第32話 天使だって色々♪

さて、その日の午後に抗ガン剤を持って来たのは、今まであまり顔を合わせたことのなかった、女性看護師さんには珍しくロングヘアの若い人だった。昔は女性ナースを看護婦さんって呼んでたのに今は男女ともカンゴシさんと呼ぶのね。で、女性が看護師、男性を看護士と呼んだ時期もあったらしいけど、今は区別せず、どちらも看護師なのだとか。うーん?混乱する。で、へっぽこも表記揺れしてますが、そこはお許しあれ。


「放射線治療はどうですか?慣れました?」


聞かれ、


「そうですね。もう何回かやりましたし」


そう答えたら、


そろそろ髪が抜けてきますよ」


サラッとそう言われた。


まぁ、それは聞いて知ってたし、妹がそれ用にと可愛い帽子をプレゼントしてくれていた。だから、「はぁ、そうみたいですね」と淡白に返した。




そしたら、その女性看護師さんは、ニヤッと笑って続けたのだ。


それから口内炎がたくさん出来ます。口の中にぶわーっと」


はい?ちょっと看護師さん?


いや、それも一応聞いて知ってたから口内炎に効くという重曹をうがい用に持ってきてますよ。瓶に詰めて。つっても白い粉だから、変な誤解を生まないように、巾着を被せてこっそり隠して置いてるけどね。




でもね、でもね。問題はその言い方。

妙に楽しげに聞こえたのだ。愉しげ、というか、肝試しをする時や怖い話をする時に、人を怖がらせる為にわざともったいぶって大袈裟に話すけど、あんな感じ。


さぁ、怯えろ。悲鳴を上げて泣き叫べ。


そんな反応を期待されてるように感じた。




何?そのすごぉく楽しそうな調子で怖いこというのは。何か恨み買うようなことしたっけ?


でも、ほぼ初対面の看護師さん、の筈。と言ってもへっぽこは昔から目的地に向かって猫まっしぐらの所があるから、余程目立つことをしないと視界に入っていても目に留めない。顔を覚えるのも苦手。だから何かしでかしたのかもしれないが。


だが、ごめん。へっぽこは天邪鬼で負けず嫌だった。


そこで女性らしく「まぁ、嫌だ。嘘でしょ、やだぁ。どーしよー?」

なんて台詞は、素ではとても言えないタチ。




髪の毛の漢字は、「髪は長〜いお友達」と唱えながら覚えたように、女性にとって、また妙齢の男性にとっても大事なお友達。それを笑って言うか?とメラッときてしまった。




へっぽこは小さい頃から女のコ同士でつるむのが苦手で、女子が多いのは疲れるという、ただそれだけの理由で文系ではなく理系を選んだくらい、ジョシにあまり馴染まなかった。そして、類友という言葉通り、出来た友だちもそういうタイプばかり。だからファッションとかメイクとか恋バナの話はほぼ無く、青い筈の春を白と黒のモノクロ漫画の二次元の世界で過ごした。また、そういう話の合う仲間が寄り集まってきたので、いわゆるピンクなリアル女子トークはあまりしたことがない。初恋の相手は真壁くん。(ときめきトゥナイト)恋人にするなら太一(ちはやふる)か千秋先輩(のだめカンタービレ)結婚するなら久住くん(星の瞳のシルエット)くらいのもんだった。だから、いかにもな感じに迫られて、ついひどく淡白に返してしまった。


「はぁ、そうですか」


その反応は相手にはあまり面白くなかったのだろう。


「はい。では、これ」


ぶっきらぼうに、鍵つきの所に保管されているという抗がん剤の薬を机の上にポンと投げるように置いて、さっさと行ってしまった。


おーい。別にいいけどさ。これ飲むの確認しなくていいの?前の看護師さんは飲んだ証拠として空のケースを持って帰ってたぞ。


一瞬、呑むのやめたろか、と思ったが、そばにダンさんが居た。仕方なくプチンとケースから取り出して呑み込む。入院患者がちゃんと薬を飲んだか飲まなかったかを看護師さんはチェックしていた。専用の薬ケースがあって、そこに朝昼晩、服用前のものも服用後の空のケースも入れることになっているのだ。仕事が多くて大変だ。




その後、そのロングヘアの看護師さんを何回か見かけるようになったが、へっぽこの病室から少し離れた男性の病室の担当を主にしてるようだった。



「アハハ、◯×先生、それは◯△なんじゃないですかぁ?やぁだ、もう」


そう言って、まぁ、若いという程でもないけど、おじさんでもない適齢期過ぎくらいの男性医師の後をくっついていく姿を見てしまう。


いや、あなた。この前と随分声が違い

ませんか?


そりゃ、そうよね。看護師と言えどジョシだものね。そりゃ、こんな大変なお仕事してたら、ストレスも溜まりましょうとも。だって、へっぽこが朝とかに顔を洗いに少し遠くの洗面所へ向かう途中、たまに物凄い異臭が漂ってたりするのだ。夜中とかに大変なことになったオムツとかが、一時的にビニールに詰められて各病室の入り口に置かれているのだ。朝のお掃除の人が回収に来るまで、それらはそのまま。身体の動かない人をえっちらおっちらと抱え上げてシャワーを浴びせないといけなかったりもする。そりゃ、うら若きオトメにとって過酷な職場環境であることは間違いない。そんな中に、のほほんとヌイグルミに囲まれて読書してる女がいたら、こなくそーとつつきたくなるのはわからなくはない。


でもさー、と愚痴を言ったら、息子はサラッと答えた。


「看護学校で習ったことをそのまま言ったんじゃないの?教科書と同じように」


ほー、そうか。そう来るか。でも鈍いへっぽこでも悪意の気配くらい分かるけどね。





でも人生も男も色々。女だって色々なんだから看護師さんもそりゃ色々だよね。看護師さんも患者も、医師もお掃除の人も、そりゃ当然色々だ。白衣の天使だからって、いつでも笑顔じゃいられない。当たり前のことだけど、最終的には人間性だろうなぁと感じた一幕だった。そしてへっぽこも少し反省した。相手の求めるものを与えることの出来る強さ、優しさがへっぽこには足りてなかったんだなぁと。


だって、中にちゃんといたのだ。いつ見ても元気で笑顔で周りに元気を振り撒いてる天使が。だからせめてなるべく笑顔で気持ち良く過ごさなければという気付きを貰った。


と言いつつ、その内にそんな決意をさらりと忘れて、ワガママをするへっぽこがまた出てくるのだが、それはまた後ほど。

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