隣の美人なお姉さんが僕にお世話してもらおうと必死過ぎる

爛々

隣の美人でポンコツなお姉さん

第1話 私のお手伝いさんになって!

「ねえ、あき君! 私のお手伝いさんになって! 毎日私をお世話して!」

 ピシッと腕を僕の方に伸ばして、仕事着をだらしなく着崩したお姉さんが頭を下げてくる。


 ……はあ、これで何回目だろう。

 僕の答えはいつも決まってるのに。

「何回も言うけど嫌です。僕はお姉さんのお手伝いさんにはなりません。そんなことは絶対にしません、毎日なんて絶対に嫌です」


「はむー……」

 僕の答えを聞いた聞いたお姉さんは、手を伸ばしたまま欲張りなハムスターみたいに顔をぷくーっと膨らませる。


 自称成長期前の僕より少し大きい、女性にしては大きめな身長に、スレンダーだけど出るところは出ているモデルみたいなスタイル。

 少し長めの黒髪をお団子にくるっとまとめたその姿は、普段仕事に行っているスーツをピシッと着れば完全完璧なキャリアウーマン。


 そんな立ち姿に似合わなさそうな膨れ顔も、ぱっちり丸い大きな目をした童顔の、可愛い系の顔立ちと絶妙にマッチしてすごく様になっている。


 要するにすごく可愛い。

 ハムスターって言ったけど、本当にそんな小動物みたいな感じで……すごく可愛い。


 見た目だけで言えば完璧で、本当にかっこかわいいお姉さん。

 仕事も出来るらしいし、すごくすごいお姉さん。


 でも、でも!

「そんな顔してもダメです、お姉さん。僕はお姉さんにしっかり自立してほしいんです、それがお姉さんのママさんの、そして僕の願いなんですから」


「きー! やだ、やだ! 自立なんてヤダ、甘えて暮らしたい! 仕事はするから家くらいでは甘えて暮らしたいの! 仕事はちゃんとするから! 家では何もしたくない! あ、そうだ、あき君お小遣い増やすよ! 私のお手伝いさんになってくれたらお小遣い増やすから! だから私の身の回りの事全部して!」


「……はあ、お姉さん暴れないでください、さっき片づけたばっかりなんで。それにお小遣い増やすって……もともと貰ってないじゃないですよ、そんなもの」


 お団子を振りほどいて、髪と一緒にじたばた暴れだしたお姉さんにため息をつきながら答える。


 ……本当に、この人は見た目だけで言えば完璧な人なんだけど。

 中身がダメダメ過ぎて、本当に……ハァ、って感じ。


 お姉さん―安海聖花あずみせいかは外では完璧、中ではダメダメな典型的な、典型的な……なんて言うんだ、こういうタイプの人? 関白主人? いや、ただの赤ちゃんだわ。


 とにかくお姉さんは、料理も掃除も片づけも何にも出来ない。

 主食はコンビニのお弁当かカップ麺で、小腹が空いたらビールにおつまみ。


 野菜嫌いで、ピーマンとトマトを料理に入れたら器用に箸でつかんで僕の方に投げつけてくる。


 服は脱いだら脱ぎっぱなしでその辺に置いているし……その、下着も。


 使ったものも片づけないし、ゴミもあんまり出さないから部屋の中は常に汚部屋のゴミ屋敷。


 隣の部屋に住む僕が掃除に来なかったら、この部屋は今頃ビックバンを起こして新たな宇宙を創造していただろう。


 いや、一回ビックバン起こしたから僕がたまに掃除しに来てるんだけど。


 今は掃除を終えて部屋もキレイだけど、これがいつまで続くかわからない。

 4、いや、3日と予想する。


 そんなキレイになった床に座り込んで、お姉さんはむくれた顔のまま口を開く。

「なんで! 一人暮らし高校生にお小遣いは貴重でしょ? だから私のお手伝いさんになってよ!」


「僕は親から十分な仕送りがあるからいいんです、海外赴任だからボーナスがどうとかこうとかで。だからお小遣いは足りてます、お手伝いさんにはなりません。自立してください、僕も忙しいんです」


「むー! むー! なんで……はっ、まさかあき君はただで奉仕してくれる慈愛の精神の持ち主なの? マザーテレサ改めファーザーあき君なの?」


「いや、お姉さん話聞いてました? 僕はお姉さんに自立を……いや、ファーザーあき君気になるわ、何ですかそれ?」


 お姉さんにそう突っ込むけど、目をキラキラさせたお姉さんは恍惚の表情で演技っぽく天を見上げる。


「ああ、なんて優しいのあき君。あき君は私みたいな困った子羊に手を差し伸べてくれる神様なんだね、無償の愛をくれるファーザーあき君なのね。私は一生だらだらごろごろ甘えて生きていいって言う事なんだね」

