絵師な彼女の愛は重い

菊理

第1話 夜中の会話

 あと少しで日が変わろうとする時刻。

少年と少女がパソコンの前で通話アプリを介しながら言葉を交わしていた。


「そういえばね瑞希‼挿絵、新しく一枚できたよ。」


 そんな声が瑞希と呼ばれた少年の耳につけているイヤホンから聞こえてきた。


「マジ?もうできたのか‼流石は雪音、仕事が早いな。」


 喜びの混じった声で瑞希が返答をする。


「えへへ……頑張ったんだよ。一応夏休みが終わるまでに一枚くらいは終わらせておきたかったからね。」


 雪音と呼ばれた少女が答える。


「でも大丈夫なのか?他にもやることがあったんだろ?」


「ボクのこと心配してくれてるの?」


「当たり前だろ?」


 何を当たり前なことを聞いているんだと瑞希は思いながら言葉を返す。


「ふふっ、ボクのこと心配してくれるんだ。でも大丈夫だよ。ちゃんとそこらへんは気をつけているからね。」


「そっか、それならいいんだけどさ。」


「とにかく送るね。描いたやつ。

あぁ、ちゃんと許可取ってるから。」


 それから数十秒後、瑞希のパソコンに雪音からデータが送られてきた。

瑞希は少しばかりわくわくしながら送られてきたものを見る。


 送られてきたのは一枚の絵。

銀髪の美少女が水着を着た絵だった。


「どう?結構気合い入れて描いたんだけど。」


 瑞希は送られてきた絵をじっくりと見る。

露出度がそれほど高いわけでも、凄くきわどいわけでもないのだが、なんというか、


「……エロい。」


 そう。瑞希が呟いた通りなんというかエロかった。


「でしょう?やっぱり頑張ったかいがあったね。」


「それにしてもよくこんなの描けたな。」


「まぁ色々と試行錯誤したからね。せっかくの水着回なんだから張り切っちゃった♪」


「張り切っちゃったってレベルかこれは?」


 色々とやりすぎなのではと思わなくわないが、彼女がそれでいいんならまぁいいかと瑞希は心の中で苦笑する。


「ちなみになんだけど、その絵と同じような恰好をしたボクの写真があるんだけど見たい?」


 雪音がからかっているような声で問う。


「はぁ?なにいってんの?」


「だーかーらー、ボクがその絵みたいに水着を着て自撮りしたのがあるんだけど見たい?」


「いや、なんでそんなの撮ってんだよ。」


「なんでって言われても……絵の参考資料として取ったんだけど?」


「なんだ、そうゆうことか」


 その答えを聞いて瑞希は納得したように声を漏らす。


「いや、だからって俺に見せる理由はないだろ‼」


 一瞬納得してしまいそうになったが、だからといって自分に見せる必要はないだろなんて思いながら雪音にツッコミを入れる。


「瑞希はボクの水着姿見たくないの?」


「見たい見たくないの問題じゃなくて、他人にそんな写真見せるなよ。しかも男だぞ。」


「別に誰にでも見せるわけじゃないよ。その……こんなことをするのはキミだけなんだからだよ?」


「そんなこと言うのはやめろ、勘違いしそうになるから。」


 ほんとにこいつは、こっちの気も知らないで……なんというか距離感が近いというか。彼女がいうには、こんなことする人は自分だけらしいから安心するというかよかったというか、なんか変な気持ちになるのだ。


(別に勘違いしてくれてもボクとしては嬉しいんだけどなぁ。)


雪音が心の中でそんなことを考える。


「雪音?」


 中々反応がなかったのでどうしたのかと声をかける。


「えっなに?」


「なに?じゃなくて、聞いてるのか?」


「えっ⁉︎うん、聞いてるよ、聞いてる。」


 少し焦ったような声色で瑞希の問いに言葉を返す。

 本当に聞いていたのかと疑問に思うが特に問うことはしなかった。早く今の話題を終わらせたかったのだ。


 けれど。


「それで?見たいの?見たくないの?どっち?」


 その話題は終わらず、振り出しに戻った。


 「見たいと言えば見たいんだが……」

 

 そう言いながら瑞希は想像する。彼女の写真を。

 彼女の、雪音の容姿は知っている。たまにビデオ通話をしながら話したりするし、一度だけ、過去に一度だけだかリアルで会ったことがある。だからこそ想像するのは容易いのだが……そこまで考えて瑞希は想像するのをやめ、無理矢理思考を停止させた。流石にこれ以上考えるとヤバいことになるなと思ったのだ。

 

 ……ちなみにだか思考していた瑞希の顔はほんのりと赤くなっていた。


「ふふっ、そっか見たいんだ♪じゃあ送ろうかい?」


「いや大丈夫、うん、大丈夫、この話はもう終わりな、送らなくて大丈夫だからな‼︎」


「うーん、仕方ない、今回は諦めよう。」


 瑞希の少し焦りの混じった声に対し、雪音は嬉しそうな声色で言った。


 その後、雪音がふと思い出したように話し始めた。


「そういえばね。ボク、夏休みが終わるまでちょっと忙しくなるからその間、いつもみたいに話せるなくなるよ。」


「そうか……そんなに予定詰まってるのか?」


 瑞希が不安げに聞く。


「いや、別にそういう訳ではないんだけど、ちょっと遠くに引っ越しするからね。その最後の準備に色々忙しくなるんだ。」


「引っ越すの⁉︎初耳なんだけど⁉︎」


 瑞希が驚きの表情を浮かべる。


「だって、キミには言ってなかったからね。逆に知ってたらおかしいんだけど⁉︎」


「まぁそうなんだけど。それにしても引越しかぁー。そりゃあ忙しくなるわな。」


「でも、今はそんなに忙しくないんだよね。

向こうに着いてから忙しくなるらしいんだけど。」


「へぇー、まぁ俺は引越ししたことがないからなんとも言えないけど寂しくないのか?」


「えっ⁉︎」


「いや、だって遠くに引っ越すんだろ?

