看病してもらいました
〝いいか、お前の力でユレルミたんを助けろッ! あの子はな、テメェなんかじゃ想像も出来ねぇような地獄をずっと一人で生きてきてんだよッ!〟
手早く火を起こして湯を沸かすと、ジローの言ったとおりに薬草をすり潰す。
その間にも、私の頭の中ではジローの言葉が何度も繰り返し響いていた。
地獄、か……。
もし私がユレルミと同じ貧乏神になったらどうしただろう。
なにも持ち歩くことができず、食べる物にも、飲む物にも満足にありつけない。
そもそも服すら着ることができないのでは、私では恥ずかしくて人里に助けを求めることもできなかったはずだ。
果たして、その苦しみを誰とも分かち合うこともできず、たった一人でその地獄を耐えることができただろうか。
世を恨まず、今の彼のように清らかな心のままでいられただろうか――。
「言われずともやってみせる……! もう彼は一人じゃない、最強の騎士であるこの私がついているのだ!」
できあがった薬湯を木皿に移すと、私はそう言って気合いを入れる。
間違っている。
こんなもの、絶対に間違っている……!
少なくともユレルミは、こんな目に遭っていい存在ではないはずだ!
ならば彼のその境遇……このエステル・バレットストームが打ち砕いてみせるッ!
――――――
――――
――
「少しは楽になったか?」
「はい……ありがとうございます。僕、誰かにこんな風にしてもらったの初めてで……」
「それなら良かった……。そして礼なら先ほどの変態……ジローに言ってやってくれ。薬草を集めたのも、使い方を教えてくれたのもあいつだ」
「あの人が……」
「情けない話だが、私一人ではなにもできなかった……。あのような見た目だが、それなりに信用してもいいのかもしれん」
木の幹にもたれかかり、ユレルミは先ほどよりも大分良くなった様子で息をつく。
元より疑ってはいなかったが、ジローの薬草はたしかに効果があったようだ。ならば、ここからは――!
「さ、さてと……少し早いが、きょ、今日はもう休むとしよう……! あの男も、あとは暖かくして休むようにと言っていたからな……ッッ!」
「あ……はい」
ゴクリ……。
来た……!
つ、ついにこの時が……!
私は必死で胸の高鳴りを押さえこむ。
冷静に、冷静になれエステル!
私の心の動揺を気取られれば、病気のユレルミまで不安にさせてしまうだろう!?
これはユレルミのため……決してやましいことではないのだ!
「よ、よし……! ではユレルミはこの寝床で寝るのだ!」
「え……? でも僕は……」
「貧乏神の力で毛布も土台もなにもかも飛んで行ってしまうというのだろう? ふ、フッフッフ……! それならば心配無用……! なぜなら……ここには〝私も一緒に寝る〟からなッッッッッ!」
「エステルさんが僕と一緒に……? でもそんなことしても……」
「だいじょーーーぶっ! 最強の騎士である私に任せておけっっ!」
「はわ……っ!」
そう言うと、私は〝魔力完全遮断〟のスキルを全開にして戸惑うユレルミをひょいと抱き上げる。
ここまで近づくとやはり相当に厳しいのだが……それでも私は、しっかりとユレルミを抱き留めたまま、できる限り暖かく組み上げた寝床に彼の華奢な体を横たえる。だが――。
「あれ……? ベッドが壊れない……?」
「ぐぎぎ……そ、そうだ。この寝床は〝君の所有物ではない〟……ッ! 私が組み上げ、私が君と一緒に使う、〝私の所有物〟だ……ッッ! つまり、私が君の力に抵抗し続ける限り、君は私と一緒にここで眠ることができる……ッッ! 名案だろうッ!?」
「そ、そんな……っ! そんなことをしたら、エステルさんが……っ」
「ふ、フフフ……! 大丈夫だ……! そろそろ君の力にも慣れてきた……! 私のことを思うのなら、今はなにも気にせずしっかり休み、早く病気を治すのだっ!」
「エステルさん……っ」
「フッ……フフ、フ……!」
などとかっこよく決めた私だが、実際の所は――。
ぴゃあああああああああ!?
同衾! 同衾! すっぽんぽんの男の子と同衾!
どーしようどうしようどうしよう!?
あわわわわわわわわ!
ぴゃあああああああああ!?
ああああああああ良い匂い良い匂い良い匂いくんかくんかくんかくんか!
あれ……そういえば〝赤ちゃん〟ってどうやってできるんだっけ!?
たしか……〝男の子と一緒に寝たら〟赤ちゃんができるって絵本に……ッッ!
ふおおおおおおおおおお――!?!?!?
赤ちゃん!
わ、私と……ユレルミの!?
赤ちゃん……!?
オギャアアアアアアアアアアアアアア!?
とまあ……とにかく大惨事だった。
「暖かい……とっても暖かいです、エステルさん……」
「ふおっ……!? そ、そうか……私も暖かいぞ……っ」
「ありがとうございます……僕、エステルさんに会えて本当に良かった……」
「ユレルミ……」
「とっても幸せです……生きてきて、良かった……」
ユレルミはそう呟くと、そのまま私に身を寄せて穏やかな寝息を立て始めた。
私はその呟きになんとも言えない気持ちになりながらも、彼の柔らかな髪に手を添え、必死で貧乏神の力に抗い続けた。
「私も君に会えて良かったよ……ユレルミ……」
結局その日は一睡もできなかったが、それでも私の心はかつてないほどの満足感に包まれていた。
ちなみに、一晩中どこからかギリギリという歯ぎしりの音と共に『ああああ俺のユレルミたんがぁぁぁぁ』という恨めしい声が聞こえ続けていたことを付け加えておく。
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