ベナミス・デミライト・キングその5

 俺は、暗い地下通路を歩き続ける。

 そしてその平坦な道は、いつしか階段へと変わっていった。

 城の王の部屋にでも繋がっているのであれば、上へ上ることには当然だろう。


 俺は、黙って階段を上り続けた。

 そして、割とすぐに、光が見えてくる。

 出口だろう。

 しかし、光が見えるという事は、こちら側の扉は開いているという事だ。

 

 俺は、松明を壁の金具に置くと、警戒して剣を抜いた。

 と言っても、この剣を使わずに済むに越したことはないのだが。


 俺は、ゆっくりと、静かに、階段を上り切り、外へと出た。


「うっ……」


 そこは、血の匂いが充満していた。

 戦場に慣れた俺でも、少し嫌に思う程に。

 だだっ広いそこには、そこかしら中に、何かの死体が満ちていたのだ。

 魔族ではない、どう形容するかと言えば、化け物の死体である。


 しかし、そんな中で、"たった一つだけ"、魔族の体と首が落ちていた。

 それも、俺が上がった先すぐにだ。


「ここは……王の間か?」


 "少し歩き"、見渡せば、そうとしか思えない作りである。

 俺が来た方向を振り返れば、玉座が見える。

 しかし、魔王城の王の間と言えば、魔王がいなければ変である。


 もしかしたら、兵が来て、戦闘をおこなった後だろうか?

 それなら、この化け物の死体の山にも納得が出来るが、それにしては人間の死体もなければ、人間自体もいない。

 つまり、そういうわけではないのだろう。


「ん?」


 俺の視界の端で何かが動いた気がした。

 そちらを見ると、化け物が一体立ち上がって、動いているではないか。


「ひぃ!」


 "俺は瞬時に逃げ出した"。


「待ってもらえないかな?」


 しかし、どこかから聞き覚えのある声が聞こえて来て、"逃げながらも立ち止まった"。

 つまり、振り返ったけど、少しずつ後ずさりしているのだ。


 この声を、どこで聞いたのかはわからないが、間違いなくどこかで聞いたことある声だ。

 だが、不思議な事に、この声は動いている化け物の方から聞こえてくるのだ。


「な、なんだ?誰だ?」


 俺は化け物に向かってそう聞く。

 化け物の知り合いなんていない。


「僕が誰かなんてどうでもいいだろう。それよりも、君にお願いがあるんだ」


 よくよく見ると、化け物の口は動いていないし、この声は、化け物の"背中"から聞こえてきている気がする。

 つまり、あの後ろに誰かいるのだ。

 しかし、先ほどの台詞から察するに、正体を明かす気はないようだ。


「……わかった。なんだ?」


 俺は少し悩んだが、とりあえず相手に合わせる事にした。

 少なくとも、襲ってきたりはしていないし、今この場は安全のようだから。

 

「そこに魔王の死体が転がってるんだけどさ」

「は?」


 それは、あまりにも重要なことなのだが、そいつはあっさりと言い放った。

 だから俺は、間抜けな声を出してしまった。


「それでさ――」

「ま、待ってくれ!」


 俺は急いで口を挟む。


「急にどうしたのさ、そんなに慌てて」


 どうしたも何もない。


「倒したのか?魔王を?」

「ああ、それはどうでもいいんだ」


 それは、どうでもいい事ではないし、それが真実ならとんでもない事であるし、喜ばしい事でもある。

 だが、真実かはわからないし、喜んでいいのかもわからないのだ。


「続けるけどいいかな?」

「あ、ああ」


 まだ事態を呑み込めないし、俺はどうすればいいかもわからない。

 だから、俺に出来ることは聞くだけだ。


「そこで、その魔王は――君が倒した事にして欲しいんだ」

「はぁ!?」


 益々意味の分からない事を言われる。


「意味がわからない。何故そう――しないといけないんだ?」


 一瞬、どう答えていいのかわからなくなった。

 それほど俺は混乱していた。


「まあ、聞きなよ。それを、これから説明をするからさ」

「あ、ああ」


 もう俺は、頷くことしかできないのだ。


「僕はさ、世界が平和であって欲しいんだよね。それは僕の役目ではないし、凄く余計なお節介なのはわかってるんだけどね」


 そいつは、急に要領を得ないことを言いだした。

 今、その話がなんの関係があるのかもわからない。


「魔王という共通の敵がいなくなったら、国同士のいざこざが起きるだろう?」


 それはわからない。先の事などわからないのだ。

 だが、その可能性はあるかもしれない。


「だから、君には、魔王を倒した勇者になって欲しいんだ」


 そしてやはり、何故そんな話になるのかわからないのだ。


「勇者がいる国には手を出しづらいだろう?」


 それは……そうかもしれない。


「つまり――」

「待て。わかって来た」


 俺は一度、その姿も見せない相手の声を止める。

 冷静に考えると、化け物を挟んで顔も見せない奴と会話をさせられている。

 この状況は、あまりにもおかしいだろう。


 そして、俺はこの会話をしている相手が、誰だかわかってきてしまっていた。

 そしてそれは、今はどうでもいいのだ。


「つまり、俺が勇者となってアジェーレ王国に残って、エイレスト王国との争いを起こさない様にしろということだな」

「なんだ。わからなそうな顔して、よくわかっているね」


 しかし、それは――


「俺にまだ嘘をつき続けろというのか……」


 そういうことだ。

 富も名声もいらない。ただ静かに生きたかっただけなのだ。こんな罪悪感に包まれた生活から解放されたかっただけなのだ。


「すまないね。君にしか頼めないんだ」


 そんなはずはない。もっと他にいたはずだ。

 だが、それももう、今からでは遅いのもわかっている。


「ああ、もう来てしまったようだ。それじゃあね」

「お、おい!待てよ!」


 俺が決断する前に、そいつはそう言って、化け物の後ろに隠れたまま、化け物と共に俺が来た隠し通路へと入って行ってしまった。

 俺は、口では止めたものの、体を動かして止めに入ることはなかった。


「どうしろと言うんだよ……」


 もう、嘘はつきたくないのに。


 その時、この部屋の扉が開き、見知った顔が目に映って来た。

 ウィグランド王に、ゼンドリック軍団長だ。

 まさに、おあつらえ向きという面々である。


「これは……」

「凄いな……」


 部屋の中はたくさんの化け物の死体、それに魔王の死体と、剣を抜いて立っている俺がいる。

 それを目にした二人の目にはどう映るのだろうな。考えたくもない。


「おお!ベナミスよ!お前がこれをやったのか?」


 ウィグランド王がそう問うた。


 俺は――


「はい!」


 そう答えたのだ。

 

「ベナミス!もしかして、これ魔王か?」


 ゼンドリックが唯一魔族らしい奴の頭を持ち上げて聞いてきた。

 そんなことを聞かれても俺は知らない。


「ああ!俺が魔王を倒した!」


 だが俺は、大きな声で、皆に聞こえるように、"嘘をついた"のだ。

 

 そして、周囲は歓声に包まれる。

 

 だが、その歓声に反して、俺は憂鬱だ。


 この瞬間から、俺は死ぬまで"嘘つき"でいなくちゃならなくなったのだから。

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