 そう言い終わると、僕の方を振り向いてぱっちりウインク。


 ……

「……いや、そんなんじゃないですよ。お隣でビックバンが起きたら困るから色々してるだけです。それより、僕忙しいんでもう帰っていいですか?」


 今日のお姉さんはちょっといつもよりめんどくさそうだ。

 こういう時は部屋の鍵をばっちり閉めて、引きこもってゲームに限る。


 そう思って帰ろうすると、何かに足を取られて、前につんのめる。


 もしかしなくても、お姉さんが負けかけの綱引きの先頭みたいな体勢で僕の足首をがっちり握っていた。


「いやー、待って待ってあき君! まだ帰らないでよあき君、私まだ夜ご飯食べてないんだけど?」


「……戸棚にこの前買ったカップ麺あるでしょ? いつもみたいにそれ食べてください、どうせビールもあるんでしょ?」


「やだやだ! 今日は手料理が食べたい気分なの! だからお願いファーザーあき君!」

 足首を掴みながら、獲物を貪るワニみたいにクルクルローリング。


 ……この人が外では仕事が出来る人、優しい完璧お姉さんなんて言われてるの本当に信じられないな。

 

 中身はただのわがまま幼児なのに。

 めんどくさいタイプの駄々っ子なのに。


「ダメです、危ないですから離してください。僕も忙しいんです、だから帰ります、おやすみなさいです」


「待って、待って、行かないであき君! 私がどうなってもいいの? 私がお腹を空かせて死んじゃってもいいの?」


「カップラーメン食べればいいじゃないですか。それに、お姉さんが死んだら僕は楽になるだけですよ」


「あー、酷いこと言った、言っちゃいけないこと言った! そんなことお姉さんに言っちゃいけないんだ!」


「事実ですし。それより、早く離してください、帰りたいんです」


「ぶーぶー! あき君のバカ! もう、本当にもう……ダメ、明良君?」


「……ッ!?」

 ブーブー文句を言っていたお姉さんが、急にウルウル瞳の上目遣いで僕の方を見上げてくる。


 人に何かを懇願する、素直に甘えようとする、そんな小動物じみた顔……さっきも言ったけど、お姉さんは可愛い。


 スタイルもいいし、顔はすごく整ってるし……だからそんな体勢で顔されたらあまりの破壊力に一瞬見惚れて、ふにゃってなってしまう。


 ……そしてそのすきを見逃さないのがハンター☆安海聖花だ。


 素早く立ち上がると、すぐに僕の耳元へ駆け寄る。


「それに明良君がちゃんとしてくれたら……良いことしてあげるよ?」


 くすぐったいと息とともに、呟かれるのは体がぞわっとするような甘い声と言葉。


 抜けていくのは体の力と抵抗する気力……ああ、もう! いつもこれ!


「もう、これっきりですからね! 本当にこれっきりですからね!」


「そんなこと言って……ずっと色々してくれるくせに」


「しません! 本当にこれっきりです!」

 ニヤニヤ僕の方を見てくるお姉さんに精いっぱいの強がりを言って、冷蔵庫を開ける。


 そこにあったのは、銀色の缶、金色の缶、それに青色の缶。

「……ってビールしかないじゃないですか! 食料品は!? 調味料は!? この前買いましたよね!?」


「よく見なよ、あき君。ちゃんとおつまみがあるでしょ? 鮭とば、チーズにウズラの卵、それにウスターソースにマヨネーズ! 調味料は……どっかに消えたんだよね、知らないうちに。うんうん、7不思議の一つだねぇ」


「……それでどうやって料理を作れと。それに家の中でなくさないでくださいよ……」

 そう言えば、さっき掃除している時に変な色の醤油があったような……いや、考えるのはやめよう。


 本当にいつ見ても女の人の冷蔵庫とは思えない中身だ……ていうかマヨネーズとウスターソースをおつまみに加えないでください、限界感がすごいです。


 ため息をつく僕を見て、お姉さんは肩をパンパン叩いてくる。

 誰のせいだと思ってるんですか?


「まあまあ、今から買いに行けばいいじゃん。という事で、はいお財布」

 そう言って僕の手に財布を置いてくる。


「……自分で行ってくださいよ」


「私が行くとお酒とおつまみしか買わないよ?」


「……わかりました。行ってきますんでお姉さんは部屋でじっとしててくださいね。汚さないでくださいね?」


「はーい……あ、そうだ! 今日は日本酒の気分だから日本酒買ってきてほしいかも!」


「……僕未成年です、買えないです」


「にへへ、わかってます! それじゃあ、いってらっしゃーい!」

 陽気に笑うお姉さんにポーンと背中を押され、部屋の外に出る。


「……はぁぁぁ……」

 もうすぐ秋になる涼しい夜風に当たりながら、僕は大きくため息をついた。


 本当に、キレイで素敵なお姉さんだと思ってたんだけどなぁ……




 《あとがき》

 キレイなお姉さんと知り合いになりたいですね。


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