94.噂に生じた時間差――SIDE魔族
誰が調べて流した噂か。追跡は途中で消えてしまう。ここまで用心深く流した噂なら、だいぶ前から用意されていた可能性が高い。最近の仕掛けではないだろう。
魔王が世界を蹂躙し席巻したのは、僅か数十年前だ。魔族の中に生まれた最も力の強い雄――当初はその程度の認識だった。彼の生まれは魔国と呼ぶのも憚られる最下層だ。最低の生活を送りながら育ち、世界の不平等さに何を思ったのか。
突然、頭角を現した彼を止められる魔族はいなかった。ふんぞり返った貴族階級はもちろん、当時の魔王でさえ。僅か数年で国を蹂躙し尽くした彼は、自ら魔王の座に就いた。誰も就任を祝わない。呪いを吐く同族に対し、容赦なく力を振るった。
葬られた種族は一つや二つではない。生き残った者は一族復興のために身を潜め、誰もが新たな魔王の怒りを買わぬよう声を殺した。国内を平定するとすぐに他国を侵略する。獣人、人族、そして……最後に竜族へ魔の手を伸ばした。
愚かなことだ。人族や獣人だけならば、見逃されたかも知れない。誰かが助けを求めたとしても、応じる理由はドラゴン側になかった。しかし同族に攻撃されたなら話は別だ。竜族の結束は固く、簡単に切り崩せない。そんな一族の子どもに手を出したことで、竜族全体の怒りが吹き出した。
竜女王率いるドラゴンの群れが魔国を襲い、あっという間に各魔族を降伏させる。最後に残った魔王との決戦さえ、彼女は部下の手を借りなかった。歴代最強の竜王と名高いアストリッドは、数日の激闘の末に魔族最強の男を屈服させる。降伏しない男の喉を容赦なく切り裂いた。
「ん? おかしいな」
俺は違和感に眉を寄せた。手元の資料をもう一度確認する。竜女王アストリッドが、世界の人口を半分に減らした残虐魔王を殺したのは、数十年前……正確に計算するなら56年前だった。300年を生きた女王はまだ気づいていない。もしかしたら狡猾な宰相は証拠固めを始めたかもしれないが……。
「年齢が合わない」
番である幼子の母親は人族だ。寿命は100年足らずで、子どもを産める年齢を考えれば30歳前後か。今、番に母親はいない。産んで数年で亡くなったのは、魔族の子を宿したせいだろう。魔王の魔力を受け継ぐ子を宿せば、寿命が縮まるのも当然だった。
問題はそこではなく、母親が妊娠した時期だ。カイと呼ばれる番が5歳前後と仮定して、人族の妊娠期間は1年ほど。6年と56年、大きな開きが生じていた。
「なんだ……勘違いの噂か」
ほっとする。無邪気で興味深いあの子が、世界に憎まれて嬲り殺される未来など見たくなかった。魔族は人族や獣人より残忍かも知れないが、罪のない幼子の死を願うほど腐っていない。安堵の息をついて椅子に寄り掛かり、手にした資料を机に放り投げた。
ばさりと音を立てて広がった書類の一枚が気になり、指先で招き寄せる。魔力を使って取り寄せた紙に、奇妙な魔法陣が記されていた。嫌な予感がする。魔王の死亡時、足下に刻まれていた魔法陣だ。攻撃に使う魔法陣ではなく、当時は解読も出来なかった。
じっと見つめる。誰も解読できなかった魔法陣が、もし……今回の騒動に繋がっていたとしたら? 嫌な予感に背中が冷たくなる。魔法陣が描かれた紙を掴んで、慌ただしく部屋を出た。
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