第7話 It's Nao's world

「ずっと気になってたんだけどさ、橘にはそれが見えてるんだよね?」

 澄み切った夏空の下、蝉達が大合奏をしている校庭で、陽一は直人の絵を眺めながら質問を投げかけた。

「あ、精霊達ですか?」

「精霊? なんだ」

「先輩には見えないんですか?」

「・・・・見・・えないよ・・多分俺だけじゃなくて、殆どの凡人には見えないと思うよ」

 

 直人の作品は風景画が多かった。そして絵の中の木や大地、草花などには、必ず精霊達が一緒に描かれていて、それ等は直人が見えているかのように躍動的だったのだ。直人は、目に見える物体だけでなく、空気や湿気など目に見えないが、そこに存在している物質の精霊も描くため、沢山の異なった精霊達が登場していた。


「じゃあ、僕も見えているんじゃなくて、想像ですかね」

「いや、その描き方はどう考えても見て描いているよ」

「そうですかね・・じゃあやっぱり、僕にはあの子達が見えているんですね。相澤先輩にも居ますよ」

「・・・・!!!」

 陽一は、直人の言葉に慌てて後ろを振り返った。

「こ・・怖い事言うなよ!」

「アハハハ。お化けとかじゃないですよ。それに、人の精霊達は普通、僕には見えないので珍しいです。精霊じゃないのかな? だって可愛い天使みたいな、先輩の肩に乗ってるの・・いつも眠ってるんですけどね。どの精霊もわりと忙しそうに動いてるのに、先輩のはいつも寝てるんですよ」

「俺に似てマイペースってこと?」

「そうなんですかね? それよりも、先輩の肩の居心地が良いからじゃないですか? 陽一さん・・・・名前にあるようにポカポカとしてるから、うたた寝してしまうんですよ。きっと」


『陽一さん』

 直人に名前を呼ばれた陽一の心臓が高鳴る。


「あ・・ハハハ。そう・・かな。そんな事初めて言われたけど、嬉しいね。有難う ・・天使かぁ~ 見てみたいなぁ」

「いつかきっと会えますよ」

「だといいな」

 そう告げると陽一は空を見上げた。


「僕の父さんも画家だったんです」

 直人も空を見上げると、ポツリと言葉を溢し始めた。

「父さんの絵は僕なんかよりも、もっとずっと素敵でした」

「でした? もう描いてないの?」

「死んじゃいましたから・・」

「あ・・ごめん」

 陽一は直人の事を全く知らないのだと気付かされる。

「僕の父さんが、例えばここの校庭を描いたら、異世界の校庭に変わるんですよ。それは、見た事もない木や花や、大地までもが異世界物に変わってしまって。でも校庭なんです。父さんの絵で素敵なのは、1つだけここにある物をそのままで描くんです。そこだけが異世界じゃなくて。ここからだと・・・・ほら、あのベンチとか」

 そう言うと、直人は少し先に誰も座っていない古びたベンチを指差した。

「あのベンチだけがそのままの姿で、異世界に登場するんです・・・・ 僕はそれが好きでした」

 直人は、亡き父を思い出しながら語る。

「そんな父さんが、僕が小学校の頃、突然絵が描けなくなったんです」

 陽一は、直人の父に対する想いを想像すると、切なくなり口を右手で押さえた。

「母さんが父さんを慰めるのを毎日聞きました。二人共とても辛そうで苦しそうで ・・そして、ある日父さんはフラリと出て行って ・・変わり果てた姿で帰ってきました」

「橘・・・・」

「あ・・ごめんなさい。先輩優しいから何だか僕甘えちゃって。こんな暗い話聞きたくないで・・」

「俺は聞きたい。橘が話してくれる事は何でも聞きたい」

 陽一は真剣な眼差しで直人を見つめた。

「あ・・りがとうございます。こんな事を誰にも話した事ないんです。先輩だから・・かな。父が最後に苦しむ姿が頭に媚びりついちゃってて、だから・・ 僕もいつか絵が描けなくなるんじゃないか、なんて そう思うと・・不安で・・凄く怖くて・・」

 そう告げた直人は、身体を小さく竦め悲し気な瞳を閉じて俯いた。

 陽一は、悲しい過去と向き合い苦悩する直人の心に、寄り添いたいと強く思ってしまう。


「だからバスケ始めたの?」

 直人は、陽一の言葉に俯いたままだが小さく頷いた。

「中学に入って美術部じゃなくて、他に楽しめるような部活を始めようって思ったんです。それで・・・・」

 直人は何かを頭に描きながら顔を上げると、目線を何処か遠くに送る。

「それで?」

 陽一が優しく話掛ける。

「それで、放課後体育館に行ってみたんです。そしたらドリブルの音がして ・・・・相澤先輩がシュートを放った」

 遠くにあった直人の目線が陽一と重なる。

「その姿がとても綺麗で ・・・・天使が二人傍に居て ・・・・ただ美しいと思ったんです。先輩・・貴方の事を」

 そう告げた直人は、自分の大胆な発言に気付き、突如顔を赤らめ再び俯いた。

「それでバスケ部に入ってくれたの?」

 陽一の問いに直人は顔を赤らめたままコクリと頷いた。

「そっかぁ ・・・・有難う」

 陽一の意外な言葉に直人は顔を上げる。

「男の人を美しいって思う僕をキモイと思わないんですか?」

「え? 何で? 美しいって言われたら男だって嬉しいよ。橘って可愛いなぁ~」

 その言葉に直人の顔が更に赤くなると今度は両手で顔を隠した。

「ハハハハ 可愛い~」

「先輩・・虐めないでください・・・・」

「アハハハ」

 陽一の楽し気な笑い声が校庭に響き渡った。


 

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