わけなんて。(NL)

ー分かってくれる人なんていないの


あの日、彼女は困り笑いを見せながらそう言って僕の前から消えた。



チャイムの音を皮切りに教室はざわつきを取り戻した。

椅子を引きずる音に生徒の愚痴大会、飽きるほど聞いた音は一緒くたに交わって僕の中では雑音と化し。白でびっしり埋められた緑は敵陣の一掃を待ちわびている。


「次、体育か…?」


少ない時間を無駄にしないようにさっさと準備を進めていると覆いかぶさる影。上を見上げると長めの長髪の下に銀色の何かを隠す同級生がいた。


「…なに?」

「お前黒板消せよ」

「え、でも今日僕じゃ…」


正論をぶつけようとすると牽制の拳が机を揺らす。


「いいからやれや、俺は忙しいの」

「ちょっとハヤトぉ陰キャ君怯えちゃって立てなくなっちゃうじゃーん」


草を携えた甘ったるい女子の声が背後で飛ぶ。そして次の瞬間座っていた椅子が蹴られて僕は地面に倒れこんだ。体全身を覆うような憐れみと嘲笑の混じった視線。今更こんなのがつらいとは思わない。ただ終わるのを待つだけ。


「こんな奴に構ってる暇あったら早く準備しようぜ」

「あーそうだな」


一人の優しさの皮を被った罵倒を最後にぞろぞろと人が教室から出ていく。そして誰もいなくなってから僕はその場に立ち上がった。幸いジャージは盗られていない。


「…はぁ」


叩きつけられた衝撃で痛む体を我慢しながら僕は黒板まで歩み寄って黒板消しを手に取って掃除し始める。授業までに間に合うといいのだが…。



きっかけは一人の少女の失踪だった。

彼女はこのクラスで随一の人気者だった。性別問わず、誰もが彼女のことを大好きで、彼女もまた誰にも優しく接していて先生からの評価も非常に高かった。


そんな彼女が数か月前。この街から姿を消した。


いつも明るく元気に登校していたはずの彼女が突然学校に来なくなったと思ったら、学校の先生は「失踪した」だなんてHRで言い出したのだ。最初はみんな動揺を隠せなかった。何故彼女が突然失踪したのか誰にも分からなかったから。しかし。


「このクラスにいじめがあったとは思ってないが…胸に手を当てて考えてみてほしい。もしかしたら彼女の嫌だと思うことをしていたんじゃないか?」


先生の要らない一言でクラスの目の色が変わった。彼女が消えたことには何か原因がある。そしてその原因はこのクラスの中に存在すると。



その日から僕はいじめられるようになった。

理由はいまだに分からない。でもクラスの中…いやこのクラスの強者たちの中では「僕が悪者である」という結論に至ったんだろう。


確かに僕は彼女と仲が良かった。でもそれは同級生としての中の良さであって、決して何か特別な仲であったというわけではない。ただクラスの人気者と嫌われ者が一緒にいたのは当事者の僕からしても違和感はあるわけで。きっと僕みたいな嫌われ者と一緒に過ごしてたから彼女が消えてしまったんだろという感じなんだろう。


ー私のことね、分かってくれる人なんていないの


彼女の一言がフラッシュバックする。夕焼けに染まった教室の中で呟くように消えたその一言。それが現状を物語っていた。


人間というのは酷く傲慢だ。自分の中の相手像が真実だと思っている。大体が自分の都合のいいように捻じ曲げているだけなのに、強者はそれを当たり前のように求める。


彼女はそれに疲れてしまったんだろう。

これも僕の傲慢的な思考だけど。


僕だけの教室にチャイムの音が響く。


やっぱり今日は遅れてしまうみたいだ。いっそのこと休んでしまおうか?僕がいなくたって授業に支障はきたさないんだから。


「…あ」


黒板の目の前、からっぽの席。


「あの時、僕はなんていえばよかったんだろうね」


帰ってこない疑問を投げかけて、僕は最後の白を消し去った。



(暗転)

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