僕が間違ってました


「貧乏神ユレルミの名において命じる――! 疫病神ミセリア! あなたから……〝疫病神〟を没収しますっ!」


「は……ははっ、そうかよ……! ならもういいさ……! 疫病神ミセリアの名において命じる! 貧乏神ユレルミ! お前は不幸の海に沈めッ!」


 それは正に神と神の激突だった。


 私の前に立つユレルミの葉っぱが弾け飛び、完全に解放された貧乏神の力が一直線にミセリアを呑み込む。


 私やジローも効果範囲に入っていたオータムとの戦場とは違い、ただミセリア一人に向かって収束された貧乏神の力は、ユレルミに庇われた私の衣服を奪うこともなかった。


「や、やっちまえユレルミたんっ!」


「頑張って、ユレルミ君っ!」


「……っ! はぁあああああああああああ――!」


「ぐ……ぐぐっ……ッ! こ、こいつ……!? 嘘だろ……これが、貧乏神の力なのか!?」


 ユレルミから放たれた真っ白な閃光と、ミセリアから放たれる黒い渦。

 二つの力は激突すると同時に盛大に弾け飛ぶ。


 しかしユレルミの力によって砕かれたミセリアの力は、周囲になんの被害を及ぼすこともないままに空中で霧散、消滅する。


「ごめんなさい、ミセリアさん……っ! でもあなたが疫病神の力のせいで酷い目に遭ってきたっていうのなら、僕があなたのその力を消しますっ! そうすれば、きっと―――!」


「ば、馬鹿にするなよ……っ! それじゃあ、オレがやられてきたことを他の奴らに〝やり返せない〟だろっ!? 奴ら全員……いや、オレのことなんて知らずにのうのうと幸せになってる奴らみんな……〝全員不幸にするまで〟オレは疫病神のままでいたいんだッ!」


 ユレルミの白がミセリアの黒を押していく。


 ぶつかり合う二つの神の力。

 その勝負は、貧乏神の一方的な勝利に終わろうとしていた。


 もしかしたら、ユレルミはとうに覚悟していたのかもしれない。


 自分が貧乏神の力で苦しんでいるからこそ、疫病神であり、きっと同じように辛い境遇であったはずのミセリアに対しては、躊躇なくその力を消し去ろうと。だが――。


「オレを痛めつけた奴……オレに泥を被せた奴……オレをゴミみたいに馬鹿にした奴……! みんな同じ目に……もっともっと酷い目に遭わせてやるんだッ! だってそうだろ!? 普通はそう思うはずだろ!? オレは間違ってない……! なのに……なんで……っ!」

 

「ミセリアさん……」


「泣いて、いるのか……?」


「なんでお前は〝そうじゃない〟んだっ!? お前がもう幸せだとか、そんなのオレにはどうでもいい……! オレはただ……お前ならきっと、オレの友達になってくれると思って……!」


「……!」


 ユレルミの力がミセリアを完全に呑み込む。


 だがその直前。

 悲痛な叫びを上げたミセリアの目には、たしかに涙が浮かんでいた。


 そして――。


「え……?」


「…………」


「ゆ、ユレルミっ!?」


「ユレルミたん!?」


「え、ええええええっ!?」


 閃光が収まる。

 恐るべき勢いで荒れ狂っていた神の力が消え去り、辺りに静寂が戻る。


 なんとか目を開けた私が見たのは、葉っぱも失って完全なすっぽんぽんになったユレルミの背中と、体をぐるぐる巻きにしていた鎖や、ボロボロの黒いローブも失って青白い肌を晒す、〝すっぽんぽんのミセリア〟の姿だった。


「お、お前……?」


「ごめんなさい、ミセリアさん……僕が間違ってました」


「え……?」


「僕たちはまだ少しもお話ししてなかったのに……。それなのに僕は、一方的にミセリアさんが悪いって決めつけてました。だから、本当にごめんなさい……」


「お、オイオイオイ……。何言ってんだユレルミたん!? そんなの関係ねぇ! 勝負はユレルミたんが押してたじゃねぇか!?」


「じゃ、じゃあもしかして……この子の疫病神の力って、まだ残ってるの……!?」


「はい……消してません」


「オレの力を、消さなかったのか……? あのままやってれば消せたのに……どうして……?」


「疫病神の力だって、ミセリアさんの所有物です。まだなにも知らないのに勝手に奪ったりするのは、良くないって思って……。もしミセリアさんが消して欲しいなら消しますけど……」


 すっぽんぽんで向き合うユレルミとミセリア。

 力を残したというユレルミの言葉に、ミセリアは驚愕の表情を浮かべた。


 だけど……。

 実は私はこうなるような気がしていた。


 ユレルミが貧乏神の力を使う前。

 私を守ろうと、涙を流してミセリアの前に立ってくれた、あの時から……。


 つまり、ユレルミは――。


「あの……本当に、こんなことをした後に言うのもおかしいんですけど……。ミセリアさんさえ良ければ、僕と友達に……もしそれが無理でも、少しお話ししませんか?」


「お前っ……!? 友達になってくれるのか? オレと……!?」


「あ、はい……。その……僕の方こそ、ミセリアさんに酷いことをしようとしておいて、今さらなんですけど……」


「そ、そんなの全然いいよっ! オレだってお前の仲間にいきなり攻撃したりしてたしっ。じゃ、じゃあ何して遊ぼうか!? オレ釣りしてみたいんだけどっ!?」


「釣り……ですか? でも僕、貧乏神だから釣り竿が持てなくて……」


「そうなのか!? やっぱり貧乏神って面倒くさいんだなっ!?」


「な、なにこれ……!? これって、もう二人は友達になっちゃったってこと!?」


「ま、マジかよ……!?」

 

「うむ……どうやらそのようだ。こうなっては、私達も成り行きを見守るしかあるまい」


 お互いすっぽんぽんのまま。

 しかしそんなことなど意に介さず、楽しそうに話し始めるユレルミとミセリア。


 この先どうなるかは私にも全く予想できなかった。

 だがとにかくまずは、ユレルミに新鮮な換えの葉っぱを届けなくては。


 私はそう考え……楽しそうに話す二人の元に、〝二枚の葉っぱ〟を持って歩み寄っていった――。


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