貧乏神の話です!
この世の創め。闇の中から二柱の神が生まれた。
一つは、世に恵みと充足を与えし幸福の神。
一つは、世に苦難と渇望を与えし不幸の神。
二柱の神は互いに手を取り合い、闇の中に大地と命を生み出した。
初めに自らの手足となって働くドラゴンを。
次に動くことのない草花を。
そして最後に自ら考え、無限の可能性を秘めた動物たちを生み出した。
こうして二柱の神に見守られし命たちは、大地の上に生まれ、生きて、死んでいった――。
「おお! その話なら私も知っているぞ! 算数や作文は苦手だったが、昔話は大好きだったのだ!」
「僕もお母さんからよく聞かされていました。二人の神様がこの世界や僕たちを作ってくれたって」
「んー? けどおかしくねぇか? この話は俺も知ってるが、神のスキルはユレルミたんの貧乏神も含めれば三つだ。だがこの話に出てくる神は二人だけじゃねぇか!」
「君たち人間はここまでしか覚えていないようだけど、幸福の神と不幸の神の世界作りには、この後にも続きがあるんだ」
「続き?」
バラエーナの父上と母上を囲むようにして話を聞く私たちに、父上殿は頷きながら話を続けた。
そう――この話には続きがある。
幸福の神と不幸の神は、何度も何度もこの世界に命を生み出したけど……何度やっても、命は育つことなく〝滅びて〟しまった。
滅びの原因はいつも同じ。
大きな力を持つまでに成長した、命同士による争いだ。
生み出された命たちは幸福過ぎても、不幸過ぎても互いに奪い合い、傷つけ合って滅びてしまう。
それに気付いた二柱の神は、自分たちと同じ神の力を持った〝もう一柱の神〟を新しく生み出した――。
「オイオイオイ……ならまさか、その〝後から作られた神〟ってのが……!?」
「〝循環の神〟……ユレルミ君に宿っている、貧乏神の力の正体だよ」
「循環の神は、世の幸福と不幸のバランスを保つために、二柱の神の力すら制御する力を与えられていました。幸福の神には世をより幸福にすることしか……不幸の神には、世をより不幸にすることしかできませんでしたから……」
「そうだったのか……! つまり、みんながみんな不幸過ぎたら不幸を減らし、幸せ過ぎたら幸せを減らす! それが循環の神の役目だったのだな!?」
「そういうこと! 循環の神が生まれたことで、世界は神さまの願い通りにとっても上手く回るようになったんだ。だけど――」
だが、そこまで話したバラエーナの父上殿が、悲しげな表情を浮かべた。
ドラゴンの表情というのもおかしな話だが、少なくともその様子は、父上殿の辛い気持ちがはっきりと伝わってくるようだった。
「だけど……全てはもう〝遅かった〟んだ。循環の神が生まれて、ようやく世界の幸福と不幸のバランスが取れ始めた頃。何度も何度も命の滅びを目の当たりにして心をすり減らしていた幸福の神は、ついに力尽きてしまったんだ」
「残された不幸の神は、せめて自分一人でもと世界を育もうとしましたが……幸福の神が死んだことで世に不幸が溢れ、自らの力で苦しむ沢山の命を見かねた不幸の神もまた、幸福の神の後を追って命を絶ちました」
「そんな……っ。せっかくうまく行きそうだったのに……!」
「なるほど……。だからこの世は〝神の骸で出来ている〟と言われていたのだな……」
「本当に死んじゃったなんて……。なんだか可哀想……」
「生まれてすぐに親とも言える二柱の神を失った循環の神も、やはりすぐには諦めませんでした。幸福の神と不幸の神の遺志を継ぎ、必死に世界を繋ぎ止めようとしたのです」
「でも、循環の神に出来ることは幸福と不幸のどちらかを〝減らす〟ことだけだったんだ。そして幸福と不幸の間に立つ調停神として、自分自身は〝何を持つことが出来ないように〟作られていた。結局……循環の神に出来ることも殆どなくて、やがて二柱の後を追ってこの大地と一つになった……」
私も初めて聞くこの世界の成り立ち。
その話を聞いた私たちは、何も言えずに黙り込むことしか出来なかった。
「さあ、これで僕たちの知っていることは全てだよ。つまり、今君たちが疫病神と呼んでいる不幸の神の力は、ユレルミ君に宿っている循環の神の力で抑えることが出来る……というより、ユレルミ君にしかそれはできないんだ」
「僕にしか、出来ないこと……」
「フフ……。私たちがお仕えしていた循環の神も、貴方に良く似た可愛らしい人の姿でした。あの方はとても心優しい神でしたから、幸福であれ不幸であれ……他人の持っている物を自らの意思で〝奪い取る〟ことをいつも躊躇い、悩んでいたんですよ」
「ユレルミと同じではないか……」
「やっぱりユレルミたんは天使……いや、神だったんダァッ!」
「でもだからこそ……疫病神の力と対峙するのなら、君も〝覚悟〟を決めなくてはいけないよ。いくら貧乏神の力が神の力を抑えられると言っても、三つの神の力に差はないんだ。心に迷いを抱えたままじゃ、酷い目に遭うのは君たちの方になってしまうだろうからね」
「迷い……。僕の、覚悟……」
父上殿にまっすぐに見つめられたユレルミは、どこか不安そうに目を逸らす。
そしてその様子を見ていた私には、今のユレルミの気持ちが痛いほど分かった。
だって私は、ユレルミのことが大好きな恋人だから。
だから、断言してもいい。
ユレルミは、今までに一度たりとも貧乏神の力を〝本気で〟使ったことがない。
私と会ったときのチンピラ共にも。
バラエーナの操る猛吹雪を消し飛ばしたときも。
オータムとの戦場で、万を超える軍勢の装備を全て没収したときですら。
いつだって奪われる相手のことを考えて、自分の力を抑え続けていたんだ。
だから……。
「大丈夫だ! 私と一緒にやろう……ユレルミ!」
「エステルさん……」
だから私は、貧乏神の力が及ぶのも構わず彼の手を握った。
そうすることで、ユレルミの心が少しでも楽になればいいと願いながら――。
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