4、役目とやる気と責務と

◆◆◆◆◆


 王城のテラスが遠くからでも見える大通りのとある一角。ヴァンはそこでごった返している人々を誘導しつつ、交通整理を行っていた。といっても、主導で行っているのは騎士のためヴァンはその補助という形で携わっている。


 騎士の指示を受けながら次に必要と思われる道具を用意しつつ手が回らない部分をヴァンは補助し、ヴァンは仕事をこなしていく。ふと、後ろから何かが近づいてくる気配を感じ取り、ヴァンは何気なく振り返った。

 そこにいたのは、顔中が引っかき傷で覆われたクロノだった。


「どうしたんだ、お前?」

「猫にやられた」


 クロノはムスッとしながらヴァンの疑問に答えた。ヴァンはそんなクロノを見て、特に笑うことも呆れることもなくすぐに仕事へ集中する。

 真面目に仕事をするヴァンにクロノは疲れたような息を吐き出した。何かしら優しい言葉をかけてもらいたかったが、期待するほうがいけなかったかと感じつつクロノはヴァンと一緒に騎士の手伝いを始めた。


 二人で補助しつつ、交通整理を行っていく。時折、見知らぬおばあちゃんやおじさんが「頑張ってるね、これ食べな」といって差し入れをくれたこともあり、騎士と一緒にクロノ達はありがたくいただいた。

 特に大きなトラブルは起きることなく、交通整理業務は落ち着き始める。


「だいぶ人が減ったね。もしかしてもうすぐ王女様の演説かな?」

「ああ、そんな時間だ。クロノ、もうひと踏ん張りするぞ」


 建国して五百周年という記念すべき祝いの祭り。そのメインイベントである一つがもうすぐ始まろうとしていた。

 クロノとヴァンはそれに向け、まだちょっと慌ただしい大通りで最後の一踏ん張りを始める。怒号とも思える騎士の指示を受けながら、一生懸命に動くこと十数分。ようやく落ちついた現場に、騎士は安堵の表情を浮かべた。


 クロノは疲れと暑さにやられ、全身を使って呼吸する。ヴァンはというと、普段から鍛えていることもあってか疲れた色を見せていない。

 騎士はそんな二人に「ちょっと休んでよし」と指示を出す。クロノとヴァンはその言葉に甘え、道の端っこで腰を下ろし一休みし始めた。


「あー、キッツ。交通整理ってこんなに大変なんだ」

「普段から走り込んでいれば違う。お前はもう少し鍛えろ」

「うるさいなぁー。これでも忙しい身分なの」


 クロノはヴァンの小言を言い返しつつ、何気なく視線を大通りの奥へ向けた。

 クロノがへたり込んでいる場所から見える王城はちょっと小さく見える。しかし、結構遠い場所から見ているにも関わらず歴史を感じさせる厳格さと、それを感じさせない美しさがハッキリとわかった。

 ヴァンは何気なくクロノを眺めた後、クロノの視線に合わせる。何となく数秒ほど見つめた後、ヴァンはクロノに言葉をかけた。


「そろそろ演説だな」


 クロノはヴァンの言葉に返事するように「うん」と頷く。

 記念すべき王国の祝祭。その始まりの日である本日は王女の演説が祭りの開催を告げるために王城から姿を見せる。それは王国が平和であり、安全であり、安泰であると国内外にアピールする意味があるのだ。

