96.僕のお母さんは……

 僕のお母さんは人族で、とても優しい人だった。いつも冷たい手をしていて、撫でてくれる。痛いことは一度もしなかった。


 泣いていると抱き締めて寝てくれたし、僕の名前を呼んでくれるのもお母さんだけ。時々悲しそうな顔をしていたけど、僕にたくさん笑った顔を向けた。


 どうして僕にはお父さんがいないんだろう。疑問に思ったのは、お母さんが元気だった頃。まだ一緒にお外へ出かけられた頃だった。周りの子はお父さんとお母さんの間で手を繋いで、仲良く歩いている。右手を握るお母さんを見上げて、どうして? そう尋ねた。


 すごく悲しそうな顔で、ごめんなさいと謝るから聞いてはいけないと感じた。


「僕は平気だよ」


 そう言って目を逸らす。僕は平気だよ、何があってもお母さんを置いて行ったりしない。きっとお父さんは出て行ったんだと思う。お母さんは寂しくて、もう僕しかいないんだ。そう感じた。


 大好きなお母さんを泣かせるなら、お父さんなんていらない。いろんな人の話から、お父さんは魔族だと知った。お母さんを置いて消えてしまったんだ。お母さんがいっぱい泣いて悲しい思いをしたことも、僕は知らないフリをした。


 少ししてお母さんは咳をして横になる時間が増えた。具合が悪いのに、僕を育てるのに無理をしたんだって。近所のおばさんが「美人なのにね、子どもさえいなければ……」と言葉の後ろを濁した。


 僕がいるから、お母さんは新しいお父さんに出会えなかった。僕にもそれくらい分かる。だって、酒場のおじさんや店のお客さんがよく言ってたもの。僕はお母さんについたコブだった。


「私に残された唯一の宝は、あなただけよ。カイ、愛してるわ」


 そう言って細くなった手を伸ばすお母さんのために必死で働いた。小さくて力もない僕ができる仕事は少ない。それでも周囲の人は仕事をくれた。必死で一生懸命に仕事をして、ある日……帰ってきたらお母さんが冷たくなってて。


 話しかけても、揺らしても目が覚めなくて。怖くなって酒場のおじさんに確認してもらった。


「こりゃ、死んでるな」


 死んでる? お母さんが? 僕を置いて……。墓地に埋められたお母さんは、あの後どうなったんだろう。






「大丈夫よ、カイ。悪い夢を見たのね。おいで」


 涙が溢れる僕を、アスティが優しく抱き寄せる。僕より少し冷たい指先は、お母さんを思い出した。


「アスティは僕を置いて行かない? 先に死んだりしないで」


 お母さんみたいに、僕を一人で残さないで。そうお願いして抱きついた。首に回した腕に鱗が触れて、さらに力を入れる。ぽんぽんと背中を叩くアスティの手が、希望通りに僕を引き寄せた。


「私は最強の女王よ。カイを守って生き残る自信があるわ。誰も私には勝てないの」


 うん。頷いた。アスティは僕に嘘を言わない。ボリス師匠もアスティに勝てないんだよ。すごく強いから僕を守ってくれる。僕はアスティに何が出来るんだろう?


「もし危険な目に遭ったら私を呼んで。この鱗を握って私を呼ぶのよ。いいわね」


 首にかけた銀色の鱗がついた首飾りを揺らして、アスティが僕に約束を求めた。だから約束する。僕は必ずアスティに助けてと呼ぶよ。


「さあ、もう眠りましょう。明日は一緒にいられるわ」


 朝から夜まで一緒にいると言われて、嬉しくなった。ヒスイと一緒も嬉しいけど、アスティが一番好き。明日はずっと触れていようね。ようやく安心して、僕はアスティに抱きついたまま目を閉じた。

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