第16話 驚き
「え? な、え……」
困惑か怪訝かはたまた驚愕。
表情から読み取れる感情は色々とあるが、口から出たのは一つの音。
「ええーーー!?」
翔太の大きな声が、隣にいる竜司の鼓膜を殴打する。
いま二人が居るのは奇跡屋の店内だった。
〜〜〜〜〜〜
時はほんの少しだけ遡る。
竜司は翔太を連れて商店街にたどり着き、奇跡屋入り口へと繋がる道の前にいた。
無言のまま服屋と精肉店の間、路地裏とすら言えないような建物の隙間に入っていこうとする竜司に翔太は疑問の声を上げる。
「え、ちょっ、ほんとにどこに行くの? こんなとこ何もないよね?」
「まあまあ、付いてくりゃ分かるって。ほら行くぞ?」
言い終わるや否や、竜司はその大きな体を精一杯縮めてカニ歩きで隙間に入ってゆく。
長身の高校生が建物の隙間に入ってゆく光景はなかなかに珍妙で、いつもの翔太であればそんな竜司をからかうところだろうが、それ以上発言することはなくしぶしぶ竜司の後を追う。
やはり先ほどの出来事の影響は大きいのだろう。早く元気になって欲しいものだ。
そうこうしていると奇跡屋の扉がある少し余裕のある空間に出る。
「おし、ちゃんと扉あるな」
最初に来た時とは異なり光を放っているわけではないが、おしゃれな木製の扉はしっかりと存在を主張している。
遅れて翔太がやってくると、
「え、なにこのスペース……なにこの扉……?」
不自然な空間と不思議な扉を見て、立て続けに疑問を口にする翔太。
そんな友人にネタを明かすのは今ではない。竜司は無言のままドアノブに手をかける。
すると右手の甲にベルスタンプの桃色の光が小さく灯る。どうやらゼロの言っていた通り、入店許可証としてしっかり機能したようだ。
ガチャリと音を立ててドアを開けると、その先には光がなく真っ暗な空間が広がっている。
竜司はもはや見慣れているが、暗闇は人の本能的な恐怖を煽ってしまうものだ。大丈夫だろうかと思い、翔太の様子を見てみる。
「ちょっ、え? 何が起こってるのこれ?」
どうやら恐怖などそっちのけで、度重なる不可解な現象に疑問が止まらないようだ。
友人の疑問を解消するため、竜司は翔太の腕をがっしりと掴み、声をかける。
「よし、入るぞ翔太!」
「え、待って竜司。ねえ説明は? 僕なにもわかんないんだけど。これ入るの? え、ちょっと、うわああああーーー!!」
友人の大声と共に竜司は暗闇へと一歩踏み出す。
すると、カランコロンという心地良い鈴の音が耳に届く。
そしてそれに続くように、ゼロの綺麗な声が鼓膜を震わせた。
「いらっしゃいませ、奇跡屋へようこそ」
聞き知らぬ声に反応して翔太が目を開けて、話を冒頭へ繋がる。
〜〜〜〜〜〜
「ははははは! いい反応すんなぁ翔太!」
思惑通りなリアクションをしてくれる翔太を見て、満足げに笑う竜司。
噂の真相を目の当たりにして呆然とする様子は、いつもの翔太のイメージとはかけ離れており、それもまた面白いと感じる。
そんな風に考えていると、ゼロが竜司に近付いてきた。
「いらっしゃいませリュウジ様。こちらに来られたということは、無事にトゥエルブを除霊することができたのですね。おめでとうございます」
「ありがとうございますゼロさん。全部ゼロさんとユナさんのおかげっすよ。俺の横にいるのは
竜司はそう言うとコンビニ袋をゼロに手渡した。
ゼロたちには感謝してもしきれないほどの恩がある。なのでせめてもの恩返しとしてお菓子を買ってきたのだ。
竜司が感じている恩を読み取ってか、ゼロは微笑みながらそれを受け取った。
「ありがとうございます。ではこちらは後でいただくことにいたします」
二人がやりとりをしている間に、翔太は意識を取り戻すことに成功したようで、興奮を隠すこともなく竜司に質問責めをする。
「ねえ竜司! ここなんなの!? あの浮いてる椅子はなに!? 棚も動いてるし……っていうか天井高い!」
見るからに興奮している。聞きたいことがあまりにも多すぎて、情報量が渋滞している様子だった。竜司が気圧されているとゼロから助け舟が出される。
「初めましてお客様。紹介が遅れてしまいましたが、私の名前はゼロと申します。この度のご来店、まことにありがとうございます」
