真実の本です!


「ふう……今日は色々あったな」


 夜。


 バラエーナのご両親から貧乏神の真実を聞いた私たちは、そのまま島でご両親からの盛大な歓迎会を受けた。


 出された料理はどれも初めての物ばかりだったが、どれも美味しく、素晴らしいご馳走だった。


 ユレルミもジローも、バラエーナも。

 勿論私も。


 城を出て以来久しぶりに、心の底から笑い合える夕食を取れた気がする。


「しかし、疫病神を抑えられるかどうかがユレルミの覚悟次第とは……。私もユレルミのために、何か出来ることがあれば良いのだが……」


 目の前に広がる夜の砂浜。

 白い砂浜と黒い海は、夜空を埋める月と星空の光を反射して美しく輝いている。


 だからかわからないが、夜だというのに辺りは淡くぼんやりと視界が開け、どこか幻想的な雰囲気を漂わせていた。すると――。


「あの……エステルさん」


「……ユレルミ?」


 その淡く輝く砂浜の向こう。


 砂浜と同じように輝く白く滑らかなすっぽんぽんに、葉っぱ一枚といういつもの格好のユレルミが、まるで私を待っていたかのようにして立っていた。


「こんなところでどうしたのだ? 私はちょっと夜風に当たっていたところだったのだが……」


「エステルさん……僕と一緒に、あの本を読んでくれませんか?」


「本……? ああああああっ!? そういえば、さっきもバラエーナの父上殿と母上殿が現れて読めなかったのだったな!」


「そうなんです。僕一人じゃ、貧乏神の力であの本を最後まで読むことはできないので。その……」


「ああ、わかった! あの本ならまだ櫓の中だ、今度こそ二人で一緒に読もうっ!」


「はい……っ!」


 なにやらもじもじと照れるような……しかし強い決意を感じるユレルミの表情。


 青い月の光の下でますます天使っぷりを増す彼の瞳に私は内心ドキドキと胸を高鳴らせながらも、ユレルミの申し出に力強く頷いたのだった――。



 ――――――

 ――――

 ――



「な、なんだ……!? この本のタイトルは……!」


「〝真実の書〟……です。僕も最初のページだけ見たんですけど、その……本当に、このタイトル通りの内容でした……っ」


「なんということだ……。まさかこの分厚いカバーの下に、とんでもなく重要そうな表紙が隠されていたとは……」


 櫓の中から本を見つけ出した私たちは、早速その本を覆っていた分厚い皮のカバーを取り外して表紙を確認した。


 するとそこには〝真実の書〟という禍々しくも神秘的な書体のタイトルが書かれており、そのタイトルの下には輝く光の玉を中心にして、〝すっぽんぽんの男女〟が左右に立つという、これまた意味ありげなイラストが描かれていたのだっ!


「ごくり……。ユレルミはこの本の中身を少しだけ見たのだったな……その、どんなことが書かれていたか覚えているか?」


「はい……覚えてます。でも……えっと……その中身を僕の口から言うのは、ちょっと……。だから、エステルさんにも一緒に読んで欲しくて……」


「そうか……」


 そのユレルミの言葉に、私は乾いた喉を潤そうと唾を飲み込んだ。


 ユレルミは強い。こんな可愛らしくて儚いすっぽんぽんの見た目をしているが、それでもユレルミは私と同じか、それ以上に強い心を持った少年だ。


 そのユレルミが私と一緒に読みたいと……それはつまり、この本にはそれ程までに恐ろしい、世界の真実が書かれているということなのだろう。


 私は彼の気持ちに応えたい。

 いや、応えてみせる。


 応えたその先に、どのような真実が待っていようとも――!


「よし……覚悟は決まった! エステル・バレットストーム、推して参るッ!」


 気合一閃。


 私は深呼吸と共に両手で真実の書を持つと、それをがばああああっと左右に開き、その中身に目を通した。だが――。


「ふむふむ……? 〝正しい子供の作り方〟その一。始めに男性と女性が互いにすっぽんぽんとなり、お互いの体に触れ合いながらムードを盛り上げましょう――……? そして大事な部分を………………んっ!? んんんん?! ンンンンンンッッッッ!?!?」


「はわわ……!」


「ほわ!? ホワアアアアアアア!? ホワアアアアアアアア!?」


 ば、馬鹿なああああああああああああああああああ!?


 なんだこれはなんだこれはなんだこれは!?

 これが真実……!?

 これがこの世界の真実ッ!?


 こ、コウノトリさんは!?

 キャベツ畑は!?

 い、一緒に寝たら赤ちゃん出来るんじゃなかったのっ!?


 あの絵本に書いてあったことは、一体なんだったのだ!?

 全部嘘だったというのかッ!?


「はわわわわ……! 大丈夫ですか、エステルさんっ!?」


「う、嘘だ……私は、絵本で読んだのだ……っ。男の子と女の子が一緒のベッドで寝たら、赤ちゃん出来るって……キャベツ畑で生まれた赤ちゃんを、コウノトリさんが……あは……あははは……っ」


 ぐるぐると回る視界。

 しかし私は、その本の先を読み進めるのを止めることができなかった。


 そこには男女の体の仕組みについてや、赤ちゃんがお腹の中で大きくなる理由。産休の取得方法や、産前産後にお勧めの子育てグッズまでしっかりと書かれていた。


 それを見た私の胸の高鳴りは限界をとうに超えて、私が本を握っている場所には滲んだ汗の跡が浮かんでいた。


 間違いない。

 私は何も知らなかったのだ。

 

 きっとこれこそが、本当の……!


 で、でもそれじゃあ……〝私もする〟のか……!?

 ユレルミと〝あんなこと〟や〝こんなこと〟を!?


 おぎゃ!?


「はうぅ~~……。こ、こんにちは……あか、ちゃん……」


「え、エステルさんっ!?」


 あっという間に真実の書を読み終えた私は、そのまま限界を迎えてばったりと櫓の外に倒れ込む。


 ぼんやりとした視界の先で、満天の星空がぐるぐると回る。


「エステルさん……っ! エステルさあああああああああああああんッ!」


 私を呼ぶユレルミの声をどこか遠くに聞きながら、私の意識はどこからともなく現れたコウノトリさんに連れ去られていったのだった――。


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