第35話 Nostalgic Scenery

 陽一は、ディライトプラザ2階の多目的スペースで、YFAイベントに催すファッションショーのリハーサルを見学していた。


「ファッションショー素敵ですね。結城社長のアイデアには、いつも敬服します」

「中田さんは、僕を褒め過ぎ。何にも出ないよ」

「いや、私の本心ですから。結城社長の下で働けることを誇りに思います」

「中田さんを始め、皆が僕のとんでもないアイデアに付き合ってくれるから、今までやってこれたんだよ。ありがとう」

「これかもよろしくお願いいたします」

「こちらこそ」

「あ、今朝橘先生のところに展覧予定の作品を取りに行って来ました」

「そうだったね。ご苦労様」

「それがですね・・」

「どうしたの?」

「メインとなる新作だけ頂けなかったんです」

「あれ? 完成したって連絡があったんじゃなかった?」

「そうなんです。完成はしているようなんですが、どうしてもまだ持っていくなと言われまして」

「どうして?」

「1秒でも長く手元に置いておきたいと言われました ・・絵具が乾いてないかもって意味もあったようなのですが、新作に対する先生の情熱がひしひしと伝わってきたので・・無理強いできなくて、すみません」

「そっか ・・出来上がっているのなら問題ないよ。どんな作品だった?」

「それが、見せても貰えませんでした・・ アーティストの拘りなんですかね」

「へぇ~。じゃあ、後で僕からも確認しておくよ。万が一明後日の本番に待に合わなかったら大変だしね」

「力不足で申し訳ありません」

 陽一は、直人の復帰作品が無事に完成した事に、熱いものがこみ上げてきた。


 ファッションショーのステージでは、若手デザイナーが手掛けた新作が披露され、トリとなるKEYの衣装を纏った男女が現れると、現場から歓声があがった。


「モデルのカンナが、この仕事を引き受けたって聞いた時はビックリしました。それ以来、マスコミ等に注目されて、イベントのとてもいい宣伝になりましたが、あんな大物が変ですよね? 社長狙われてるんじゃないですか?」

「え? まさか。KEYの衣装希望だったし、田所さんこそ危ないんじゃ」

「それはないです」

「はっきり言うね」

「田所圭は、ゲイで有名ですから。ご存知なかったんですか?」

「そ ・・そうだったんだ ・・いいな」

「え?」

「ん?」

 陽一は、自身の性癖を堂々と公言している圭が羨ましいと思った。


「実はね、モデルのカンナ、僕の高校ん時の同級生」

 高校の入学以来、陽一を一途に思っていた倉本香苗くらもとかなえは、人気モデルになっていた。

 卒業前のデートで、陽一は自分には気になる人がいる事、その相手が男だと、倉本には正直に告げていた。

 モデルを目指す倉本と、社長修行中の陽一が仕事を通じて再会して以来、切磋琢磨する者同士、時々連絡を取り合うようになっていたのだ。


「え、ええええ! 橘先生といい、社長の人脈すごいですね」

「たまたまだよ」

「凄い、たまたまですね」

「ハハ ・・リハの後、彼女のご機嫌取りをしておくね」

 中田と話している陽一の上着ポケット中で振動が起こる。


「あ、中田さん、ちょっと失礼」

 携帯電話をポケットから取り出しながら、中田から距離を置いた。

 画面には、発信者『直』が表示されている。


 陽一は心を落ち着かせると、受話器を耳にあてる。

「もしもし、な・・お?」

「陽さん、お忙しい時にすみません。少しだけいいですか?」

「うん」

「あの、今朝、陽さんの会社の人達が、僕の作品を取りに来てくれたのですが、新作だけ渡してないんです」

「その件なら聞いたよ。絵具が乾いてなかったって」

「・・・・」

「直? こっちは明日中に貰えれば問題ないよ」

「よ ・・陽さんに最初に見て欲しくて」

 陽一は、電話の向こうで、恥ずかしそうに語る直人を感じると心が揺らいだ。

 先日自身の弱さを再認識して以来、直人とどう接するのが良いのかを模索していた陽一だったが、直人の変わらぬ健気さを喜ぶ自分に抗えなかった。


「直! 俺も直の復帰作、1番に見たい」

「陽さん ・・はい! 明日、持っていくので何時頃がいいですか?」

「・・俺が取りに行くよ」

「え? でも」

「とは言え、明日は丸一日予定で埋まっているから、早朝でいいならだけど」

「僕は、何時でも構いませんが、陽さん無理しないでください」

「ホテルの車を運転して行くよ。直の大切な作品だから、何かあっても困るしね」

「じゃあ、よろしくお願いします。裏戸開けておくので、裏から入って来てください」

「わかった。明日の朝多分・・6時位に着くと思うけど、家を出る前に連絡するね」

「わかりました。気を付けて来てください」

「うん、じゃ」

 電話を切った二人の頬が同時に緩んだ。


 翌朝、陽一は直人に言われた通り、直人の家の裏に回ると車を停めた。

 朝晩かなり冷えるようになり、陽一が車中から降りると息が少し白く見えた。

 直人は告げたように裏口を開錠していただけでなく、不用心にも開けっ放しにしていた。

 陽一は、大きな絵画収納ケースを車から取り出すと、裏口から直人の家の裏庭に足を踏み入れた。

 目に入った風景に懐かしさがこみ上げ、走馬灯のように昔の情景が陽一の脳裏を駆け抜けようとするのを止める。感傷的にならないように気持ちを自制すると、アトリエに向かった。


「陽さん」

 直人が、アトリエの裏ドアから顔を出した。彼の懐かしい笑顔が陽一の自制心を揺さぶる。

『あ~ 直 ・・君って人は』

 陽一は心の動揺を直人に読み取られないように鼻で深呼吸をすると、直人の傍に近づいた。


「おはよう。朝早くにごめんね」

「おはようございます。僕こそ、こんな時間に来させて、ごめんなさい」

「朝早い方が渋滞ないからね」

「こっちから入ってください」

「うん」


 陽一は、直人のアトリエの裏口から中に入る。

「懐かしいな~ 8年振りか」

 陽一は、思わず小声で口にしてしまう。

「そう・・ですね。相変わらず散らかってます。コーヒーでも淹れましょうか?」

「ありがとう。でも、早く社に行かないといけないから、作品を見せてもらうね」

 陽一は、長居したくなかった。直人に対する押し殺している感情が爆発しそうだったからだ。


「そうですよね。こっちです。どうぞ見てください」

 直人は、イーゼルに掛けてあるキャンバス前に陽一を案内する。

 直人の新作前に立った陽一は、暫くの間、瞬きを忘れてしまうほどに魅入られてしまった。



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