話しかけられた翔太は、そこで初めてゼロを見た。
普段の翔太ならば初対面の人に礼節を欠くようなことはあまりしないのだが、興奮しているせいかゼロを認識していなかったようだ。
「あ、はい初めまして。僕は相川翔太です……」
反射的に翔太も自己紹介する。しかしゼロの美しさに圧倒されてか言葉が尻すぼみになっていた。
「先ほどのリュウジ様への質問ですが、
「はい、お願いします……」
驚きはまだ翔太の胸中を占めているのか、明確なほど声は小さい。
了承の意を受けたゼロはニコリと微笑んで答える。
「ありがとうございます。ではまず、奇跡屋とはなんなのか? というところから説明させていただきますね」
その言葉から察するに、どうやら一番最初に竜司に見せてくれたパフォーマンスをしてくれるらしい。
新しいお客さんが入るたびにあれを見せるのだろうか。などと考えているとゼロの演出は始まる。
二歩うしろに下がって、周囲の商品棚から演者を呼び寄せて行われる奇跡屋の口上。光を反射する美しい金髪をなびかせながら自慢の店を紹介する様は、流石の一言に尽きる。
「ここには私があらゆる世界、あらゆる時代から集めた商品が並んでおります。呪術、妖術、精霊術に陰陽術……」
竜司は一度見たものではあるがやはり目を奪われてしまう。二度目でこれなら初めて見ている翔太はもっと驚いていることだろう。
その口上はまさに見る者を圧倒するほどで、あっという間に終わりを迎えた。
「どうぞ、奇跡と呼ぶに値する品々をご堪能ください」
そしてゼロが最後のセリフを言い終える。
目を奪われて言葉を失っていた翔太は、数秒の空白ののち、興奮気味に話しかけてきた。
「すごいよ竜司! さっきの見た!? ゼロさんの周りにいろんな道具が浮いてたよ!」
その様子を見るに、どうやら翔太はすっかり元気を取り戻したらしい。
竜司も思わず微笑んで、
「ああそうだな」
と返す。
するとここでゼロから一つ提案される。
「リュウジ様、ショウタ様。先ほどの質問に対する説明も兼ねて、もしよろしければ店内を自由にご覧ください。きっと楽しんでいただけると思います」
「いいんですか! やったね竜司!」
翔太が喜びを露わにするのは当然として、対照的に竜司は申し訳なさそうな顔を見せる。
「いや、もちろん嬉しいんですけど大丈夫っすか? 今日は支払いのためと思って来たんで……」
翔太を元気付けるために連れてきたのは確かだが、とはいえそこまでゼロの厚意に甘えてしまっても良いのだろうかと二の足を踏む竜司。
そんな彼に対してゼロはかぶりを振る。
「いえ、お気になさらないでください。もとはと言えばリュウジ様にまた後日商品を見てもらう、という口実でベルスタンプを使用したのですから。これくらいはしなければ商売人としての誇りに傷が付いてしまいます」
「ほら竜司、ゼロさんもこう言ってくれてるし、素直に見ていこうよ!」
ただの有言実行だと言ってくれたゼロに、これ以上ためらうのは失礼かもしれない。竜司はそう考えて、提案を受け入れることにした。
「わかりました。んじゃあお願いします」
「はい承りました。それではこちらへどうぞ」
ゼロはにこやかな表情のまま、二人を案内してくれた。
フロートチェアや商品棚、奇跡屋のこと説明をしたり、ついでとばかりに天井の照明についても教えてくれる。
竜司もそれに関しては初耳だったのだが、天井に嵌め込まれた光る結晶体は商品の状態を維持する保存機能があるのだそうだ。
特殊な鉱石に仙術で加工を施すことにより保存機能を付与し、更にそれらを
もはや奇跡屋ではお馴染みのことだが、また竜司の知らない技術が出てきた。一つの謎を説明されると、さらに知りたいことが増える。この店を知り尽くすにはいったいどれだけの時間が必要になるのだろうか。
何度目かもわからないこの感覚。謎の無限増殖は竜司と翔太の気分を高揚させてくれる。
未知とは、かくも面白い。
その感情を共有できる友人といるならばなおさらだ。
そしてゼロの
呪術によって作り出された人除けの札や、仙術の力が込められた風雷の宝玉など、様々な商品を見てゼロの説明を聞くたびに、二人は楽しそうな笑顔を浮かべる。
