タコとわたし
間貫頓馬(まぬきとんま)
タコとわたし
食卓につくと、白い皿のうえには、うねうねと動く生きた蛸が乗っていました。
元気そうな様子でしたが、白い皿のうえだけがタコに許された行動範囲のようで、それより外には出ようとしません。皿の横にはナイフもフォークもなく、テーブルには、ただ白い皿と生きた蛸が乗っかっているだけです。
蛸は私の様子を伺っているようで、黒々とした目の玉を、体から飛び出んばかりにギョロリとさせて、こちらを見ていました。
私もそれに負けじと、蛸の目玉の奥を覗くように、じっと見つめ返しました。
睨み合ってからしばらく経って、突然「ぼん」と音を立てて、蛸が皿のうえで煙を上げました。
一瞬にして視界を覆った、白い湯気のような煙が晴れると、そこには真っ赤になって茹で上がった蛸がいました。黒々としていた目玉は、すっかり白目を剥いています。
ははぁん、さては恥ずかしさが極まって茹で蛸になってしまったんだな、と私は思いました。
茹で蛸のように真っ赤に、とは聞きますが、蛸であれば本当に茹で蛸になるようです。勉強になりました。
ナイフもフォークも見当たらないままだったので、私は茹で蛸を手で鷲掴んで、そのまま足に齧りつきました。ぶち、と音を立ててちぎれた足は、ぷりぷりの食感としっかりとした噛みごたえがあり、なかなかに美味でした。
見つめあった末に茹で上がってしまうほど心を傾けた人間に食べられるのですから、この蛸もきっと幸せでしょう。
天にものぼる、というには、少しかんじが違うかもしれませんが。
タコとわたし 間貫頓馬(まぬきとんま) @jokemakoto_09
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