第34話 口内炎と白い粉(重曹)と蟲のお弔い


それから抗ガン剤の副作用で有名な口内炎だが、確かに出来た。だけど、脅かされた程ではなく、2、3個。それもそれほどひどくならずに割とすぐに消えてくれた。かなり頻繁に重曹水でうがいをしていたお陰だとへっぽこ自身は信じているのだが、実際の所はどうなんだろう?口内炎は言葉通り、口の中が炎症を起こしてるってこと。火を消すには消化器イコール白い粉、だしね。


どこで会っても笑顔で、気さくに話しかけてくれるので仲良くなった看護師さんに口内炎は大丈夫かと聞かれた時、へっぽこは咄嗟に


「口内炎には重曹ですよ!」と答えていた。驚いた顔をされたが、口内炎には重曹うがいが効くと本に書いてあったことを伝え、実際にへっぽこ自身も口内炎がひどくならずに済んだことを廊下で熱く語った。自分の声が病室の中の誰かに聞こえて、誰か活用してくれたらな、という思いもあったし、この看護師さんなら、もしかしたら抗ガン剤の副作用の口内炎には重曹が効果があることを他の患者さんに伝えてくれるのではないかと思ったのだ。口内炎があると痛くて食事が出来なくなって辛い。ただでさえ辛い入院生活。出来れば、皆に広く伝わって、それで少しでも楽になれる人が増えたらいいなとそう思ったのだ。なんて言うと立派な人のようだが、この文を書きながら思った。勿論誰かに伝われば、という気持ちはあったけど、どこかに、意地悪?をされたロングヘアの看護師さんにその話が伝わって、へっぽこは口内炎に苦しんでないぞ、へへーん、と鼻を明かしてやりたいという気持ちもあったかもしれない。小っさい人間である。



さて。で、この文を書く為に改めて調べていたら、確かに重曹は口内炎や虫歯予防に効果があると書かれている歯科医のサイトもあった。でも、重曹うがいは食用グレードの重曹適量をよく振って溶かして、また10秒程、クチュクチュと軽く口を濯ぐ程度が本当はいいらしい。でないと喉をいためてしまうんだとか。うーん、へっぽこは確かに食用のを使ってたけど、適当に小さじ一杯弱をうがい用コップにサラッと入れて、水道水をジャッと注いで、クチュクチュに加えてガラガラまでしていたぞ。喉が弱くてすぐ咳き込むのはそのせいだろうか?うーん、何事も程々がいいということでしょうか。殺菌し過ぎも抵抗力を弱めるというからね。




さてさて、そんなこんなで放射線治療と抗ガン剤服用を開始してから一月弱経った頃、朝の血液検査で免疫に関する数値が基準値を下回ってしまったらしい。まさか重曹うがいのせいではないと思うけど。


だから一時的に抗ガン剤の服用がストップされた。でも放射線治療は続く。レギュラーセットだから、望まなくても付いてくるのか。相変わらず照射室ではナウシカのサントラを流してくれていたが、ここ何回か、なんだか気の毒なというか切ないような気持ちが強くなってきていた。


ナウシカは映画で


「蟲を殺さないでぇ!」


と声を大にして叫んでいる。でも実際問題、蟲は目の前の人を殺そうとしていて、だから対峙した人は蟲と戦わなくてはいけない。


「薙ぎ払え!」


と巨神兵を操って猛烈ビームを浴びせて蟲たちをやっつけているシーンは映画では迫力があってカッコいいが、実際にへっぽこの頭で起きてることとしては、暴走を始めた蟲が寄り集まって固まって王蟲となり、それを手術である程度取り除き、それからとどめを刺そうと放射線を浴びせているという状況。その放射線ビームの照準を合わせて蟲を狙い撃ちしてるのは、蟲(ガン細胞)を増やしてしまったへっぽこ自身ではなく、お仕事として勤めている技師さんたち。彼らは何も悪くないのに、蟲を殺すビームを発しながら、ナウシカを聴かされている。言わば悪役、または敵国側で、命令されて仕方なく戦っている人なのに、それを責められるような曲を聴きながら淡々と作業しなくてはならないのだ。


それは物凄く申し訳ない。


というわけで、へっぽこはナウシカをやめて、息子が持っていた、米津玄師さんのCDを借りて流して貰うことにした。その頃はまだ代表曲のlemonが入ったアルバムは発売されてなくて、ボカロでハチ名で創られてYouTubeにアップされてた初期の頃の曲が入ってた「BOOTLEG」のCDを持ってきて貰った。ちょっと暗めでマイナーな香りのするマニア向けの曲がたくさん入っていてへっぽこ家では無限リピートされていた。ルーザーとか砂の惑星とか。


さて、その日の治療が終わった後、


「いや、いいですね、このコメヅゲンシって初めて聴きました」


嬉しそうに言われる。


いや、コメヅゲンシじゃなくてヨネヅケンシなんですけど。でも、確かにこの漢字、普通は初見でそう読めないよね。でもこれが本名なんだからスゴイ。ああ、米津だから、米、でハチか。とその時納得する。何でも自分の本名を大事にすると運が上がるらしい。つか、運の良い人は大抵自分の本名を大好きなんだとか。また、作家やアーティストも自分の本名をアナグラム(並べ替え)して芸名にしてたりするが、それは正しい呼び名の付け方なのだろう。で、運気を変えたい時に本名に戻したりするのかも。しかし殆どの男性は、一生本名が変わらないが、女性は結婚すると名字が大抵変わる。夫婦別姓の問題が取り沙汰されたこともあったけど、あれはその後どうなったんだろう?


それはさておき、その技師さんたちの笑顔を見てへっぽこも何だか安心する。敵役にしちゃってごめんね。それから、蟲さんたちにも手を合わせる。ごめんね、どうか成仏してね。


そう言えば、ナウシカでもどこかのシーンで(エンディングロールだったかな?)ナウシカの防護マスクが腐海の深部で墓碑のようになってたワンカットがあったけど、あれはやはり蟲たちや、死んだ人たちを弔う為だったのだろうか。そんなことを考えた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る