なかでも翔太の反応が良かったのは、超能力の効果を飛躍的に上昇させる道具だった。見た目はネックレスにそっくりで、商品名は
超能力の動力源とも言える思念を増幅させることで、超能力を強化する道具なのだそうだ。
元々はとある世界で超能力軍人の戦力拡大のために開発されたらしいが、ゼロの訪れた時代では既に戦争も終わり、その当時ではもっぱら弱い超能力を補助するために改良されていたのだという。
たしかに見た目もファッションに取り入れやすいようなデザインで、これを屈強な軍人が着けているとは考えられない。ミスマッチにも程がある。
上述したように、道具にも時代背景があるというのもまた新鮮で、浮き足立つ心を抑えられない。
ちなみに竜司が最も目を惹かれたのは霊力振動刃生成器だ。トゥエルブと初めて遭遇した時にゼロが使っていて、その時は流石にスルーしていたが改めて見てみるとかなり男心をくすぐる道具だと思う。
なんといっても光の刃を作り出すのだから、カッコいいにも程がある。まさに男のロマンが詰まった武器と言えよう。
きっとこれを作った人はかなり漫画やアニメが好きなのだろう。でなければ竜司の好みどストライクどころか、空振り三振をもぎ取るような見た目にできるとは思えない。
そしてしばらくすると、翔太が一つの商品に興味を示す。
「あ、ゼロさん。これは何ですか?」
翔太が手に取ったのは見覚えのあるガラス玉。色とりどりのキューブが詰め込まれた綺麗な商品だった。
「そちらは
言いながらゼロは至極滑らかな動作で、ガラス玉に手を突っ込んでみせた。ガラスの表面は水のように波打ち、ゼロの手が抵抗なく入り込む様子がありありと見せつけられる。
当然、翔太は目を見開き「えっ!?」と驚いた。
後ろでは竜司が(そうなるよな)と頷く。謎の解明とそれに伴う驚愕は奇跡屋の
翔太が驚いている間にゼロはガラス玉から手を引き抜き、一つの黒いキューブを取り出した。
「
黒いキューブを手のひらに乗せて説明するゼロ。
「ねえ竜司見た!? 右手がスッ……て入ってったよ!」
「ふっふっふ、俺は前に見たことあるからな。これを買った時にな」
目を輝かせた翔太が鼻息荒めで話しかけると、得意げな表情の竜司が制服のポケットから赤いキューブを取り出してみせる。
「え!! それ買ったの!?」
「まあお試し期間ってことだから、支払いはこの後だけどな」
「へー、じゃあそれにもなにか特殊な力が込められてるの?」
「お前も見てただろ? ほらあの悪霊と戦った時のやつだよ。百個の籠手を召喚する能力が入ってんだ」
すると感心したような顔で、竜司の持つ真っ赤なキューブを見つめる。
熱心に竜司の手元を凝縮する翔太の姿。彼の幼いとも形容できる容姿も相まって、玩具に興味津々な赤ん坊のようにも見えてしまい、小さな笑いがこぼれる。
そんな二人の仲の良いやり取りを見ていたゼロは、タイミングを見計らって切り出した。
「追加の情報ですがこちらのクアボアというガラス玉は、とある惑星の言語では見通す宝箱という意味を持ち、様々な道具を入れてスノードームのように飾るのが定番となっています。収納機能と見た目の良さが人気の
こうして客の状況を見ながら好奇心をくすぐる説明を付け加えるあたり、流石だなと思う。
まあどちらかと言えば、お店を運営する店主というよりも、購買意欲を刺激する販売員といった方がしっくりくる気がするが、きっと彼にとってはそれほど違いはないのかもしれない。
そこからさらに時は過ぎ、二人はやがて興奮して加速し続ける鼓動に音を上げることとなった。
「ふいー、いやーすごいねこのお店。どれだけ品物があるんだろう?」
「さあなー、数えきれねえんじゃねえか? さて、そろそろ帰るか。俺もさすがに疲れてきたわ」
「僕もー」
友人との会話を終えると、竜司はゼロに話しかける。
「じゃあゼロさん。遅くなったんすけど、支払いの仕方を教えてもらってもいいですか?」
「かしこまりました。それではお支払いの準備をさせていただきます」
ゼロが言っていた霊力による支払いとは、いったいどんなものなのだろうか。
少しワクワクしながら、その時を待つ竜司であった。
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