ジェミリオンその5
「やあ、すまない。待たせたね」
窓を割って随分と派手な登場をした割に、呑気な口調でピエロはそう言った。
ピエロの割った窓の破片が飛び散りきらきらと光り、どこからか小さく歌声まで聞こえてきている。
ピエロは不気味な仮面をしているくせに、なんだかその様子は、とても"綺麗だった"。
「何者だ!貴様は!」
魔王が叫んだ。
そう言われると、俺も答えるような答えを持っていないと思った。
「魔王の前に現れる者と言えば決まっているだろう?」
それは、勇者なのだろう。
だが、ピエロの仮面で顔を隠したそいつが、勇者と言うのは少し変である。
「つまり、自分は勇者だと言いたいのだな。お前は」
「そ――ああ、いや違うんだ。僕はただの道化師さ。ピエロだからね」
一瞬肯定しようとしていたような気がするが、何故言い直したのかわからない。
魔王だって、少し変な顔をしている。
「まあいい、つまり俺の敵なのだな」
理解することを諦めたようだ。
よくよく考えたら、俺もそうだったのかもしれない。いや、そうなのかもしれない。
「裏切ったのかジェミリオン」
そして少しの間のあと、続けて魔王がそう言った。
そう考えるのも無理はないかもしれない。
何故か、ピエロは俺の近くへと降り立ったのだ。
魔王を倒しに来たのなら、魔王の近くへと行けばよかったのに。
まるで、魔王を倒すことよりも、俺の元に来ることの方が大切だったようである。
「イ――」
いや、と否定しようとしたが、止めた。
ここに来れば、戦いになることはわかっていたはずだ。
それでも、俺はここに来たのだ。
「嫌ならいいんだよ」
ピエロが俺に言う。
躊躇いはある。だが、"いい"のだ。
「オレハタタカイニキタ」
もう二度と、人間に限らず、魔族と、生物と、戦う事はしないと誓っていた。
だが、戦うという言葉を吐いた時、不思議と嫌な感じはしなかった。
「そうか、ならば死ね」
魔王が魔法陣を作ると、それが合図となり、周囲の実験体達が俺達に一斉に襲い掛かって来る。
俺はその一番最初に来た奴を――殴り飛ばした。
拳に嫌な感触が伝わる。
やはり、生物を殺すのは嫌な気分だ。
だが戦うのをやめる気はなかった。
それに――
「すまない、"背中を貸して"もらえるかな」
「アア、スキニシロ」
なんだか、このピエロと戦っていると、嫌な気分など吹き飛んでしまうのだ。
だから、俺は戦い続けた。
このピエロと共に。
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