友達になれますか?


「オレはミセリア……ウィンターの疫病神。世界を不幸に沈める前に、貧乏神と〝友だち〟になりにきたんだ」


「友達、ですか……?」


「下がれユレルミっ! 理由などどうでもいい、こいつが疫病神だというのなら……間違いなく私達の敵だ!」


 ミセリアと名乗った白髪の少年は、なんの感情も映さないガラス玉のような赤い瞳をユレルミに向けてそう言った。


 バラエーナに運んで貰っている私たちとは違い、ミセリアは生身のままで空高く浮遊し、星を降らせたというのが本当ならば、それ程の力を使ったにも関わらず汗一つかいていなかった。


「いきなり出てきて何勝手なこと抜かしやがる! こっちはとっくにテメェの降らせた星のせいで死ぬところだったんだぞ!?」


「そうそう! パパやママが結界を張ってくれたからこの程度で済んだけど、そうじゃなかったら今頃どうなってたか!」


「うるさいな……オレは貧乏神と話しに来たんだ。少し黙っててくれる?」


「っ!? いっ……いてぇ……!? なんだ、こりゃぁ……!? 急に、腹の調子が……!?」


「あうぅ……!? わ、私も……なんだかふらふらしてきた……ぁ」


 現れた疫病神に早速くってかかるジローとバラエーナ。


 だがミセリアはうっとうしそうに二人を見ると、ただそれだけで二人は同時に体調を崩し、バラエーナもふらふらと眼下の島に落下してしまう。


「ジローさん!? バラエーナさん!?」


「貴様……! 二人に何をした!?」


「別に。ただちょっとだけ〝不幸になって貰った〟だけさ。うるさかったからな」


「こ、こいつ……!」


 荒れ狂う波が激しく打ち付ける砂浜。その上に不時着したバラエーナからユレルミを連れて飛び降りた私は、見下ろすようにして浮遊するミセリアと対峙した。


 しかしどうする!?

 

 普段の私ならばとうに剣を抜いて斬りかかっているところだが……恐らくこの少年に私の力は通用しない。


 神のスキルを持つ相手に、私達のようなそれ以外の存在は無力に等しい。

 神の力に対抗できるのは、同じ神の力を持つ――。


「わかりました。なら、お話ししましょうミセリアさん。でもその前に、ジローさんとバラエーナさんに酷い事をしないで下さいっ!」


「ん……そうかよ。面倒だな」


「はっ……!? 腹の痛みが消えた!? どうなってやがる!?」


「わ、私も……ふらふらしなくなったよ!?」


「なんだと!? こいつ……本当に治したのか!?」


「良かった……!」


「今度こそいいだろ? せっかくこんな南まで北の果てから飛んできたんだ、ちゃんと話を聞いて貰いたいもんだな」


 な、なんなのだこいつは!?

 まさか、本当にユレルミと仲良くなるためだけにここに来たというのか!?


 目の前で次々と起きる理解不能な現象に、私はただ混乱するしかなかった。

 

 そして私が混乱している間にも、ユレルミは私が背負う櫓から丸いぷりりんとしたお尻を突き出して外に出ると、そのままミセリアの前に歩いて行く。


「初めましてミセリアさん。ユレルミです。ジローさんとバラエーナさんを治してくれてありがとうございました」


「ああ、そんなことはどうでもいいんだ。それより早速話そうぜ。どうせお前もオレと同じで、今までロクな目に遭ってないんだろ?」


「ミセリアさんと同じ……?」


「貧乏神は他者の所有物を奪い、自身も所有することが出来ない。世界に不幸をまき散らし、自らも不幸にするオレの疫病神と同じ〝最悪のスキル〟じゃないか」


 そこまで言って、ミセリアはそれまでの無表情に初めて歪な笑みを浮かべた。


「それは、そうですけど……。でも、僕は……」


「言わなくても分かるよ。お前もずっと酷い目に遭ってたんだろ? 服も着れない。食い物も飲み物もない。周りにいる奴らはどんどん貧乏になる。そんな奴、どんな人間だって受け入れるわけがないもんな?」


「……っ」


「オレもそうだったんだ……。オレの体に巻き付いてるこの鎖は、オレの力を少しでも抑えるためにウィンターの奴らが巻き付けた鎖だ。赤ん坊の頃から疫病神として捨てられ続けたオレは、今まで一度だって他人の優しさってものを感じたことがない」


 そう話しながらも、ユレルミを見つめるミセリアの表情は喜びに満ちているように見えた。

 今語っている言葉の通り、自分と同じ苦しみを味わっている筈の相手に会えた興奮の色を感じた。だが――!


「ずっと探してたんだ。オレのこの辛さを理解できる奴……つまり、貧乏神をな」


「ミセリアさんの辛さを……僕が……」


「なあユレルミ。オレとお前で〝新しい世界〟を作らないか? 世の中の奴ら全員を不幸にして、全員をすっぽんぽんにしてやるんだ! 今まで散々オレたちに地獄を見せてきた奴らを、オレ達と同じ目に遭わせて――!」


「待て……! 黙って聞いていれば、もう我慢ならんっ! 何が友達になりきただ!? 全ての人々を不幸にするなど……そのような話にユレルミが頷くわけないだろうッ!?」


 限界だった。


 自分でもうまく言い表せないが、とにかくこの少年の話は……この少年のユレルミを語る言葉は、私にとってとても不快だったのだ!


「……なんだお前? お前もさっきの二人みたいになりたいのか?」


「私の名はエステル・バレットストーム! 出来るものならやってみるがいい! だがこれだけは言っておくぞ……! たとえ今までのユレルミの人生が辛く不幸なものだったとしても……今のユレルミには私がいるっ! この私がいる限り、もう二度と……ユレルミを不幸になどするものかっ!」


「エステルさん……っ」


「はっ! 笑えるな。ならお前はそこの二人より酷い目に遭うといい。このオレの……疫病神の力でな!」


 瞬間。 

 ミセリアがその赤い瞳で私を射貫いた。


 私も咄嗟に〝魔力完全遮断〟を展開したが、やはりユレルミの時と同様に秒と保たずに貫通され、私を押し潰しにかかる。しかし―――!


「止めて下さい――っ!」


「なに?」


「っ!? ユレルミ……!?」


 だがしかし、私に不幸が降りかかることはなかった。


 私とミセリアの間に遮るように立ちはだかったすっぽんぽんのユレルミが、ミセリアから放たれた疫病神の力を全て霧散させていたのだ。


「ごめんなさいミセリアさん……。僕……〝今〟のミセリアさんとは、友達になれそうにありません」


「……なんでだよ?」


「ユレルミ……っ?」


 思わず見上げた私の視界には、ユレルミのぷりんとしたお尻だけがあった。

 そしてその丸く白く可愛らしい白いお尻の左右では、固く握りしめられたユレルミの掌が小刻みに……辛そうに震えていた。

 

「〝幸せ〟……なんですっ! 僕は……っ! 僕はもう……エステルさんと出逢えたから……っ! だから……大切なエステルさんや、他の大勢の人を不幸にしようとする今のあなたとは、友達にはなれません……っ! ごめん、なさい……ミセリアさん……っ!」


 小さな手を握りしめ、ポロポロと大粒の涙を砂浜に零しながらユレルミは叫んだ。

 ミセリアに向かって、心の底からの謝罪を口にしながら。


 そしてそれと同時。

 ユレルミの体から、かつてないほどの貧乏神の力が放たれたのだ。


「貧乏神ユレルミの名において命じる――! 疫病神ミセリア! あなたから……〝疫病神〟を没収しますっ!」




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