第8話 A wolf in Sheep’s skin
「お――――い! 橘」
部活の後、校門に向かっていた直人に陸が声を掛けた。後ろを振返ると、陽一と夾も一緒だった。
「部活の帰り? 遅くまでお疲れさま」
「相澤先輩・・・・有難うございます。皆さんもこんな遅くまで学校に居たんですね?」
「ああ、相澤先生からの個別指導」
陸が疲れた切った様子で応える。
「え?」
「もう直ぐ期末だろ?」
夾が説明を加える。
「ああ」
直人は納得した様子で首を数回上下に動かした。
「ああって橘君、随分と余裕ですね。君も優等生組ですか?」
「こら、陸ぅ、後輩に当たらない。俺達3年なんだから仕方ないよ」
「へいへい、相澤大先生」
「陸ぅ、陽一のお蔭で助かってんじゃん。あとちょっと一緒にがんばろ」
「夾は良い奴だよな~」
「ハハハ」
「橘、バスケ部どうだ? 俺達が引退しても皆真面目にやってるか」
「真面目に練習はしてますが、体育館が広く感じて」
「陸の身体と声がデカかったからじゃん」
「おい夾 俺だけじゃねーだろ」
「そういや、俺等3年って山脈みたいだったね」
「ハハハ、だなー」
陽一達に直人が加わり4人で歩いていると、後ろから誰かに追いつかれる。
「陽一」
名前を呼ばれた陽一が振り向くと徳田が立っていた。
「徳ちゃん・・どうした?」
「ちょっと体育館に来てくれないか? 成宮が呼んでる」
「りょぉ」
「陽一待ってようか?」
「有難う陸。でも、先に帰ってて。早く終わったら追いかけるし」
「分かったぁ~ 陽一足早いしな ・・じゃあ後でな~」
「走って転ぶなよ」
「ハハハ 気を付けるよ、夾」
「先輩、それじゃお疲れ様です」
「う――ん。橘、先輩二人に虐められないようにね」
「あ、はい。心得ます」
「おい!」
「アハハハ。じゃあね」
3人に別れを告げた陽一は、徳田と一緒に体育館に足を進めた。
「次期キャプテンの佐々木達と話だろうな」
「忘れてたけど、陽一って副キャプテンじゃん」
「そうそう、徳ちゃんが、仕切ってたから影が薄かったなぁ」
「アハハハ、それな」
直人は、陸と夾の会話を興味津々に聞いていると、いつの間にか校門に近づいていた。
「お、他校の女子が待ってるぞ」
校門付近に知らない制服を着た女子が立って居るのを、陸が見付ける。
「こんな時間にかぁ。もうほとんどの生徒帰ってるじゃん ・・・・って事は俺達?」
「あああ――・・・・って事は」
「また陽一目当てぇ!」
陸と夾が同時に叫ぶと、校門外で立っていた女子が陸達に気付き、怖い顔をして近づいて来た。
「陽一君の友達よね~」
陸と夾は顔を合わせると
「やっぱり」
と呟いた。
「ねぇ~ 貴方達二人って同じバスケ部でよく陽一君と居るわよね」
怖い形相の女子に陸と夾は言葉が出ず、まるで教師に怒られたようにその場に突っ立ってしまう。直人は突然見知らぬ女子の口から陽一の名が出た事に呆然としてしまう。
「陽一君って、今・・私以外の誰かと付き合ってるのか知ってる?」
「・・・・」
「・・・・いや~ そう言う事はあんまし話さないから」
隣で無言のままの陸の代わりに夾が応じる。
「絶対に他に好きな子がいるはず ・・」
女子は、3人の前で少しヒステリック気味になると胸元あたりで拳を握る。
「だって、最近は電話も出てくれないし、メールに返事もくれない」
「そ・・それは、ほら、インターハイ予選で忙しかったから」
「私も予選で忙しいんだって思ってたわ。でも終わってからも何の連絡もないもん ・・陽一君って・・お願いしなきゃ手も握ってくれないし、キスだって全然、でも入れるのは好きなくせに! 私きっと遊ばれただけなのよ~」
そう言うと、両手で顔を覆い泣き出しそうになる。
「まぁまぁ そう言う事は直接陽一に聞いた方がさ、良いと思うよ」
「そうそう、直接本人にガツンと言ってやれ」
陸と夾になだめられた女子は泣き止むと、顔を上げる。
「そんなの聞けない。だって別れようって言われたら怖いもん ・・でも他に好きな人が出来たなら ・・諦めるしかないし ・・だからね、私のために陽一君に聞いてみて ・・お願い。これ、私の電話番号」
そう言うと名前と電話番号が書かれた可愛いメモを、夾の手の中に無理やり押し込んだ。
「お願いしたからね。有難う」
さっきとは違いスッキリした様子で立去って行く女子の後ろ姿を、3人は唖然とした面持で見送った。
「
夾が託されたメモを広げて二人に教える。
「陽一のせいで女恐怖症になりそうだわ」
「あ、俺も」
陸が身震いしながら言うと、夾が同意する。
「あの~ 今の人って相澤先輩の彼女さんですか?」
直人の素朴な問いに陸と夾は勢いよく首を横に振る。
「陽一って、彼女作らないじゃん。多分セフレ?」
「橘、中学の時、陽一の噂聞いてないか?」
「え? どんな・・・・」
「羊の皮を被ったオオカミってやつ」
「どういう意味ですか?」
「陽一ってほら、一見貴公子みたいじゃん?」
「でも、中身はケダモノなわけ」
直人は陸と夾の言葉の意味は理解出来たが、陽一と結びつかなかった。
「ほら! 橘もすっかり騙されてるじゃん」
「え?」
「陽一の事、素敵で優しい先輩ぃ ・・とか思ってるだろ!」
「アイツ、穴さえあれば何でもいいんだぜ」
直人は、さっきの女子が告げた『入れるのは好きなくせに!』を理解する。
「う、嘘ですよね! そんな相澤先輩がそんな ・・やりチンだなんて」
「アハハハハ。それ陽一に言ってやれ! 俺もそこまでは言った事無いな~」
「でもその通りじゃん」
「確かに ・・中学の時なんて誰か腹ませるんじゃないかって、俺が冷や冷やしたよ。・・でもさ、問題なのが陽一本人は、遊んでいる気ないんだよな。本気でもないけど真面目には付き合ってるみたい。結局、陽一からの愛情を全く感じなくて不安になって、女の子の方から自滅するって言うか ・・ほら、さっきの子みたいに」
「へぇ~ 陽一からは別れないって事かぁ?」
「多分な~ 女子から聞いた話じゃそうみたいだな」
「陽一の事が好きなら割り切って付き合えばいいんじゃね?」
「女心は分かんねぇ~ な、橘 ってお前大丈夫か? 震えてるぞ」
陸と夾は明らかに動揺を隠せないでいる直人に気付くと、顔を見合わせた。
「ま、陽一が酷いのは多分女にだけだし ・・?」
「そうそう、男の後輩には優しいからさ」
陸と夾は、慌てて陽一のホローをする。
「僕、し・・失礼します」
「は?」
「あ、その ・・忘れ物をしたので、教室に戻ります。お疲れ様でした」
直人は、深く一礼をすると二人の前から走り去った。
「あちゃ~ 橘には刺激が強すぎたかぁ」
「そうかぁ? ・・本当に忘れもじゃね?」
夾は直人の動揺にはあまり関心を示さず、校門で足止めされていた歩を駅に進めたが、陸は何か心当たりがあるように、1つ大きな溜息を付いた。
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