑な魔法陣をたくさん浮かべる。背中の後ろにも、顔の前にも、いっぱいだ。ぱちんと指を鳴らすの、カッコいいな。今度教えてもらおう。
目を輝かせる僕の前で、魔法陣が黒い人を覆っていく。逃げ場がないようにぐるりと囲って、そこへアベルが新しい魔法陣を追加した。もう隙間がないくらい。
「今回は封印じゃ済まさないぜ? なにしろ竜族の秘術と俺の魔法陣だ」
ラーシュは両手を合わせて組むと、何か複雑な動きで両手を素早く動かす。その動きを目で追っていたら、ぐるぐるした。難しそうだし、ラーシュは凄いな。
ボリスとルビア、サフィーも剣を光らせてる! あんなの、初めて見た。後ろのボリス、正面にアスティ、左右にルビアとサフィーがいる。アベルの魔法陣はすごく文字がたくさんで、模様も複雑だった。それが僕の上で回りながら光ってる。
アスティが勝ちますように。黒い人が消えますように。僕も両手のひらを合わせた。
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