風邪をひいてしまいました
「風邪だと!?」
「ううぅ……そうだと思います……」
突然倒れたユレルミを木の根元に寝かせた私は、その言葉に驚きの声を上げた。
実は旅を始める前にユレルミに確認していたのだ。
『しかし厄介だな……すっぽんぽんの君をどうやってドラゴンの住む場所まで連れて行けば……。そのような軽装では、山中の長旅などとても無理だ』
『それなら大丈夫です……貧乏神の力のおかげで、僕ってこう見えてとても頑丈で……。腐った物や毒キノコなんかを食べても〝死なない〟みたいなんです』
『なんと!? だから三年もすっぽんぽんのまま生きてこられたのか! そういうことなら安心だな! はっはっは!』
という感じに、ユレルミからはすっぽんぽんでも大丈夫だと聞いていたのだ。だが――。
「だが風邪はひくのか!? それにとても苦しそうだ……! 体温もすごく熱くなっていた……!」
「ごめんなさい……伝え方が悪かったです。僕……〝死なないだけ〟なんです……。どんなにお腹が減って苦しくても、毒キノコを食べて目が回っても、死なないだけ……」
「死なないだけ、だと……っ!?」
「だから……ごめんなさい……少しだけ待ってくれれば、勝手に治ります……。病気は〝一番楽〟なんです……。毒キノコみたいに幻覚も酷くないし、お腹が空いて動けないときみたいに、木の根っこを食べなくてもいいので……」
そう言ってユレルミは健気に微笑んで見せた。
だが、私の心はその笑みでより一層の苦しみに襲われた。
死なないだけだと!?
どんなに空腹でも、どんなに酷い物を食べても〝死なないから大丈夫〟だと!?
そんなわけあるかッッ!
現に今、私の目の前でユレルミは苦しんでいるじゃないか。
柔らかそうな頬を赤く染めて、荒い息をついて、汗だってかいて、股間の葉っぱも今にも外れそうだ!
伝説のチートスキル、貧乏神。
一体なんなのだこのスキルは!?
たしかにとんでもない力だが……まるでこの力に目覚めた者を徹底的に〝不幸にするためだけ〟に存在しているかのような、なんのメリットもないスキルじゃないか!
本当ならば、今すぐにでも私の野営道具をフル動員して看病してやりたい。
だが……!
「くそ……ッ! 風邪にかかった人間に何をしてやれば良いのかわからん……っ!」
そうなのだ。
私は病人の看病をしたことがない。
これは自慢なのだが、私は生まれてから今まで一度も病気にかかったことがない!
無論、風邪にもだ!
私は大陸最強の騎士だ。
戦場で痛みを感じることはあっても、手傷を負ったことだって殆どない。
そしてどんな危機もこの双剣で切り抜けてきた私には、他人の看病をするという経験も知識もなかった。
しかも、ユレルミは貧乏神だ。
先ほども私の毛布に寝かせようとしたが、寝かせた瞬間に物理法則を無視して〝毛布がユレルミを吹っ飛ばしてしまった〟のだ。しかし――。
「はぁ……はぁ……うっ……」
「ユレルミ……! くそ、くそくそくそ……ッ! どうすればいい……? 考えろ、考えるのだエステル……! なにか――」
「――おい」
「っ!?」
「ちょっとこっちに来い……そこじゃ、俺がユレルミたんの力で全裸になっちまう」
「貴様は、変態男……」
だがその時。ユレルミの発病に慌てふためく私に、先ほどの変態男――ジロー・ペロペロとかいう半裸の変態が声をかけてきた。
この変態……ユレルミが倒れるや否やどこかに消えたと思っていたが、まだ私たちの周りをうろちょろしていたのか……。
「クソがっ……! なにやってやがんだテメェは!? ユレルミたんがあんなに苦しんでるってのにッ!」
「黙れっ! 私とてなんとかしてやりたいのだっ! だが、私は……その……」
「……大陸最強の女騎士サマは、無敵すぎて弱ってる奴の面倒を見たことなんざネェってわけだ。わかるぜ……テメェの慌てっぷりを見てればな」
「くっ……!」
油断なく身構えながら相対した私に、変態男はその見かけによらず痛いところを正確に突いてきた。そして――。
「ほらよ……受け取れ!」
「むむっ!?」
瞬間。変態男は身構える私めがけ、拳大の小さな麻袋を投げ渡してきた。
「手っ取り早く、この辺りに生えてた〝風邪に効く薬草〟をいくつか持ってきた……。すり潰したら、沸かした湯に混ぜてユレルミたんに飲ませてやれ……」
「なんだと……!? 貴様、なぜそんな……!?」
「なぜだぁ!? そんなモン、ユレルミたんが苦しんでる姿を見たくねぇからに決まってるだろうがよッ!? 悔しいが、俺じゃユレルミたんの力で身ぐるみ剥がされちまう……どんなに助けてやりたくても、薬一つ渡せねぇんだよ……ッ!」
「お前……」
「テメェは〝そうじゃねぇ〟んだろうが!? いいか、お前の力でユレルミたんを助けろッ! あの子はな、テメェなんかじゃ想像も出来ねぇような地獄をずっと一人で生きてきてんだよッ!」
「…………」
凶暴だが、間違いなく真剣な変態男の、いや……ジローの叫びに、私は押し黙ることしか出来なかった。
「覚えておけ、俺はいつだって見てるぜッ! ユレルミたんの光り輝く貞操を奪ってみろ、その瞬間俺がテメェをぶっ殺してやる……!」
「ぶふぉっ!? わ、私にそんなつもりは毛頭ないと言っているだろう!? 名誉毀損で訴えるぞ貴様!?」
「どうだかな!」
ジローは念押しするように言うと、霞のように目の前から消える。
『薬草を飲ませたら、後はなるべく体が冷えないようにしてやれ。ユレルミたん相手には厳しいだろうが、そこはテメェがなんとかしろ!』
「……わかった、やってみよう。そして、その……すまない、助力に感謝する」
『ケッ……!』
どこかに消えてしまったジローに向かって一度頭を下げると、私は今も苦しむユレルミを看病するため、早速火の準備に取りかかったのだった――。
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