ゼンドリック・エイレストその5

 俺は自由を満喫していた。

 ギルドの依頼をこなした後に、必ず王宮の見慣れた城に戻っていた毎日とは違う。

 毎日見慣れない土地で過ごす新鮮さは、俺にとって素晴らしい刺激となったのだ。

 時には、宿も取れずに野宿することだってあったし、得体の知れない生物を食べて食いつないだ時だってあった。

 それでも、王宮に戻りたいなどとは、これっぽっちも思わなかった。それだって、とても楽しかったのだ。


 そして、そんな刺激的な毎日は、5年間も続いた。

 その頃には、もう国の事など忘れて、二度と戻るかと思っていた。

 しかし、それ以上この楽しい旅が続くことはなかったのだ。

 


     ♦



 その日、俺はある村へ来ていた。

 なんの変哲もない普通の村だ。

 強いて言うなら、この村で作っている物だと出された酒はとても旨く気に入った。

 それに、宿から見える大きい湖が綺麗。

 それくらいだ。


 村に来た理由は、ギルドの依頼だった。

 村の近くで、モンスターの群れを見たという、良くある、ありきたりな依頼だ。

 

「おお、あなたが有名なゼンドリック様ですか。宿の準備も歓迎の食事も用意してあります。どうぞ、ごゆっくりしていってください」


 俺が村を訪れたときに、村長がそんな事を言い出した。

 どうにも、大陸中を回り、難しいギルドの依頼をこなしていった俺は、少しばかり有名になってしまっているらしい。

 それは誇りであり、自信でもあるのだ。

 村長も、呑気な事に、俺が来たからもう安心と"思ってしまった"のだろう。


 そして俺も俺で、旅をしていると、何よりも楽しみなのは多種多様な食である。

 だから、ついつい、村長の申し出を"受けてしまった"のである。


 その日の俺は、村の歓迎を受け、モンスターの調査などせずに眠ってしまったのだ。


 そして、起きたときに聞こえてきたのは、人々の悲鳴であった。

 


     ♦



 俺は慌てて飛び起きると、武器を手に取り、窓をぶち破って宿から飛び出た。

 

 そして目にした光景に、俺はたじろいでしまう。

 確かにモンスターの群れである。

 だが、それは単一の種族ではなく、色々なモンスターが混じりあった群れなのである。

 別々の種族のモンスター同志が群れているのなんて、俺が知る限りではない。

 ただ、それ自体は問題ではない。


 問題は、そのモンスター達の数である。

 とてもではないが、俺一人で村を守り切れるような数ではなかった。

 現に、既にモンスターは暴れまわり、村人の死体がそこら中に転がっているのだ。

 その死体の中には、俺を歓迎してくれた村長も混ざっていた。


「うおおおおお!」


 例え、どれほどの数だろうと、どれほどの種類のモンスターだろうと、関係ない。

 俺は怒りに任せて、モンスターを次々と屠っていったのだ。

 


     ♦



「はぁ、はぁ……」


 俺は戦い続けた。

 村人を守りながら。

 だが、俺の身は一つしかない。

 俺が右のモンスターを倒しているうちに、左から襲い掛かって来たモンスターが村人を食い殺した。

 俺が左のモンスターを倒しているうちに、右から襲い掛かって来たモンスターが村人を原型がなくなるほど潰した。


「これで……全部か?」


 そして、最後に立っていた生き物は俺だけだった。

 いや、違う。


 どこからか、手を叩く音が聞こえて来た。

 これは、拍手だ。

 まだ生き残っている村人がいたのだと、俺は期待する。

 

 だが、俺の目に映ったのは、紫色の肌をした人間だった。

 こんな村人はいなかったはずである。


「まさか、この数のモンスターを一人で倒せる人間がいるとは……素晴らしいな」


 まるでそいつは、自分が人間ではないとでも言いたげな言い方である。

 そもそも、紫色の肌の人間なんて見た事すらないし、紫色の肌と言えば――


「まるで魔族だな」


 それは、子供の頃から言い聞かされた。伝承に出てくる魔族のようであった。


「人間と言うのは数百年"あっていなかった"だけで、私達の事を忘れてしまうのだから不思議でならないよ」


 こいつは、はっきりと自分が魔族だと言ったわけではないが、この言葉から考えると、自分が魔族だと言っているも同然なのだろう。

 

「お前が、このモンスターを操っていたのか?」


 魔族は魔法でモンスターを操る。これも伝承で伝えられている。


「もちろん、そうだ」


 俺はそれを聞くや否や、魔族へと襲い掛かった。

 だが、その一撃は魔族に防がれてしまう。


「モンスターと戦って、そのまま私にも勝てると思うのか?」


 それならば、どうしろと言うのだろうか?


「逃がしてくれと言ったら、逃がしてくれるのか?」


 とてもそうは見えない。


「まさか」


 魔族は鼻で笑う。


「お前ほど腕が立つ人間。魔王軍の邪魔になるであろう。このイリエタリスが、今ここで幕を降ろしてさしあげよう」


 魔族は何故だか、わざわざ名を名乗った。

 最初から思っていたが、どうにもこいつは気障な貴族のよう――つまり人間のような喋り方や仕草をする。変なものである。


「そうか、俺はゼンドリック・エイレストだ」


 だが、名乗られたのであれば、俺だって名乗り返さないといけないだろう。


「それでは、参ろう」


 そして、俺は魔族と刃を交えた。

 


     ♦



 結論から言うと、ぎりぎりの戦いとなったが、俺は勝利した。

 奴の話を信じるのであれば、魔王軍が存在し、魔王だって存在するのだろう。

 魔族一体一体が、こんなにも強いのであれば、人間などひとたまりもないかもしれない。

 早く近隣の街や村に知らせなければいけない。

 そう思い、俺は走りだしたのだった。


 だが、それは無意味で、近隣の街や村は、もう滅ぼされており、俺はエイレスト王国まで逃げかえる事しかできなかったのだ。

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