閑話 元第四王子の憂鬱

ヨハンナ第一王女(ヨーゼフ第四王子)視点


「今頃、うまくいっているかな……」


 自らの意思で遠く離れたデ・ブライネ辺境伯領に残った兄エルヴィンのことを思い出した。

 手がかかる弟みたいな兄だ。


 体ばかり鍛えたせいか、人一倍図体は大きいのに驚くほどに気が小さい。

 それでいて、ひとたび、戦場に立てば、軍神と呼ばれるくらいに活躍する英雄なんだから、人とは分からないものだと思う。


「この飴を舐めれば、本当に平気なのか?」

「私を誰だと思っているんですか? この超絶怒涛! 天才魔導師の私が魔力を注いで作った特製の飴玉ですよ」

「ヨハンナだろう? とにかく、スゴイんだな」

「聞いた私が悪うございました……」


 兄には嫌味や皮肉なんてものは通じない。

 どこまでも純真と言えば、聞こえはいいがきっと脳まで鍛えてしまっただけのことだ。

 仕方がない。


 だが、私はこのエルヴィンのことが嫌いではない。

 むしろ好きだ。

 何を考えているのか、分からない一番上の兄や善良な振りをしているだけで自らの身を破滅させた兄に比べると分かりやすい人だというのも大きい。

 嘘を付けない人柄は長所であり、短所だ。


 王族としては欠点とみなされる。

 そのせいで汚れ仕事とも言うべき、戦場に駆り出される日々だったんだろう。


 だから、ある意味、あの邪な兄カスペルの暴走には感謝しているのだ。

 あの事件がなければ、善良な兄がしがらみから、解放されることはなかった。


「まぁ。頑張って、兄上」

「ああ」


 そう言って、後頭部を無造作に搔き毟る姿はまるで少年みたいだ。

 そんな自然な姿をヴィルヘルミナに見せることが出来たら、問題ないんだけどね……。

 生来の気の弱さが思い人の前でさらに酷く出るんだよなぁ。

 何て、残念な人なんだろうか。


 だから、私は兄の背中を後押しすることに決めた。

 このままでは下手したら、あの二人は付き合うこともなく、この先の人生を生きていきそうだ。

 それでもいいと兄は言うだろうし、どこか鈍感なヴィルヘルミナは気が付かないままに違いない。


 嘘が嫌いな兄を相手にするのは気が引けるが、仕方あるまい。

 それにこれは嘘ではない。

 ちょっとしたトリックに過ぎない。


 私が魔導師であることを利用した一種の勘違いを起こさせるだけなのだ。

 兄に『心のままに素直な行動がとれる魔法の飴玉』をプレゼントした。

 そんなものある訳がない。

 あったら、魅了の力に比肩するほどの危険物だろう。

 アレは単なる普通のだ。


 要は思い違いを起こさせる為の小道具に過ぎない。

 それで少しは二人の仲に進展が見られればいいんだが……。

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