20、伝説は現在を縛る
◆◆◆◆◆
これは夢。懐かしい夢だ。年老いた一人の男が見る若き日の思い出でもある。
かつて様々な敵と問題を解決してきた英雄がいた。様々な困難を仲間と共に乗り越え、国を安定させたことから〈歴史上一番の国王〉と敬意されることとなった人物でもある。
しかし、そんな英雄も一人の人間だ。愛する女性ができ、子どもを設けた。もうすぐその子どもが産まれる時期となり、黙っていられずソワソワとして時が過ぎるのを待っている状態である。
そんな人らしい姿を見せる夫を見て、妻である女性は困ったように優しく微笑んでいた。
「もう、そんなに焦っても出てきませんよ」
「そう言われてもな。黙っていられないんだ」
「女の子とは聞いてます。ふふ、優しくしないといけませんね」
妻の言葉に国王は「おおっ」と声を上げた。かつての後継者問題では男でなければならない、という風潮があったが今は違う。
かつてと違い、ある程度の能力があれば適切な環境を整えることでしっかりとした人物に育てることができる。中には国王のような無茶苦茶な人物もいるが、それは例外だ。
時代は変わった。だから女の子でも王維継承ができ、だからこそ性別を気にする必要はない。だから子が女でも国王は素直に喜んでいた。
しかし、そんな国王に水を差す人物が現れる。
「ゼルクス王、少しよろしいでしょうか?」
自室がノックされると共に、声が放たれた。それは幼い頃から世話となり、聞き慣れたしゃがれた女性の声でもある。
この夜更けに珍しいな、と思いつつ国王は「ああ、入っていいぞ」と言葉を放った。開かれていく扉の奥にいたのは、藍色のローブに身を包んだ老婆である。
「ゼルクス様、この時間に無礼を聞き入りくださりありがとうございます。少し、お聞きいただきたい話がございます。よろしいでしょうか?」
「ここではダメなのか?」
ゼルクスの言葉に老婆は頷いた。思わず顔をしかめる国王だが、すぐに椅子から立ち上がる。
おそらく妻には話せないこと。しかし、国王である自分には耳に入れておかなければならない話でもある。
そう察し、ゼルクスは妻にこう声をかけた。
「少し夜風に当たってくる。セバスチャンに世話を任せるが、いいか?」
「ええ、何かありましたら呼びますよ」
ゼルクスは頷き、老婆と共に部屋を後にした。
そのまま暗い通路を進み、屋上へと向かう。途中老婆に話を聞こうとしたが、頑なに口を開いてもらえなかった。
誰にも聞かれてはいけないことなのか、と思いつつ屋上へ着く。心地いい夜風が吹き抜ける中、老婆はようやくその口を開いた。
「たびたびのご無礼、失礼いたします」
「いや、私とお前の仲だ。何かあってのことだろう」
「そう仰っていただき感謝いたします。これより話すことは国の命運、あなた様の運命を決定づけることゆえ、その情報と選択を恐れながら与え給う事柄。よろしければ私の言葉に耳を傾けていただけたら嬉しい所存であります」
「堅苦しい前置きはもういい。話してくれ」
ゼルクスは老婆に簡単に説明するように促した。老婆も国王の意を組み、あまり堅苦しくならないように説明し始める。
「ゼルクス様、あなたは〈魔法〉を知っておりますか?」
「知ってるも何も、それがどうした?」
「今回、産まれてくる子達がそれを授かります」
「ほう?」
めでたいことだな、とゼルクスは思った。しかし、老婆の顔は国王の思いとは裏腹に神妙な面持ちだ。
なぜそんな表情をするのか、とゼルクスは問いかけたくなる。すると老婆はその答えを告げるかのように口を開いた。
「魔神、という存在は知っておられますか?」
「唐突にどうした? まあ、知っているには知っているが」
「この国が誕生する原因でありますからね。その魔神を封じるためにこの国が誕生したとも言えます」
「それがどうした? 魔法とどんな――」
何かを言いかけてゼルクスは気づいた。
老婆が言いたいこと。これから訪れる選択とその運命。そして、国の命運というのがどんなものなのかを。
「王家は元々、魔神を封じるために発足した一族。長きに渡り魂と身体を封じてきました。しかし、今回大きな選択をすることとなります」
「まさか、お前……!」
「選択するのはゼルクス様です。私の助言は、ここまでであります」
「だが、それは……」
本来ならばめでたいこと。だが、それがめでたいだけでは終わらなくなった。
どうするべきか。どんな選択をするべきか。
取れる方法は二つ。だが、実質一つしかなかった。
「ゼルクス様、これは幼き頃から見てきたバアバとしての言葉です」
そんな中、老婆はゼルクスに言葉をかけた。
どんな想いだったのかわからない。だが、彼女はゼルクスの手を取り優しい表情で見つめながら告げた。
「私は、あなたが後悔しない選択をして欲しい。あなたもいずれ年老いて死を迎える。その時に、よかったなと思える選択をして欲しい。それだけが私の願いであります」
その時のゼルクスには実感が湧かない言葉だった。だが、後悔のない選択はしたいと老婆の言葉を受けて感じたのだった。
しわくちゃな手を彼は握り返す。そして老婆に、感謝を告げた。
「ありがとう、バアバ」
この国の言い伝え。
王家だけに伝わる伝説。
人々の記憶からはもう消えたおとぎ話。
しかし、それは終わっていない。だからこそ国王の戦いがここから始まる。
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