3、騎士見習いにも意地がある

「ったくアンタは。本当に騎士になる気があるの?」


 必死に逃げ回ること数分。クロノは石畳の上に正座をさせられ、フィリスから説教を受けていた。パトロールと称してサボっていたのだから当然の処分だが、クロノは足が痛いのか情けなく泣いている。

 フィリスはそんなクロノを見て呆れていた。こいつは本当に騎士になりたいのか、と大きな疑問を抱くほどだ。


「まあいいわ。ひとまず、仕事はしっかりすること。じゃないと騎士なんて夢のまた夢よ!」

「わかったよぉ、もう許してよぉ……」

「許すから泣かないの。ほら、ハンカチ貸してあげるから」


 クロノは足を楽にし、フィリスが貸してくれたハンカチを手にして涙を拭う。だがどんなに涙を拭っても止まらない。どこまでもハンカチが濡れていくばかりだ。

 フィリスはそんなクロノの姿を見て、もう一度呆れた息を吐いた。黙っていれば男前でカッコいいのにどうしてこんなにも情けないのだろう、とちょっと心配になってしまう。


「ありがとうフィリス……」

「はいはい。足はもう大丈夫?」

「大丈夫。あ、フィリス。たった今、新しい詩を思いついたんだけどさ――」

「後で聞く。そろそろ戻らないとヴァンに怒られちゃうし」


「そ、そっか。わかった、じゃあまた今度かな」

「そうね。楽しみにしてるから、いい感じに仕上げててねクロノ」

「うん、わかった。仕上げておくよ」

「ふふっ。あ、ぬいぐるみありがとねっ」


 満面な笑みを浮かべ、フィリスは駆け足で持ち場へと戻っていく。クロノはフィリスの背中を見送り、見えなくなった後に盛大なため息を吐いた。


「つ、疲れた……なんであんなに愚痴られなきゃいけなかったんだ?」


 クロノはもう一度大きなため息を吐き出し、先ほど起きた説教を思い返す。

 何らかのトラブルが起き、その調停役を担っていたフィリス。しかし、その仕事があまりにも大変だったのだろう。クロノに行った説教の半分がそのトラブルに関する愚痴だった。

 クロノは途中から返事しながら黙ってフィリスの愚痴を聞き、嵐が過ぎ去るのを待つ。するとフィリスはとてもスッキリしたのか、いつも以上の素敵な笑顔を見せてくれた。


「まあ、フィリスもストレスは溜まるか」


 何かと苦労しているように見える友人を思いつつ、クロノは立ち上がった。盛大に怒られ、ついでにストレス発散をされたが無事に終わったのだ。これ以上に喜ばしいことはない。しかしなぜか、クロノの目からはとめどなく涙が流れ落ちた。


「あれ、雨かな? こんなに晴れているのになんでだ?」


 クロノはひとまず自分の心から目を背けつつ、涙を拭いながら足を踏み出した。景色が霞んで前が見えない状況ながらも、懸命に心を奮い立たせて進もうとする。

 だが、三歩ほど進んだその時に「ギニャー!」という妙な鳴き声が耳に入った。


「なんだ? 猫?」


 涙を拭い、声がした方向に振り返るとそこには一匹の猫がいた。なかなかに大きい体格をした茶トラの猫は、怒っているのか低い声で唸りながらクロノを睨みつけている。

 クロノは少し迫力がある茶トラ猫に怯む。しかし、相手は所詮猫だ。恐るに足りぬ相手である。


「こ、怖くないぞ。僕は見習いだけど騎士だし、お前より強いんだし!」


 強がりに似た言葉を吐き出しつつ、クロノは茶トラ猫に対して臨戦態勢を取る。茶トラ猫にはというと、飛びかかり引っ掻こうとしているのか様子を見ていた。

 クロノと茶トラ猫は睨み合い、膠着状態が続く。だがそれは、僅かな時間で終わってしまった。


「にゃー!」「ぶにゃー!」「しゃー!」


 茶トラ猫の怒りに気づいたのか、どこからともなく裏路地から野良猫が集まってきた。その数はざっと見ただけでも十を超えている。

 黒、白、ブチにシマシマ。様々な柄の猫がクロノを睨みつけ、唸りにも似た鳴き声を上げた。


「は、はははっ……悪い夢でも見てるのかな?」


 集まった猫が全て、敵意を剥き出しにしてクロノを見つめている。クロノはその光景に思わず、引きつった笑顔を浮かべた。

 後退りしながらも、どうにか逃げるタイミングをクロノは伺う。猫はというと、ジリジリとにじり寄りクロノに飛びかかろうとしていた。

 膠着状態が続く。しかし、それは案外早く終わりを告げる。


『ジジジジジ――』


 突然、クロノが来ているブレザーの胸ポケットから大きな音が放たれる。思いもしないことに一瞬だけクロノの意識が胸ポケットに向いた瞬間、猫達は飛びかかった。

 僅かに遅れてクロノは背を向けて走り出す。だが、その僅かな差が命運を分けた。


「ぎゃあぁああぁぁぁあああぁぁぁぁぁっっっ」


 大きな悲鳴と共に猫に埋もれるクロノ。あちこちを引っかかれ、痛い思いをすると共に通信機に連絡してきた人物を恨むのだった。

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