ラエイン・ノステルその5
僕は普通の家庭で生まれた、普通の子供だ。
いや、もう子供ではない。
20歳になったのだから。
普通の両親から生まれて、普通の人生を歩み、普通に学校に通っていた。
そして、普通に勇者に憧れた。
学校を卒業したら、冒険者になるはずだったのだ。
だけど、僕が学校に行っている時に、魔族がこの国を滅ぼしてしまった。
家に帰る事も出来なかったので、両親は行方不明だ。
行方不明と言っても、希望を持っているわけではない。
死んでいるのだろう。
その悲しみが風化するほど、奴隷生活は厳しいものだった。
でも、勇者に憧れる心だけは忘れなかった。正義感も忘れなかった。
だから、革命軍に憧れたのだ。
そんな革命軍の仕事だけど、イメージしていたほど華々しいものではなかった。
でも、地道な事が成功へと続く鍵になると言うのはわかっている。
最初は失敗こそしたけど、次からは成功続きだった。
密かに持って帰った野菜をダオカンさんに見せると、ダオカンさんは大喜びする。
「やるじゃねえか!ラエイン」
そこまで言われると照れてしまうのだけど、もしかしたら僕は才能があるのかもしれない。
と言っても盗みの才能があっても、誇れることではないのだけど。
もし、冒険者になっていたら、盗賊になるとよかったのかも。
でも、勇者に憧れたから、剣士になりたかったんだけどな。
そんなこんなで、鼻高々としていた僕に、ベナミスさんは、
「気をつけろよ、慣れてきた頃が危ないんだ」
と言って来た。
ベナミスさんは口には出さなかったけど。
きっと本来は、「俺はいつも初心で、なんでも慎重に事を進めるんだ」と言うのだろう。
僕の事も気にかけてくれたのも嬉しいし、慢心をしないベナミスさんは、やっぱりすごいのだ。
そんな日が続き、何日か過ぎたのだ。
♦
今日は、陽射しが強くて、グザンが視察に来ていた。そんな最悪の日だった。
グザンが来ている日に、何かを盗んだりはしない。
でも今日は、敢えてグザンがいても、野菜を持って行ったりしてやろうか?
そんな考えを持っていた。
そういうことを考えると、不思議と笑みがこぼれた。
その時だった、
「おい!貴様!」
魔族の怒声が聞こえて来た。
まだ僕は何もしていない。
声がした方を見ると、ナセじいが倒れていた。
ナセじいは、長老の様な存在だ。
長老と言うからには、高齢だ。
こう暑ければ、倒れても仕方がないだろう。
そんなことをぼんやりと考えていると、エニールがナセじいを庇った。
いつものことだ。
いつも、エニールは勇敢だなと思っていた。
僕は鞭打ちに恐れて、他人を庇う事なんて出来ないのに。
鞭打ちどころか、殺されることだってあるのに。
"でも"。
それでいいのか?
僕は革命軍なのだ。
鞭を打つ音と、エニールの悲鳴が聞こえる。
"ごくり"と唾をのみ込んだ。
本当にいいのか?
見ているだけで。
僕は革命軍なのだ。
行こう。
そう決めた時だった。
「来ないで!!!」
エニールの悲痛な叫び声で、僕は踏み出そうと思った足を止めた。
それと同時に、ベナミスさんも僕の前に立ちはだかった。
「我慢しろラエイン。今は俺達二人しかいないんだぞ」
「でも」と言いたいが呑み込んだ。
理由は単純。グザンが出てきたからだ。
「おいおい、そんな事を言うなよ?」
違う。
エニールはお前に来るなと言ったんじゃない。
エニールは"僕たち"を心配して、"僕たちに"来るなと言ったんだ。
恐怖で怯えたのと、仲間の為に言ったのではまるで違うんだ。
そんなことも知らずに、グザンはエニールに鞭を振るい続ける。
やっぱり僕も止めに入るべきだ。
そう思い、ベナミスさんを見上げると、ベナミスさんの様子がおかしかった。
なにか、驚いたようにどこかを見つめ、口は半開きになっている。
小声で「そんな馬鹿な」とか「そんなはずはない」と言っているのが聞こえる。
「ベナミスさん」
その、あまりにもおかしい様子に、僕は冷静になって、ベナミスさんの腕を引っ張った。
「お、おお……いや、大丈夫。大丈夫だ」
ベナミスさんは、そう言って、フラフラと自分の持ち場へと向かってしまったのだ。
その間も、エニールの悲鳴は聞こえていたのだけど。
グザンは気付いたら、どこかへ行ってしまっていたし、他の皆も我が身可愛さに畑仕事を始めている。
僕の心は、なんというか――宙ぶらりんだ。
エニールへの鞭打ちは続いているけど、そのうち終わるだろう。
今さら僕が庇いに行ったら、もっと酷くなってしまうかもしれない。
ベナミスさんの様子も心配だ。
明らかにおかしかった。
結局、どうしたらいいのかわからないまま、僕も元の仕事へと戻ったのだ。
けど、エニールの悲鳴は聞こえ続ける。
それは、僕の選択が正しかったのか?と、問いているようだ。
♦
僕にとっては永遠とも感じる時間は、仕事が終わる時まで続いた。
まさか、こんな時間まで続くとも思わなかった。
僕は……一瞬迷ったけど……エニールの元へ走った。
エニールは……息をしている。気を失っているようだけど、死んではいない。
ホッとした。
ナセじいは泣いていた。
ナセじいも僕なんかより、ずっと辛かったはずだ。
「ラエインや。エニールを早く」
「もちろんです!」
そのために来たのだから。
でも、そんな僕の肩を掴んだ人がいた。
「待て。俺が運ぶ」
それは、ベナミスさんだ。
先ほどまでの、"おかしかった"様子とは大違いで、落ち着きを払っている。
「ラエインは、ナセじいの方を頼む」
ベナミスさんの言う通りにするべきだろう。
僕はナセじいに肩を貸して、ベナミスさんと一緒にテントへ戻ったのだ。
♦
エニールを連れて帰ると、みんなが一斉に集まって来る。
もう話が広がっているのだろう。
これがエニールでなければ、みんなそこまで心配しないのだろう。
それだけエニールはここでは人気者なのだ。
それでも、ダオカンさんが皆に静かにするように注意している。
あまり騒いでいても、魔族が来てしまうし、エニールの体に障るから。
エニールは、ナセじいのテントに寝かせることになった。
エニールはここまで運ばれても、まだ起きない。
「ラエイン。ナセじいを運んでくれて、ありがとう」
ベナミスさんに感謝をされると、とても嬉しい。
「それと……今日はよく我慢したぞ」
それは――ベナミスさんが言ったから。
当然のことだ。
「そんな……僕は何も出来ませんでした」
「いいんだ。来るべき時に、何かが出来れば――それでいいんだ」
そうか。ベナミスさんだって耐えているのだ。
「はい!」
「俺達に出来ることはなにもない。もう自分のテントに戻ろう」
「わかりました!」
そう言われて、僕は言われた通りに、自分のテントへと帰ったのだった。
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