第8話 朝のお姉さんと委員長

 ちゅんちゅんと可愛い小鳥がさえずる声。


 いつもなら、朝の始まりを告げる気持ちいい声……でも今は、絶望を告げる悲劇の声。


「……結局全然眠れなかった……眠れなかった!」

 クルクルと布団にくるまったまま、全然眠れなくて目がパチパチになった僕は、朝日に向かって大きく文句を言った。


 結局昨日はモヤモヤして、悶々として、体がふにゃふにゃむらむらして、全然眠ることが出来なかった。


 そのせいで体はバキバキだし、目もしょぼしょぼするし、部屋はなんか変なにおいするし……これもそれも全部全部お姉さんのせいだ!

 全部全部お姉さんが悪いんだ!


 ぷくーっと、理不尽な責任転嫁をしながらそれでも学校の時間はやってくるので、なんとか体をよいしょと押し上げて、学校へ行く準備をする。


 ……シャワー浴びて、朝ごはん食べたら少しは眠気吹っ飛ぶかな?

 いや、でも……あんまり変わんなさそう。



 ☆


「……行ってきます……ふわぁぁぁ」

 誰もいない無人の部屋に向けて挨拶して、家を出る。


 結局、シャワーと朝ごはんでは気休め程度にしかならず、依然として眠たいし、頭には白い靄がかかったみたいにあんまり働かないし。


 なんかもう、今日は授業中ずっと寝てる気がする。


 そんな事を考えながら学校に向かおうとしていると、隣の部屋の鍵がガチャっと開く音が聞こえる。



 ……あ、やばい。

「うんしょっと……あ、あき君おはよ。今日はちょっと早いんだね」


「あ、お、お姉さん、その……おはようございます、行ってきます!」


「待って、待ってよあき君! なんでそんなに逃げようとするの~? もうちょっとゆっくり行こうよ~!」


 隣の部屋から出てきたお姉さんと顔を合わせるのも気まずかったので逃げようとしたけど、スッと腕を取られて拘束される。


「へへ~ん、捕まえた! 途中まで一緒でしょ、一緒に行こうよ!」

 ニコニコとした完璧スマイルで、そう言って笑うお姉さん。


 ……本当にこの人はずるい。


 昨日の夜はあんなにへにょへにょで乱れてたのに、朝にはもう完璧になっているんだから。


 昨日はだらしなく着崩していたスーツも今日はピシッと着こなして、振りほどいてた髪もキッチリとお団子にくるっとまとめて、完全完璧キャリアウーマンに早変わり。


 やっぱりこの状態のお姉さんは美人で、いやいつも可愛いんだけど……昨日のこともあって、悶々としてたこともあって、やっぱり直視するのは難しくて。


 それにそんな完璧なスタイルでいつも通り来られたら……ダメデス。


 取られた腕をぺしっとはじき返して、そっぽを向く。


「もー、そんなぺしぺししなくても……あ、昨日はありがとうね! すごく楽しかったよ~、ナママッサージも気持ちよかったし!」


「……はい、どういたしまして」

 ニコッと微笑みながらそう言うお姉さんに、少し素っ気なく答える……本当に人の気を知らないで、もう!



「ふふふ、なんでそっぽむくの~? 相変わらずの照れやさんなの、あき君は? ていてい、こっち向いてよ、ていてい!」


 そんな僕の態度も気持ちも、やっぱりお姉さんは分からないみたいで、僕のほっぺをつんつんしてくるお姉さん……もうもう! また変になっちゃう!


「……本当に、やめてくださいよ、朝からそんな……離れてください、注目されます、見られるの嫌でしょ?」


「えー、私はあき君と一緒にいるとこ見られても何も思わないけどな~? あ、でもあき君は恥ずかしいの~?」


「いや、別にそんな……」


「そうだよね~、あき君も高校生だもん、学校に好きな子いるもんね~? 好きな女の子にやっぱりお姉さんといるとこ見られたら恥ずかしいもんねぇ……しくしく、お姉さんは一人で会社に行ってきます……ちらっ、ちらっ……しくしく」


 一人盛り上がって、しくしく泣くふりをしながら一人で歩き出すお姉さん。

 でも、その目はチラチラと僕の方を見ていて。


 ……あぁもう、あぁもう!