 しかし、ヴァンは一つの引っかかりを覚えていた。


「大切な場というのに、王は出てこないか。体調は大丈夫だろうか?」


 本来ならばこういう式典には国王が務める。しかし、ここ数年の国王の体調は芳しくない。そのため重要行事は王の子どもである王女が代わりを担うようになっていた。

 だが、この記念すべき日にも出てこないとなると国民であるヴァンは一抹の不安を覚えるのだ。


「さあね。まあ、僕は王女様が見れるなら別にいいけど」

「お前な。仮にも騎士を目指しているなら、今の言葉は人前に出すな」

「はいはい。にしても、王女様はまだ出てこないかな? そろそろ見えてもいいはずだけど」


 ヴァンはクロノの言動に呆れたような息を吐き出した。目の前にいるバカな優男が自分と同じ騎士見習いだと思うと、どこか悲しく思える。

 ひとまず王女がテラスに出てくるのを今か今かと待っているクロノから視線を外し、ヴァンは立ち上がった。


「あれ、もう行くの? まだ休憩終わってないよ?」

「先に持ち場に行っている。もう少し休んでていいぞ」

「ヴァンが先に行ったら僕は怒られるじゃん。一緒に行くよ」


 ヴァンは立ち上がろうとするクロノを無視して足を踏み出していく。クロノは慌てて追いかけ、ヴァンの隣を歩いた。


 クロノが今度の中間テストの対策や夏休みの有意義な過ごし方といったヴァンにとってどうでもいい話をする。いつも通り聞き流しながらヴァンは進んでいくと、胸ポケットに入れていた通信機が唸り出した。

 何気なく取り出し、通信機を手に取ると聞き慣れた声がスピーカーから耳へと飛び込んだ。


『もっしー、ヴァン聞こえてるー?』

「ああ、フザけた声がよく聞こえる」

『悪かったわね。今度から真面目に通話するわ』

「何の用だ、フィリス? 遊び半分で通信するものではないぞ」

『わかってるわよ。まあ一応、知らせておこうって思ってね』


 ヴァンはフィリスの言葉を聞き、片眉を上げて思わず疑問符を浮かべる。クロノは通信機に耳を立てているとフィリスは思いもしないことを告げた。


『実はね、これから始まる王女様の近くで警備することになったの』


 思いもしない言葉にクロノは驚嘆した。大きな大きな声で「えー!」と放つと、ヴァンに脳天をゴチンと小突かれる。

 ゲンコツを受けたクロノは頭を抑え、屈み込みながら悶える中でヴァンは通信機のマイクに声を放った。


「すまん、バカが迷惑をかけた」

『もぉー、耳が痛かったわよ。まあ、いつものことだからクレープで許してあげる』

「クロノにツケといてくれ。ところで、その話は本当か?」

『ええ、まあ、嘘じゃないわ。ちょっと困っちゃったけど、いい経験だし』

「そうか。まあお前なら粗相はないだろう」

『なんで上から目線なのよ、ヴァン?』


 ヴァンは笑う。フィリスもヴァンなりの冗談だと知りつつ、一緒に笑った。

 だが、その報告を受けて笑えない人物がいる。

「なんでだよ! なんでフィリスが王女様の近くで護衛ができるんだよ!」

 クロノはヴァンの通信機を奪い取り、スピーカーの向こう側にいるフィリスに文句を言った。どこか羨ましそうにしながらフィリスに何度も何度も言葉をぶつける。


「今すぐ代わってくれよ! いいだろフィリス!」

『うっさいわね! 代われるなら代わってもらいたいわよ!』

「なら代わってよ! 僕、頑張って責務を果たすからさ」

『ああ、もぉー! アンタはアンタで持ち場があるでしょ。今はしっかり与えられた役目を果たす。わかった!?』

「あ、ちょっと! 役目を交換してよフィリス。フィリスぅー!」


 ブチッとフィリスに通信が切られたクロノは、そのままガックリと肩を落とす。

 大きなため息を吐き、クロノはそのままどこかへ行こうとした瞬間にヴァンに首根っこを掴まれた。


「仕事が待っている。行くぞ」

「えー、やだよぉー。もう帰りたいよぉー」

「騎士になるんだろ? しっかり責務を果たせ」


 すっかりやる気を失ったクロノを引きずり、ヴァンは一緒に持ち場へと向かう。

 これから始まる王女の演説を安全に平穏に終わらせるために、二人は警備の仕事を始めるのだった。

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