53.過保護なのは分かっている――SIDE竜女王

 たくさん学びたがるカイだが、一度に詰め込んだら勉強を嫌うだろう。ゆっくり覚えさせることにした。まずは地図の読み方、次に買い物の仕方や森での狩りなど。幼い体を動かしながら学んでいく。


 実用性を重視して、歴史や言語の勉強を省いたのは……この子の感受性を大切にしたいから。真っ直ぐで柔軟なカイに、頭でっかちな知識は不要だった。学ばせないのではなく、学ぶ時期を選ぶのだ。もっと大人になってから、読書の量を増やせばいい。


 言語など、あちこちの国へ連れ歩けば徐々に覚えてしまう。幼いうちの吸収は凄いと聞く。そう話すと、考え込んだアベルは頷いた。


「構いませんが、番は愛玩動物ではありません。学びたい意欲がある時に、本人に選ばせてはいかがでしょうか」


「分かっている」


 だが歴史を学ばせれば、ドラゴンが他種族を支配した時期の話が出る。人が魔族を大量虐殺したり、逆に魔王が人を排除した歴史もあった。それらの話を聞いて、父母の一族が憎み合うと知ったら、優しいあの子は心を痛めるだろう。


「先回りしすぎです、陛下が思うほど番様は弱くありません」


「分かっていても心配なのだ」


 隣ですやすやと眠るカイは、私の左手の指を掴んでいる。赤子のように何かを抱き抱えて眠ることが多い。精神的に成長しきれていないが、十分な食事を得られなかった体も幼かった。


「陛下が過保護にするたび、番様の成長は妨げられます」


「分かった。もう良い!」


 ぴしゃりと言葉を封じた。従兄弟であるアベルは、誰も言えない厳しく耳に痛い忠言をくれた。分かっていて無視しようとした部分を、容赦なく抉る辺りが有能な宰相の証だ。ひとつ大きく深呼吸し、もぞもぞと擦り寄るカイの黒髪を撫でた。


「近隣諸国の動きはどうだ?」


「ナイセルが落ちたことで、アークランド以外の国も動き出しました。人族同士で何やら会議を始めた模様です」


「ふん、構わん。歯向かえば滅ぼすのみ」


「ええ」


 ドラゴンの本能は苛烈だ。敵と見做せば土地ごと焼き払い、城ごと踏み潰す。国を奪えば、その国の城や町をそっくり利用する人族とは違った。


 カイがあの時望んだなら、その場でナイセル国を制圧した。海岸が欲しいと言えば、海岸を。城が欲しいなら幾らでも。どの国であっても奪って与えたい。なのにこの子は欲張ることを知らなかった。


「番様が純粋であること、それはとても重要です」


 通常はもっと育った年齢の番を見つけることが多い。過去の竜王には、番の祖国を滅ぼした者もいた。強請られて他国を焼き払った王もいる。それに比べたら、カイの小さな望みは哀れなほど小さい。


「さまざまな分野の専門家を集めてくれ。カイに選ばせる」


「承知いたしました」


 アベルの会話術に引き込まれ、当初の流れと正反対の命令を口にした。だがカイが喜ぶなら……それ以上の幸せを知らない。だから叶えた後の褒美に、特上の笑顔とキスを贈って欲しい。すやすやと眠るカイにそう呟いた。

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