「わかりましたよ、わかりました! 途中のバス停までですからね!」

 ずるいよ、ずるいよ! 


 そんな顔されたら……もう! 


 ……それに僕の好きな人はあなたなんですからね!

 学校に好きな人なんていません……お姉さんと一緒で恥ずかしいとかも思ってませんし!


「にへへ~、あき君ありがとう! それじゃあ、一緒に行こっか!」

 満面の笑みを浮かべて、ふにゃっと歩き出すのはお姉さん……絶対に敵わないよ、お姉さんには。


「バス停までですよ。僕も学校行かなきゃですから」

 喜びにも似たため息をつきながら、お姉さんの横を歩く。


 途中まで一緒なのは……正直嬉しい。

 お手伝いさんじゃなくて、対等で入れる気がするから。



「え~、バスが来るまで一緒にお話しよーよ! 私一人じゃ退屈だしさ~……おねが~い、あき君!」


「……わかりましたよ。ちょっとだけですよ」


「にへへ、ありがと、あき君……ふふふっ、あき君、目の下にキムンカムイが住んでるよ?」


「キムンカムイ? ……ああ、クマの事ですか。普通に言ってくださいよ」


「ぬへへ、でもそっちの方がカッコいいからね~。昨日夜更かしでもしたの~? 早く寝なきゃダメだよ~?」


「……誰のせいだと思ってるんですか……」


「え~、何か言った~あき君? 良く聞こえなかったんだけど~?」


「……何も言ってません!」




 ☆


「おう、おはようアキ……って何だそのクマ? 昨日も夜更かししたのか?」


 お姉さんとバス停でしばらくおしゃべりした後、僕は学校へ急いだ。


 結構な時間話してたから時間が危なかったけど、何とか間に合ってよかった……でも、僕の目の下そんなにすごいクマがあるの?

 鏡で見る限りあんまりわかんなかったけど……


「ハハハ、色々あってね。まあ、確かに夜更かしみたいなもんですわ……ふわぁぁ」

 友達連中にそうひらひら手を振って、自分の席に向かう。


 ちょっと寝不足意識しちゃったから、ふわぁぁとあくびが口から洩れる……今日は授業中は睡眠確定ですね、これは。


「もー、またそんな大きなあくびして……今日も夜更かししたの? 斉藤君一人暮らしで大変かもだけど、いつもいつもそう言う生活はダメだぞ!」


「ハハハ、ありがとう、委員長」

 席に着くと隣の席の学級委員長―前野若葉さんが黒のルーズサイドテールを揺らしながら、振り返ってピシッと指を突き刺してきたので、僕もハハハ、と笑いかえす。


 委員長とは、クラスが始まってから色々あって、結構仲がいい。


 具体的には、お節介焼きのお人好しさんで、優しくて断れない性格の委員長が、いつも色々なことを押し付けられたり、責任感から首を突っ込んだりして、そのたびに大変そうな委員長の事を手伝ってるから。


 僕の事も、一人暮らしって知ってから結構お節介焼いてくれて……嬉しいけど、僕は大丈夫だよ、心配しなくても。



「もー、ちゃんとわかってるの? ……あのさ、もし一人暮らしでお料理とかお掃除とかお弁当とか大変なら私が……」


「いやいや、大丈夫、大丈夫だよ。全部何とかなってるから。だから大丈夫、ありがとね、委員長」


「……けど。でも、いつも眠たそうだしちゃんとできてるか心配だなー?」


「たまたまだよ、たまたま。いつもはちゃんとしてます!」


「ほんとに~? そう言うなら今日は授業中眠っちゃダメだよ!」


「大丈夫、眠りません! ずっと起きてるよ……ふわぁぁ」


「ふふふ、そんなあくびして本当に大丈夫? 今日は授業中寝てても起こしてあげないんだからね! 斉藤君の寝顔の鑑賞タイムにするからね!」


「へへへ、望むところだよ……ふわぁぁ」

 僕の顔を見ながら笑顔でそう言ってくる委員長に、あくびをしながらそう言った。


 ……やっぱりすごく眠いや、絶対無理だ。



 ☆☆☆

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