第34話 He is always in you
圭は、直人の涙に心を奪われて以来、彼の作品を見るようになった。
それは、噂で聞いていた以上の仕上がりで、絵の分からない圭でさえ素晴らしいと感じた。
直人は、校庭や校舎、教室、バスケットコートなどの学生時代を物語る作品から始まり、デートスポットや、ビーチ、カフェ、家、キッチン等、生活を表現する作風が加わっていく。
直人の絵には必ず、直人の言う精霊が描かれていて、一見ファンタジーに思えるのだが、直人の生み出す独特な色彩は悲壮感を持ち合わせていた。
そのためか、圭は、直人の作品を見る度に、理解出来ない胸の痛みを感じた。
直人がイタリアに来て、1年が経とうとした頃、学校で直人に関する妙な噂が流れる。
「圭、直人の新作見た?」
冬休み日本に一時帰国していた圭は、直人の最近の作品を知らなかった。
「日本に帰ってたから、知らないよ」
「そうだったね」
圭は、話掛けて来た友人2人が不可解な笑いを浮かべているのに嫌悪感を抱く。
「何? どんな作品なの?」
「いや~ あれは、ポルノになるのかな?」
「凄くエロい」
「え?」
今までの直人の作品はどれも官能的では無かったため、圭は今直ぐこの目で確かめたくなった。
「まだ、展示されてるの?」
「うん」
「圭ってもう、直人とさ、そう言う関係じゃないよね?」
「そう言うって何?」
「いや、違うなら、僕誘ってみようかな? 彼キュートだからね」
「あの絵の二人、どう見ても日本人同士だけど ・・イタリア人男性の魅力も教えないと」
「だよね ・・ハハハ」
圭には、友人2人の会話が全く見えなかった。
「おいおい、何言ってるんだよ」
「ま、圭も見れば分かるよ」
「ゾクゾクっとしちゃうから」
「アハハハ」
「アハハハって、全く」
圭は、意味不明な会話をする二人から離れると展示室へと小走りで向かう。
『直人、何を描いたんだ』
展示室に到着すると、一枚の絵に人だかりが出来ていて、圭はそれが直人の作品だと推測した。
【ドクン】
「え? 何これ?」
「圭、直人の今度の作品凄いね~」
その場に居る者は、圭に対して直人の新作について語って来たが、圭の耳には届いていなかった。
目前の一枚に圭の全神経を奪われていたからだ。
その絵には、性行為をする二人の男性が描かれており、面影からその内の一人は直人だろうと思われる。
官能的ではあるが、汚らわしさは微塵もなく実に美しく描かれていた。直人の作品では珍しく精霊達以外は、モノトーンで仕上がっていて、いつも躍動的な精霊が静かに抱き合う二人を見守っており、絵の静寂感を際立たせていた。
また、黄金色の瞳を持つ2体の天使が、輝くパール白色で描かれていて、憂いな表情で宙を舞っていた。
今まで直人が仕上げてきたどの作品よりも、美しさの中に哀愁が漂っており、圭は右手で胸を押さえた。
この場に居る者も、最初は官能的さに興味をそそられるが、静かに作品を鑑賞するうちに哀傷に襲われ、涙する者さえ居たのだ。
【さようなら】
作品のタイトルを見た圭は、予想外さに驚くと同時にハッとする。
今まで描き上げた直人の作品を振返った圭は、直人と恋人との出逢いから別れまでを描いていたのだと憶測した。
圭は、先日の直人の涙の意味を知ると今直ぐ彼に会いたくなり、作業部屋に急いだ。
「直人!」
作業部屋のドアを開けた圭は愕然とする。
直人が狭い部屋の中央に横たわっていたのだ。
圭は、病院のベット脇で林檎を剥いていた。
「イタリアまで来て、栄養失調って、何やってるの」
直人が描き上げた作品への想いに気付いた圭は、冗談めいて直人に語り掛けたが、内心上手につくり笑いが出来ているか不安だった。
「迷惑掛けてごめん」
直人の切な過ぎる声が圭の心に飛び込むと、圭は一度目を閉じてから口を開いた。
「直人、日本で何があったか知らない僕が、こんな事を言っても余計なお世話だと思う。でも、直人の力になりたい ・・ならせて欲しい」
そう告げると、病院のベッド上に座る直人を優しく抱き寄せた。
【違う ・・嫌だ!】
直人は、陽一以外の誰かと肌を触れ合う事に強い拒絶感を抱くと全身の神経が逆立つ。だが、直人には抗う気力さえ残っておらず、その日は、そのまま圭を受け入れる事にした。