仲良い人と離れるんだろ、だから寂しくないのかなって。」


「んーー

でもボク、そんな寂しいとかないんだよね。」


「確かに仲良い人もいるけど、凄く仲良いって人いないからね。長い期間会わなかったら相手のことも忘れていくだろうし、……だからそんな寂しいとかないかな。」


 そう何気なく言う雪音に対し、瑞希はなんと返したらいいのか分からなかった。


「……」


「急に黙らないでよ。別にボク、変なこと言ったつもりはないんだけど?」


「いや、だってな。」


「……なんと言ったらいいのか分からなかったからな。」


「そんな深刻そうにならなくてもいいんだけど。まぁ確かに、男子はなにかと構ってくるし、女子は女子でなにかと目の敵にしてきたりする人もいたけど、どうでもよかったからね。」


 その言葉を聞いて瑞希は複雑な気持ちになる。なんともない様な声色で雪音は喋っているが内心はどう思っているのか分からない。

瑞希にとって彼女は大切相手だからこそ、嫌なことがあるのなら相談に乗りたいし、だからといって自分からグイグイいくのもどうかと思っているので何もいえなかった。


「今のところ笑ってくれてもよかったんだけどね。」


 雪音はそう瑞希に伝える。

が、だからといって笑えないし、ジョークにも聞こえなかった。

 そして雪音は言葉を続ける。


「別にさっき言った人達はほんの一握りだし、それにもう会うこともないし、ボクはスッキリしてるくらいなんだけど。」


 瑞希としてはなんだか納得はいかないが。

それはそれとして。


「うーん、まぁ雪音がそう言うんだったらそれでいいか。まぁなんだ、なんか悩みあったら相談しろよ。」


「うん、そんな時が来たらしっかりと相談させてもらうことにしよう。……はい、この話はもうおしまい、いい加減脱線しすぎているでしょう?」


「まぁ確かに、脱線しすぎだな、じゃあさっさと元の話に戻るか。」


「えっと……引越しの話だっけ。

瑞希、なんかある?」


 なんかと言われても、と瑞希は思うがひとまず考える。暫く考えたのち、そういえばと、話を切り出す。


「雪音は何処に引っ越すんだ?遠いところとは言ってたけど。」


 雪音は少し考え。


「ひみつ♪」

 

 そう言い放った。


「教えてくれないのかよ‼」


 何か質問あるか?と言ったのは雪音のほうだろうと思わなくはないが。

別に絶対に知りたいというわけでもないし、雪音としても質問されたからといって答えなきゃいけないという義務は存在しない。

 だから瑞希は、口ではそう言っているものの彼女が答えたくないのであれば深く掘り下げる気もなかった。


「ふふっ、いずれ分かることだから楽しみにしててよ、きっと驚くだろうから。」


「???」


 何に対して驚くんだ?と思いながらちらりと部屋の壁にかかっている時計を見る。

もう日をまたいでいてそれなりに時間が経過していた。だからそれに対して質問するのは一旦止めにして時間は大丈夫かと問う。


「んー あっ本当だ。じゃあここまでにする?」


「明日早いんでしょ?なら終わりにしたほうがいいでしょ。」


「じゃあ今日はここまでだね。次は休みあけかな。」


「あぁ、ここまでだな。」


「次にを楽しみにしてるよ。」


「俺も楽しみにしてるよ。」


 ……ん、会うとき?喋るときじゃなくて?

瑞希は雪音にどうゆうことか聞こうとするが、時すでに遅し。


「あっもう切れてる……」


 雪音はもう通話から抜けていた。


 まぁ次の機会に覚えてたら聞けばいいやと思い、聞くことを諦める。

これからどうしようかなんてことを考えながら椅子から立ち上がり、

部屋の明かりを消す。

 部屋の中に存在する光はパソコンの液晶が映し出すものだけとなる。


 もう日をまたいでおり完全に夜中ではあるが、瑞希の目は冴えていてすぐに眠れる気がしないだから、光を頼りに椅子に再度座る。

 

(さて、もう少し作業しようか。時間があるうちにやっておかないと。眠くなったら終わりにして寝ればいいだけだ。)


 しばらくの間、部屋の中で聞こえる音はタイピングの音だけとなった。




_____________




 雪音は真っ暗になった部屋の中で、ベットの上に寝っ転がりながら先程まで会話していた彼のことを、瑞希のことを考えていた。


(あぁ……もうすぐ、もうすぐで瑞希、キミに会える。ボクがどれだけキミに会うことを待ち望んでいたことか。)


(ボクの好きな、大好きな、愛しい人。やっとキミにボクのすべてを捧げられる。)

 

 瑞希に対する思いがあふれ出る。

 

 「あははは‼やっとだよ瑞希!キミに会える。あの日からキミに会いたくてたまらなかった‼」


 挙句の果てには声まで出る。

近くの部屋で親が寝ているのにもかかわらず声が出てしまう。

仮に聞こえていたとしても無視してくれるはずだ。……きっとそうに違いない。


 雪音の頭は瑞希のことでいっぱいになる。

彼のことを考えるたびに胸の鼓動が高まる。

体が火照る。

下腹部が疼く。


 そして自らの手を下半身に移動させそのまま……


 止める。移動させた手を止める。

本当であればそのまま情欲を発散するつもりだった。


 一度始めてしまうと短時間では終わらない、僅かな理性を総動員し動きを止めた。


 そしてそのままもどかしい気持ちを抑えて、瞼を閉じる。







 ……雪音が眠れたのはそれから2時間後のことだった。

 

 


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