圭は直人に、過去の苦しい思い出を消し去る事が一番だと言い聞かせ、圭との新しい時で塗り替えようとした。
そして、直人もいつしか、圭の言葉を信じるようになっていくが、『さようなら』の作品以降、日毎に絵と向き合うことが苦しくなってしまう。
直人の目に精霊達が霞んで見えるようになると、直人は今までのやり方とは違う絵の道を模索するようになり、イタリアの大学では技法等を必死で身に付けたのだった。
そして、日本を離れて3年が過ぎた頃、圭の直人に対する想いを身体で受け入れるようになった。
ー8年後ー
シャワーを済ませた直人がキッチンに入る。
「あれ~? 圭、食い物は?」
キッチンには圭の姿も、彼が話していた食事も見当たらないため、直人はアトリエに戻る。
「圭? お腹空いた ・・食べ物どこ?」
直人の作品前に立つ圭の耳に、直人の声が微かに届く。
「・・直人?」
「そう、直人。圭、どうした? 俺の作品の凄さに今更ながらビビった?」
茶化した直人だったが、今までとは明らかに違う圭の心を読み取っていた。
「そう、ビビった。それと思い出した、直人がイタリアで描いた絵『さようなら』をね」
「あ」
「そう、あっ ・・だよね。この作品のタイトル当てようか?」
「え?」
「・・・・再会かな?」
「圭・・・・」
「直人の心の中に住み着いている人って、もしかして ・・結城社長?」
「圭」
「当り・・だよね」
「う・・ん」
「そっか、やっぱり。彼と再会したのって、最近なんだよね」
圭は、直人の絵と向き合ったまま、直人に背を向け語り続けた。
「最近の直人って僕の知る直人じゃない ・・元カレと再会して泣くくらい苦しいのに、どうしてか生き生きしてる ・・こんな絵まで描いちゃってさ。僕は・・完敗だね」
「完敗って、圭」
「皆、辛い過去を糧にしてとか、忘れてとか、言うよね。僕もそう思ってたから、イタリアで直人の傍に寄り添う事が、貴方のためになると勘違いしてた」
「・・俺はイタリアで圭と出会えて良かったって思ってる」
「まぁね、栄養失調で死に掛けてたからね ・・でも肉体関係を持つ必要はなかった。男同士なら友達で十分。直人と1つになりたかったのは僕。こんなに深く誰かを愛する人に、僕も愛されてみたかった ・・だから直人のためを思ってたのか微妙 ・・直人に興味を持った僕は、弱みにつけ込んだ」
「おい! 圭、やめてくれ! そんな言い方しないで欲しい ・・あの時、俺はお前に救われた。本当に感謝してる ・・アーティストとしては ・・前のように描けなくなったけど、それは圭のせいじゃない! 俺が悪いんだ! 陽さんを忘れる事で救われると考えたのは、俺自身だから」
「アーティストとしてだけじゃないよ。結城社長を想う事が直人の生きている証」
「分からないよ。陽さんを思うと凄く苦しい。でも、思い出したんだ。昔、俺は、陽さんの事を好きでいられれば、それだけで満足だった。ただ、それだけで息が出来たし、絵も描けたって事をさ。恋人になれた時は、夢のようだったよ ・・死んでもいいって思える程に。でも、そんな彼に酷い言葉を吐いた ・・陽さんを傷つけた ・・俺自身を憎んで、その罪から逃れたかった ・・だから、圭が忘れさせたとか ・・違うんだ」
「直人にそんなに愛されて 結城社長が羨ましい ・・別れた事を後悔してる? 寄りを戻したいって思わないの?」
「・・彼が幸せなら、これで良かったって思う。俺も画家として成功出来たし、またこうやって絵が描ける力を貰えただけで十分だから ・・だけど、圭にこれ以上甘えるのは違うと思う」
「だね。僕もこう見えてモテモテだしさ。ウジウジ男と一緒に居るのもね。それに変な気を使われるのも僕のプライドが許さないし」
圭は、道化ながらも時折声が震えた。
「圭、今まで本当に有難う」
直人は圭の背中に頭を下げた。すると、圭は直人と向き合う。
「僕も幸せだったから、お互い様。あ、でもコラボは続けるからね。金の成樹だもん。だから、これからもよろしく」
「ああ」
圭は、苦しい作り笑いを直人に向けた。
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